第31話 友だちには友だちの事情がある
今日も今日とて、俺は早朝からオムライスの特訓をした。
結果としてまた、朝食はオムライスだ。
「なぁひと花。
いつもいつもオムライスばかりで悪い……」
一応小さめのサイズに作ったり、フライパンを火にかけず丸めたタオルで練習したりと工夫はしている。
だが料理の腕は実践してこそ磨けるものだから、どうしても特訓していると、毎食オムライスになってしまう。
「べ、別に優希くんが悪いわけじゃないわよ。
お店のために頑張ってくれてるわけだし。
ちゃんとわかってるから」
「そう言ってくれると助かるよ。
それじゃあ頂きます」
「私も。
頂きます」
ふたりして黙々と朝食を食べる。
俺はもう最近では試食のし過ぎで、作ったオムライスの出来の良し悪しが判定し難くなっていた。
だからここ最近は、ひと花の感想を基準に上達を測っていたりする。
「……どうだ?
昨日の晩飯のときより美味くなってるか?」
ひと花は俺とは違い、朝昼晩の三食しかオムライスを食べていない。
だから俺よりも味の上達具合がわかりやすい。
「ちょっと待って。
いま食べてるから」
彼女はもぐもぐと口を動かし、しっかりと味わってくれている。
「……ご馳走さま。
えっと。
昨日より良くなってるわよ。
卵もムラなくふわふわだし、すごく美味しい」
「そ、そうか……!」
やはり上達していると言われると嬉しい。
だが喜色を浮かべようとした俺を、続くひと花のセリフが制した。
「……でも。
でも前に食べた那月さんのオムライスに比べたら、少し物足りないかも」
「ぐっ……」
言葉に詰まった。
それは俺も感じていたことだ。
俺の作るオムライスは、那月さんのものよりまだまだ味が劣っている。
「で、でも!
優希くんのオムライスも凄く美味しいわよ!」
肩を落とした俺を、ひと花が慰めてくれた。
「ああ……。
ありがとう。
でももっと頑張るよ。
だから期待しててくれ」
ふたりの生活を守るためには、落ち込んでなんていられない。
俺は背筋を伸ばして胸を張った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
学校の昼休み。
ひと花は学食で、山田亜美や豊崎裕子とともに昼食を摂っていた。
持参したお弁当の中身は、もちろんオムライスだ。
「ひと花ちゃん。
今日もオムライスなんだー?」
「毎食飽きないわねぇ」
「言ったでしょ。
このオムライスを喫茶店の看板メニューにするために、優希くんがいま一生懸命頑張ってるの。
なら私だって協力しないと」
「……はぁ。
まったくお熱いわねぇ。
しかしまぁ、ひと花とあの春乃がねぇ。
こう言っちゃなんだけど――」
「……なによ?」
豊崎は毒舌で割と有名だ。
次の言葉を警戒したひと花は、彼女の言葉を遮ってジロリとひと睨みした。
「……はいはい。
そんな怖い目をしないの。
なんにも言わないわよ。
しかしあんたも、春乃びいきを隠さなくなってきたわねぇ」
「ねー!
ひと花ちゃんってば、最初はあんなにあわあわしながら、『じ、じじ、実は私、は、春乃優希くんのことが、すす、好きなの!』なんて打ち明けてきたのにねっ」
山田が物真似をすると、ひと花が真っ赤になって押し黙った。
彼女は胸に秘めた恋心をふたりの友人に打ち明け、優希との仲を進展させるための協力を取り付けていたのだ。
とはいえ流石に、同棲していることまではふたりにも話していない。
「あー!
ひと花ちゃんまた照れてるぅ。
可愛いなぁ、もうっ」
山田が黙ってしまったひと花を
「あ、あぅぅ……」
「こぉら、亜美。
あんまりひと花をいじらないの。
えっと……。
とりあえず喫茶店のピンチをどうにかしないと、春乃との仲が危ないんだっけ?」
「う、うん。
それでね。
ふたりにお願いがあるの……」
「ん?
なに?」
今日からしばらく、放課後にビラ配りの手伝いをして欲しい。
ひと花が頼みこむと、山田と豊崎はそれを快く承った。
◇
「――って、なによこの衣装は!
こんなのは聞いてないわよ!」
放課後。
駅前にビラを持った3人の女子高生がいた。
しかもみんなウェイトレスの制服を着ていて、道行く人々の好奇の視線を集めている。
ひと花は言うまでもなく、山田や豊崎だって一般的に美形の部類だ。
これで目立たないはずがなかった。
「えっと……。
裕子もビラ配り、手伝ってくれるって言ったじゃない」
「そりゃあ言ったわよ!
でもなに⁉︎
こんなひらひらした服まで着るなんて、了承した覚えはないって!」
普段色気のないパンツスタイルの豊崎は、ウェイトレス姿に抵抗を感じていた。
「もうっ。
裕子ちゃんは諦めが悪いなぁ。
なんだかコスプレみたいで楽しいじゃない!
ご主人さまぁ。
お帰りなさいませー。
なんちゃって!」
山田がはしゃぐと、ひと花と豊崎の顔が赤くなっていく。
「ちょ、ちょっと亜美!
ご主人さまって⁈
わ、わわ、私のご主人さまになるのは、ゆゆ、優希くんだけなんだから!」
「こら、ひと花!
あんたドサクサに紛れてなに
あ、あたしは嫌よ!」
「はいはい。
裕子ちゃんは往生際が悪いなぁ。
いいからもうビラ配り始めちゃうよー」
山田がビラの束を手に持った。
「あ、亜美。
道路の使用許可をもらうときに、ビラ配りは一度に2人までって言われてるの。
だから先に、私と亜美で配りましょう」
「はーい」
ひと花と山田が駅から出てくる人々にビラを配り始めた。
「よろしくお願いしまーす!
喫茶店やってまーす。
メニューを改めて、次の日曜日から営業再開しまーす!」
「お、おう……」
二十歳くらいのカップルが、ひと花からビラを受け取った。
「へぇ。
この辺りって、こんな喫茶店あったんだ?
って、拓哉?
なに顔を赤くしてるわけ?」
ひと花を眺めていた彼氏が、彼女に怒られた。
今度は山田が、年配のサラリーマンに近寄っていく。
「あ、おじさんおじさん。
可愛い女の子が喫茶店やってますよぉ?
どうですかぁ?」
「こ、こら亜美!
そんな風に声かけちゃだめ!」
ウェイトレス姿の女子高生がビラ配りをしているのが珍しいのだろう。
彼女たちの配ったビラは、通行人に多くに受け取ってもらうことができた。
◇
最初に持ち出したビラの束を配り終えた山田が、引っ込んだままの豊崎に近寄っていく。
「裕子ちゃんも、ちゃんとひと花ちゃんのお手伝いしなきゃダメだよ。
お願いしたいことだって、あるんでしょ?」
「……あ、こら亜美!」
「お願いしたいこと?」
ひと花が首を傾げた。
「えっと……。
内容にもよるけど、裕子のお願いなら大体は聞くわよ?
私だってこうして、優希くんとの仲を応援してもらってるわけだし……。
ほら、言ってみて?」
うつむいて黙ってしまった豊崎を、ひと花が促す。
「う、うぅ……」
だが豊崎はなにを恥ずかしがっているのか、口を開こうとしない。
それをじれったそうに見ていた山田が、代わりに応えた。
「えっとね!
裕子ちゃんは鈴木くん、……んと、鈴木天彦くんとの仲を、応援して欲しいんだよ!」
「こ、こら亜美!」
制止する豊崎のことなど気にする風でもなく、山田は話を続ける。
「なんでもね。
裕子ちゃんと鈴木くんって、中学のときに付き合ってたんだって!
もう別れちゃってるけど、でも裕子ちゃんは未練あるみたいなんだぁ」
「……へぇ。
意外ねぇ。
こう言っちゃなんだけど、あの少し軽めな鈴木くんと裕子が……」
「でしょー!
でもわたしの見立てでは、鈴木くんも未練あるみたい。
だって、いっつも裕子ちゃんのこと、チラチラ見てるんだもんっ」
山田は名推理を披露した探偵のように、あごに指を当てて、うんうんと頷いている。
「でね。
春乃くんって鈴木くんと仲いいじゃない。
だから裕子ちゃんは、春乃くん経由で鈴木くんに声を掛けてもらって、みんなでデートに行きたいんだって!」
「う、うぅ……。
亜美め。
全部言いやがって……。
覚えてろよ」
ひと花が目をぱちくりさせる。
「……みんなで、デート……」
「ね、ね。
いいでしょう、ひと花ちゃん。
ひと花ちゃんだって、春乃くんとデートしたいんだよね。
遊園地いこうよ。
ダブルデートになっちゃうけどさっ」
しばらくパチパチと目を
「それよ!
優希くんとデート!
うへ……。
うへへぇ……」
山田の手を握り、全力で食いつく。
ひと花はこう見えて、割とチャンスに貪欲な女だった。
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