学校一のクール系美女が、俺だけにキョドる。
猫正宗
第1話 フラれた筈だが様子がおかしい
冬月ひと
他にも容姿端麗、頭脳明晰、
同級生たちが彼女を褒めそやす言葉は、枚挙にいとまがない。
俺もみんなに同意見である。
さらに語るとすれば、彼女は見た目や頭が良いだけではなく、性格だって好ましい。
見た感じはどちらかと言えば目つきの鋭いクール系美女である彼女は、だがしかし対人関係においては見た目から感じられる印象とは真逆で、とても人当たりが柔らかい。
品行方正で誰からも好かれる、非の打ち所がない学校で最も有名な女子生徒。
それが冬月ひと花という人間なのである。
そしていまから俺は、そんな誰が見ても俺とは釣り合わない、高嶺の花である彼女に、告白をしようとしていた。
◇
俺の名前は
この春、都内の公立で2年生に進級したばかりの男子高校生だ。
顔も頭も体型も、まぁ普通。
性格は穏やかなほうだが、別に陰気というほど暗くはない。
趣味の料理の腕が多少あることを除けば、どこをどう切り取っても平均的な、普通の男子。
それがこの俺である。
そんな
それはひとえに、友人からの強い勧めがあったからなのである。
友人いわく『冬月ひと花は、お前に惚れている』。
そんなバカなと思った。
いや過去形ではなく、いまも現在進行形でそんなバカなと思っている。
だがその言葉を一笑に付した俺を、友人氏は殊の外熱心に説き伏せてきた。
彼の言い分はこうだ。
『冬月ひと花は、お前に対してだけは普段のあの完璧な人当たりのよさが鳴りを潜める』
『それどころか彼女は、いつもお前のことを目で追っているし、直接話しているときなんて、常時テンパり気味で目がキョドッている』
『これはきっと冬月ひと花にとって、春乃優希という男が特別だからだ。
お前も冬月のことが好きなんだろう?
なら告白してみろ。
大丈夫だ、俺を信じるお前を信じろトラストミー』
まったく頭の悪そうな言い分である。
眉唾にもほどがあると思うし、誰が聞いても失笑しか出てこない類のバカ話ではあるが、そこにはたしかに一部、真実が織り交ぜられていた。
――お前も冬月のことが好きなんだろう?
つまりは、これである。
俺は冬月ひと花のことが好きだ。
彼女とは1年のときから同じクラスで、ずっと席が隣だった。
2年にあがって文理選択後のクラスわけで、また同じクラスになり、それどころかまたしても隣り合った席に座れることになったと知ったときは、内心小躍りして喜んだものだ。
いつかはこの胸に秘めた想いを彼女に伝えたい。
ずっとそう思っていた俺は、友人の勧めに乗っかるかたちで、冬月ひと花に告白することを決意した。
◇
……ざっ。
俺の耳が砂を踏む足音を捉えた。
考えごとを中断して、そちらに意識を向ける。
足音はゆっくりと近付いてきて、やがてひとりの女子生徒が姿を現した。
冬月ひと花だ。
校舎の影からふわりと現れた彼女に、俺はいつものように目を奪われた。
陽光を受けてキラキラと輝く黒髪のストレートロング。
前髪は眉のあたりで綺麗に切り揃えられている。
少しつり目がちな瞳に、すっと通った鼻筋。
新雪のように白い肌のなかにあって、頬の辺りだけが淡く桃色に色付いている。
身長は平均的な男子の背丈には及ばないものの、女子の平均よりは高いだろう。
おそらく160センチ台半ばといったところか。
スレンダーだが出るところは出ている。
どこからどう見ても非の打ち所がない美人である。
神々しさすら感じるその端正な容姿をぽけーっと眺めていると、冬月ひと花は俺の視線に気付いて、わずかに斜め下に目を逸らした。
薄紅色に頬を染めて、形のよい唇を開く。
「……は、は、春乃くん!」
若干声が上擦っている。
「こ、ここ、こんなところに私を呼び出して、な、なんのつもりかしら?」
ここは人気のない校舎裏だ。
時刻は放課後ではあるがまだ日は高く、部活動が始まったばかりの遠くのグラウンドからは、活気のある運動部員たちの声が聞こえてきていた。
「だ、黙ってないで、なんとか言ったらどうなの?
こ、こう見えても私は、あなたと違って暇を持て余してはいないの」
「いや、俺だって別に、暇って訳じゃないんだけどさ……」
「ふ、ふん!
ならさっさと、用件をいいなさい」
冬月ひと花が、キッと目を釣り上げて睨んできた。
いつもこうなのだ。
誰に対しても優しく思いやりのある彼女は、なぜか俺に対するときだけ当たりがとても厳しくなる。
見た目に似合う、冷たく素っ気ない態度になるのである。
「う……」
思わず気後れしそうになった。
これは脈なんて無さげだし、やっぱり告白するのはやめておこうかな、なんて考えが脳裏をよぎる。
だが、それではあまりに情けない。
頭を振って弱気を払った。
今日、ここで告白をするというのは、もう決めたことなのだ。
俺は勇気を振り絞って、拳を握りしめ、うつむきかけていた顔をあげた。
夏服への衣替え前で、まだ白い長袖ブレザーを着た彼女を、真っ直ぐに見つめる。
「今日、冬月を呼んだのは他でもない。
伝えたいことがあるからなんだ……」
「……え?
あ、あの……、その……」
視線を受けた冬月ひと花が、キョドりだした。
「も、もしかして……。
ほ、ほんとに……?」
構わず俺は、想いを告げるため、力強く一歩足を踏み出す。
「俺は、お前が好きだ!
頼む、冬月。
どうか俺と付き合ってください!」
「――な⁉︎」
瞬間的に彼女の顔が真っ赤に染まった。
頭のてっぺんから、ボンっと湯気でも吹き出しかねないような勢いで、全身が赤くなっていく。
言葉を失った彼女は、二歩、三歩、よろめきながら後ずさった。
◇
……。
…………。
………………静寂が訪れた。
遠くでは、野球部が金属バットで硬式ボールをかっ飛ばす、キィンとした硬質な音が響いている。
「……それで、返事は?」
沈黙に耐えかねた俺は、つい答えを急かした。
固まったまま池の鯉みたいに口をぱくぱくさせていた冬月ひと花は、こほん、こほん、と何度もわざとらしく咳払いをしてから、肩に掛かった髪を大袈裟に払う。
汚れてもいないブレザーの制服を、手のひらでぱんぱんと丁寧に
「すぅぅ、はぁぁ……。
すぅぅ、はぁぁ……」
大きく深呼吸をして、ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、いつものあのクールで少しキツめの、俺だけに見せる見下すような瞳を向けてきた。
しかしどこかおかしい。
彼女の瞳がぐるぐると回っている気がする。
「この私が、あなたと付き合う?
ちゃんちゃらおかしいわね。
ねぇ春乃くん。
あなた鏡はみたことあるのかしら?
もし鏡を持っていないのなら、今度私がプレゼントしましょうか?」
「よ、容姿は関係ないだろ」
「そうねぇ、たしかに春乃くんはかっこい――
……はっ⁉︎
い、いまのはなしよ!
でもじゃあ春乃くん。
容姿はともかくとして、あなた、なにかひと様に誇れるようなものはあるの?」
「……うっ。
それは……」
俺がひと様に誇れるもの。
家事全般、特に料理の腕はそこそこと自負しているが、そんなもの男子の魅力にはなるまい。
応えられずに押し黙ってしまう。
「……ほら見なさい。
つまりはそういうことよ」
冬月ひと花がくるりと俺に背を向けた。
逃げ出すように忙しない足取りで歩きだし、この場から立ち去ろうとしている。
俺はその背中を呼び止めた。
「待ってくれ、冬月!
俺はまだ答えを聞いていない!」
彼女の足がぴたりと止まった。
そのまま半身だけを振り返らせ、素っ気なく言い放つ。
「言われないとわからない?」
「……ああ。ケジメなんだ。
悪いけど、ちゃんと言葉にして欲しい」
「まったく、呆れたものねぇ……」
これ見よがしなため息をつく。
「じゃあ言ってあげる。
……答えはノーよ」
「……そっかぁ」
「じゃあね」
今度こそ彼女は振り返らず、校舎裏から歩み去っていった。
その背中が見えなくなるまで見送ってから、俺は顔を上げ、高く青い空を仰ぎ見た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
校舎裏から少し離れた物陰。
そこで冬月ひと花が、胸を手で押さえながら、壁におでこを押し付けていた。
「ちょ、ちょっと⁉︎
いまの!
いまのって、なに⁉︎
春乃くん、私のことす、すす、好きって!
つつつ、付き合ってくれって!」
澄ました端正な顔が、にまぁっとした笑顔に変わっていく。
「はぁ、はぁ……!
心臓がばくばくいってるぅ。
ああ、春乃くん。
春乃くぅん!」
恍惚とした表情で、どしどしと壁に拳を叩き込んでいる。
実はこの学校一の美人と呼び声の高い冬月ひと花には、高校に入学してすぐの頃から、片想いの男子生徒がいた。
言わずもがな、そのお相手とは、先ほど彼女に告白をした春乃優希である。
「ああ……。
まさか、彼と私が両想いだったなんて!
こんな幸せなことってないわ。
神さま!
ありがとうございますっ。
このご恩は一生忘れません!」
彼女はでへでへと笑いながら、先ほどのやり取りを思い出す。
熱烈に交際を求める優希と、それを冷たくあしらうひと花。
「……ん?」
なにかがおかしい。
「あっ」
ひと花は小さく呟いた。
それと同時に彼女の顔は急激に青くなり、ひざがガクガクと震え始める。
「わ、私……。
わたしは……、なんて真似をっ!」
またやってしまった。
いつもそうだ。
春乃優希の前に立つと、心臓がドキドキと早鐘を打ち始め、頭のなかがぱあっと白くなって、気付けば彼に冷たく素っ気ない態度をとってしまう。
「や、やっちゃった……。
また発作的にやってしまった……!」
顔面蒼白になったひと花は、額からダラダラと脂汗を流し始めた。
今度のやらかしは、致命的かもしれない。
両手で顔を覆い、喉の奥から声を搾り出す。
「わ、私……。
春乃くんの告白、断っちゃったぁああ!」
悲壮感に溢れた声音で、冬月ひと花は絶望的な言葉を紡いだ。
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