第9話 すれ違うふたり
突然の告白に動転しながら、冬月と見つめ合う。
「……はっ⁉︎」
惚けたようにぼんやりと俺を眺めていた彼女が、いきなり顔を真っ赤にしてキョドりだした。
「まっ⁉︎
ちょ、いまのは!
はわぁ⁉︎
あわわわわ……。
い、いい、いまのはアレでっ!」
「アレ?
アレってなんだ?」
「そ、そそそ、それはアレよぉ!」
尋常じゃない慌てようだ。
慌てふためく彼女を見ていると、なんだか逆に俺のほうが落ち着いてくる。
「お、落ち着くんだ冬月!
そ、そうだ。
まずは深呼吸……、深呼吸するんだ!」
真っ赤になった顔を、ぶんぶんと縦に振って頷いてから、冬月は何度も大きく息を吸っては吐き出していく。
「すぅぅ……、はぁぁ……。
すぅぅ……、はぁぁ……」
呼吸にあわせて胸の膨らみが上下するごとに、彼女は少しずつ気を鎮めていった。
「……ど、どうだ?
落ち着いたか?」
「う、うん……。
こほん!
こほん、こほん!
と、というより、べべ別に、元々慌ててなんかないから!」
反論したい気持ちは山ほどあるが、ひとまず置いておくとしよう。
それより気になることがある。
とにかく俺は、先ほどの彼女の告白の真意を確かめることにした。
「な、なぁ、冬月。
……さ、さっきの『好き』って、どういう意味なんだ?」
冬月の顔が、一瞬でボッと赤く染まった。
「あ、あれは……!」
次の瞬間、彼女は椅子から腰を浮かせてダイニングから飛び出していきそうな仕草を見せたものの、踏み出した足を止め、全身をぷるぷる震わせながらも踏みとどまって、座りなおす。
冬月は耳どころか、身体中真っ赤だ。
「に、日本語が理解できないのかしら?
こ、こ、言葉通りの意味よ。
私は、はは、春乃くんが好きだから、お、お、お付き合いして欲しいの!」
めちゃくちゃ声が上擦っている。
彼女は斜め下を向き、心臓のあたりで服をギュッと握ってぜぇぜぇ言っている。
どうやら俺の聞き違いではなかったようだ。
「そ、そっか……」
顔に急速に血がのぼってきた。
彼女に負けないくらい、俺の顔が赤く火照っていくのがわかる。
夢みたいだ。
冬月ひと花が、俺のことを好いている。
その事実に胸の鼓動がドクンドクンとうるさいくらいに早鐘をうち、耳の裏側が熱くなって、喉がヒリヒリと乾いてくる。
本当にこれは、俺の妄想じゃないのか。
気付けばまだ俺はベッドのなかで微睡んでいて、自分に都合のいい夢を見ているだけじゃないのか。
よくよく考えてみる。
「……あ」
ふと思い出した。
……俺は、つい最近、冬月にフラれている。
それもただの拒否ではなく、あなたには良いところがひとつもないと言われての、拒絶に近いフラれかただった。
なのにこれはどういうことだろうか。
あまりに出来すぎていないだろうか。
そういえば巴さんが彼女を連れてきて、うちで引き合わされたのは、俺がフラれたすぐあとの出来事で、冬月も相当混乱している様子だった。
あれから冬月の挙動は、以前にも増しておかしくなっている。
もはや不審者レベルだ。
俺に対する当たりも日増しに悪くなる一方だったのに、なぜいきなり『好きだ』なんていうのだろうか。
これは、絶対になにか裏がある……。
「う、うぬぬ……」
「ひぅ⁉︎
は、春乃、くん?」
頭を捻りながら唸ると、冬月がビクッと震えて身を縮こめた。
その仕草をみて、ピンとくる。
「あ、そっか……。
そうだった、のか……」
「え、えっと……。
なにがそうなの?」
恐らく俺は、冬月ひと花に怖がられているのだ。
いや、そこまでいかなくても、思い切り警戒されていることは間違いない。
考えてもみたら当然の話だ。
フッたばかりの相手とひとつ屋根の下。
ましてや冬月は女で、俺は男だ。
そんなことは誓ってないと断言できるが、仮に俺が性的な興味を暴走させても、誰も止めてくれる人間はいない。
この環境下で恐怖を覚えない高校生女子がいるなら、お目にかかってみたいものである。
つんと澄ました彼女の態度や、見た目だけみれば気が強く見えなくもないクールさに騙されていた。
以前の拒絶からも明らかだ。
彼女は俺のことが好きなのではない。
むしろ逆で、嫌ってさえいる。
ならなぜ、俺と付き合うなんて言い出したのか。
もう俺には見当がついていた。
恐らくその目的は、……自衛だ。
この冬月からの告白は、『とりあえず付き合っておくことにすれば、少なくとも無理に乱暴されることはないだろう』と、そういう計算の元に実行された、彼女の自己防衛行動なのだろう。
「……く。
俺は、なんてことをっ」
あの日俺が、はやまって胸に秘めた想いを打ち明けたりしたもんだから、こんなにも冬月を苦しめる羽目になってしまった。
俯き加減に下を見ながら、苦々しげに顔を歪める。
「……は、春乃くん、どうしたの?
く、苦しいの?
いま!
いま救急車を呼ぶからっ」
「待て!
待ってくれ冬月!
俺なら、……大丈夫、だからっ」
慌て出した彼女を制止して、精一杯の笑顔を向ける。
これ以上怖がらせてはいけない。
恐怖に囚われて行き場を失った冬月のこころを、少しずつでも解放していってやらなきゃいけない。
そのためには、……笑顔だ。
「ひぅ⁉︎
な、なによ、春乃くん。
その不自然に引き攣った、似合わない笑顔は。
そ、そんなことより、大丈夫なら、はやく私の告白に返事して……」
「ああ、それな。
もう無理しなくてもいいんだ。
なんにもしやしない。
冬月は絶対に安全だから、安心してくれ」
「は、はぇ?
それってどういう……。
そ、それより、返事は……」
「うん。
告白ありがとうな。
でも俺は、冬月とは付き合わない」
「…………ッ」
満面の笑みで告げると、冬月はいきなり泣き出した。
「ひ、ひぐっ……」
きっと俺が告白を断ったことや、この微笑みに安心して、気が緩んでしまったのだろう。
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、見つめてくる。
「う、うぅぅ……。
な、なんで?
ひっく。
わ、私のこと、好きだっていったくせに。
どうして……?」
「ああ。
俺は冬月のこと、好きだよ。
でも、付き合わない」
「ひっく……。
なにそれ。
わけわかんない……」
「大丈夫だ。
お前の思ってること、全部ちゃんと伝わってるから」
「うぇぇ。
な、なのに、付き合ってくれないの?」
黙って頷いた。
「うぇ、うぇぇぇ……!
バカ、アホ、間抜け!
死んじゃえ!
ウスラトンカチ、おたんこなす!」
箸を投げつけてから、バッと席を立つ。
「お、おい冬月!
昼めし残ったままだぞ!」
「そんなのいらない!
うわぁぁぁぁん」
彼女はそのまま、2階の自室へと走っていってしまった。
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