第22話 中間テスト開始

 中間テスト初日。


 最初の試験科目は、数学のテストだった。


「優希、さっきの数学どうだった?

 俺は最悪だぁ……」


 休憩時間。


 答えあわせをする生徒たちで一気に騒がしくなった教室で、友人の鈴木天彦が声を掛けてくる。


「ふふん。

 俺は結構できたぞ」


「なにぃ?

 お前、数学は全然だめだったはずだろ。

 いったいどうしたんだ?」


「どうしたもなにも、勉強しただけだ」


 実際はほぼ、ひと花先生の家庭教師のおかげなのだが、そんなこと言えるわけがない。


 ちらりと隣の席を流し見ると、彼女は山田亜美や豊崎裕子らと試験の答えあわせをしていた。


「ちっ。

 今回の補習授業は、俺だけかぁ。

 しゃあねぇか。

 ……あっ、おい松倉、吉田!

 お前らは数学だめだったよな?

 な?」


 天彦は通りすがった別の男子に絡みに行った。


 お仲間を見つけて、ちょっとでも安心しようと必死だ。


 去っていく彼の後ろ姿を眺めていると、隣の席から声が掛けられた。


「は、春乃くん。

 す、数学、どんな感じだった?」


 学校でひと花が俺に話しかけてくるなんて、最近ではとても珍しい。


 よほど彼女の生徒である俺の、試験結果が気になるらしい。


「あ、ああ、結構できたぞ。

 もしかすると、過去最高得点を出せるかもしれない。

 ……ありがとうな」


 最後の一言だけ小声で、ひと花にだけ聞こえるように呟く。


 すると彼女はほんのりと頬を赤くして、ぶっきらぼうにそっぽを向いた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日の喫茶店の営業を終え、遅めの晩御飯を自宅でとる。


 風呂から上がって、少しリビングでのんびりしていると、時刻はもう夜の10時になっていた。


「さて、と。

 じゃあ寝るまえに、明日の試験勉強でもするか。

 えっと、科目は……」


 ソファから腰をあげる。


 自室へ戻ろうと歩き出すと、2階から降りてきたひと花に、ばったりと出くわした。


 彼女は長い黒髪を後ろでまとめてアップにし、ラフなスウェットの家着姿だ。


 ちょっと恥ずかしそうにもじもじしている。


「ゆ、優希くん。

 いまから私と、試験勉強しない?

 わからないところとか、教えてあげられるかもしれないし」


「……いいのか?

 そりゃあ俺は願ったり叶ったりだけどさ。

 今日のテストもひと花のおかげで、そこそこできたし」


 彼女の場合は俺と勉強するよりも、ひとりで勉強したほうが圧倒的に効率がいいと思う。


 試験まで日にちがあるならいざ知らず、こんなテスト真っ最中まで勉強を教わるのは気が引ける。


 そう伝えると、ひと花は大丈夫と胸を張った。


「私はほら、普段から予習復習を欠かさないし、今さら慌てて勉強しなくても大丈夫よ。

 それより優希くんがお風呂に入ってる間に、明日の試験のヤマをまとめておいたのよ。

 だ、だからつべこべ言わずに、勉強道具を持ってきたらどう?」


 ヤマまで張ってくれるとはありがたすぎる。


 もうそこまでしてもらったのなら、断るほうが悪いだろう。


 俺は彼女の厚意に甘えることにした。


「ありがとう。

 よろしく頼む」


 ペコリと頭を下げる。


「そ、それでいいのよ。

 さぁ、じゃあ私の部屋で勉強するわよ」


「え⁉︎

 ひ、ひと花の部屋でするのか?

 こんな時間に?」


「そ、そうよ。

 なにかおかしい?」


 同居してるわけだしいいのだろうか。


 とはいえこんな遅い時間に、女子の部屋でふたりきりだなんて、さすがにちょっとドキドキしてしまう。


「じゃ、じゃあ私は先に戻ってるから、勉強道具を持ってすぐに部屋に来ること」


 それだけ言い残してから、ひと花は先に階段を上がっていった。


 その日、俺たちは深夜の2時頃まで、彼女の部屋で勉強を続けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 中間テスト2日目。


 今日の試験科目は英語、現代文、世界史だった。


 昨晩遅くまでひと花がヤマをはってくれた辺りを勉強しておいたから、かつてないほどスムーズに試験問題を解けた。


 試験の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「うえー。

 これ、赤点確定だよぉ……!」


「亜美の赤点はいつものことじゃない」


 本日すべての試験を終えた教室では、そこかしこで悲喜こもごもとした会話が飛び交っている。


「うっ……。

 裕子ちゃんは、相変わらず容赦ないなぁ。

 でもいつもじゃないよぉ。

 今回はひと花ちゃんが、あんまり勉強を教えてくれなかったせいだよぉ」


「ごめんなさいね、亜美。

 私もちょっと最近、なにかと忙しくって」


「こら亜美!

 人のせいにしてるんじゃない。

 ひと花も謝る必要ないわよ!」


 クラスは賑やかな喧騒に包まれている。


 そんな中、俺は大きな口を開けてあくびをしていた。


「……ふぁぁぁ」


 眠い。


 昨日は2時までひと花の部屋で勉強していて、その後自室に戻ってからもなんだか妙に目が覚めてしまって、結局朝方まで寝付けなかったのだ。


 試験中も割と眠気との戦いだった。


 うとうとしていると、今日も隣の席から声がかけられる。


「ふふ。

 眠そうね、春乃くん。

 試験はどうだった?」


 ひと花が男子と話し始めると、クラスのみんなはそれとなく聞き耳を立てる。


 いまも教室中でそんな雰囲気がしている。


 だが俺は眠気で頭をぼーっとさせたまま、注意力散漫な状態で返事をした。


「ん……。

 結構良くできたぞ。

 ふぁぁ。

 これも、ひと花の、おかげだなぁ……」


 教室が一瞬で静まり返った。


 さっきまであんなに騒がしくしていた山田亜美や豊崎裕子なんかも、まるでぴたっと時が止まってしまったように固まっている。


「……あれ?」


 眠気まなこを擦りながら、周囲を見回した。


 男子も女子も不自然に動きを止めてこちらを凝視してくる。


 そんななか、天彦のやつだけはなにが楽しいのか、ニヤニヤと愉快げに笑って俺を見つめている。


 隣の席に顔を向けると、ひと花が真っ赤になってうつむいていた。


「……え?

 なんだ?

 ――あっ⁉︎」


 ようやく気付いた。


 いま俺は、なんと言って彼女に応えた?


 たしか『ひと花』と呼ばなかったか?


 一気に眠気が吹っ飛んだ。


 これはやってしまった!


 赤くなってきゅっと下唇を噛んでいるひと花に、必死になってアイコンタクトする。


 頼む!


 誤魔化してくれ!


 すると俺のアイコンタクトに気付いた彼女が、真っ赤になりながらも、覚悟を決めたように重々しく頷いてみせた。


 クラス中が注目するなか、恐る恐る口を開く。


「そ、そそ、そんなことないよぉ。

 きっとゆゆ、ゆ、優希くんが頑張って勉強したから!

 だ、だよね。

 ゆ、ゆゆ、優希くん!」


 俺は白目を剥いた。


 そうじゃない……!


 そうじゃないんだ!


「……え?

 え⁉︎

 な、なに⁉︎

 どういうこと?

 ひと花ちゃん、ひと花ちゃん!

 春乃くんとひと花ちゃんって、そういう関係だったの⁉︎」


 山田亜美がキラキラ瞳を輝かせて、にじり寄ってきた。


 それを皮切りに、止まっていたクラスメートたちが一斉に動き始める。


「お、おい春乃!

 お前、いまの呼び方はなんだ!」


「ちょっと、ひと花!

 詳しく話を聞かせたなさいよっ」


 爆発したかのような喧騒が、教室から廊下に漏れ出して、隣のクラスにまで伝わっていく。


 それでも騒ぎはまだ序の口で、興奮した男子女子が俺とひと花をぐるりと取り囲んだ。


 もう収拾がつきそうにない。


「春乃!

 お前、冬月さん非公認ファンクラブを差し置いて、抜けがけは許さんぞ!

 クラブの許可なく冬月さんに接触禁止のルール、知らないとは言わせんからな!」


「え⁈

 ファンクラブってなに?

 私そんなの知らない……」


「は、ははは……。

 そういえば、そんなクラブもあったなぁ」


 もはや、乾いた笑いしか出てこない。


「も、ももも、もしかして……!

 優希くんも、そのクラブに入ってるの⁉︎」


「あっ、こらひと花!

 また優希って、――あっ⁉︎

 俺もっ⁉︎」


 騒ぎはどんどん大きくなる。


 結局その後、教師たちが数人やってきてその場を鎮めるまで、クラス中の大騒ぎは続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る