第26話 サンドイッチ騒動

 ひと花が机を引っ付けてきた。


「や、やっぱり……!

 やっぱりひと花ちゃんと春乃くんって、そういう関係だったんだ!」


「またか春乃!

 ちくしょう!

 なんでお前だけ、いつもいつも良い目に……」


「ちょ、ちょっとひと花!

 春乃くんとどういう関係なのか、教えなさいよっ」


 山田亜美が大声で叫んだのを皮切りに、教室のみんながこちらを見て口々に騒ぎ出した。


 けれどもひと花はそんなクラスメイトたちなど意に介さずに、俺の弁当箱を眺めながら言い放つ。


「わ、わぁ!

 春乃くんもサンドイッチなんだぁ?

 き、奇遇だねぇ。

 私も今日はサンドイッチなのよー」


 奇遇もなにもない。


 俺とひと花の弁当が同じ中身なのは当たり前だ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 ひと花っ。

 いったいなにを考えて――あっ⁉︎」


 また名前で呼んでしまった!


 これはやってしまった。


 つくづく俺も学習能力がない。


 もうこれ以上下手なことは言うまい……!


 俺が口を押さえて黙っていると、ひと花は更なる爆弾を投下してきた。


「あ、そそ、そうだ!

 ゆゆ、優希くんっ。

 サ、サンドイッチ、ひとつ、こ、こここ、交換しない?」


 彼女は綺麗な細長い指を伸ばし、俺が作ったサンドイッチをひと切れ掴み上げる。


 そのまま俺の口元へと差し出してきた。


「これ交換ね!

 あ、あ、あ、あーん……!」


 俺は白目を剥いた。


 あーんってなんだ⁈


 頭がパンク状態で、最早なにをどう突っ込めばいいのかすらわからない。


 なのにひと花はガンガン押してくる。


「ど、どど、どうしたの?

 わ、私がせっかく、ゆ、優希くんなんかに、た、食べさせてあげようとしてるんだから、ありがたく思いなさいよね!」


 見ればひと花は悪態をつきながら、目をぐるぐるさせていた。


 これは完全に暴走状態だ。


 仕方がない……!


 ここはいったん教室の外に離脱して、冷却期間を置こう。


 バッと席から立ち上がる。


 だが俺は2、3歩あるいたところで、冬月ひと花非公認ファンクラブの男子たちが、驚いた顔でこちらを見ていることに気が付いた。


 3時限目の水泳の授業――


『ただ冬月と席が隣なだけのくせに、勘違いするなよ?』


 彼らの放った言葉が、脳裏を掠めていく。


 本当に俺は、ただひと花と席が隣なだけの男子なんだろうか。


 ……違う。


 きっと違うはずだ。


 こいつらに、俺とひと花との仲を見せつけて、それを証明したくなった。


 俺は無言で席に座り直した。


「ん……。

 こほん!

 あ、あーん……」


 ひと花から差し出されたままのサンドイッチに、パクリと齧り付く。


 途端に教室中から黄色い声が上がった。


「きゃ、きゃあきゃあ!

 いまのって!

 いまのって⁉︎」


「おいおいおいおい!

 これはビッグニュースだぞ!」


 あまりもの騒ぎに俺は我を取り戻した。


 見れば今のでひと花は限界を超えてしまったらしく、魂が抜けてしまったような表情でフリーズしている。


「きゃあー!

 きゃあ、きゃあ、きゃあー!

 すっごいの見ちゃったぁ!」


 恋話大好きな女子たちが、甲高い声で楽しそうに騒いでいる。


 だが、男子たちは違った。


「くそっ。

 春乃のやつ……!」


 彼らは憎しみすらこもった嫉妬まじりの視線で、四方八方から俺を睨みつけてくる。


 ……しくじった。


 ちょっと調子に乗りすぎたみたいだ。


 このままでは、今後男子たちからどんな酷い扱いを受けるかわかったもんじゃない。


「はははっ。

 俺にも食わせろよ!」


 困り果てていると、突然天彦が割り込んできた。


「あーん……」


 背後から俺とひと花の間に入り込み、差し出されたままだったサンドイッチにガブリと齧り付く。


「あ⁉︎

 てめえ、鈴木まで!

 お前ら、ふたりとも冬月のサンドイッチを食べやがってずりぃぞ!」


「はっはー!

 早いもん勝ちだっつの。

 な、優希!」


「あ、ああ。

 そうだな……!」


「早い者勝ちぃ?

 なら俺にも食わせろよ!

 まだサンドイッチ、残ってんだろ」


 男子たちが殺到してきた。


「あ、ひと花ちゃん危ないよ!」


「こっち!」


「きゃ⁉︎」


 ようやく我に返ったひと花を、機転をきかせた山田と豊崎が引っ張る。


 そのまま彼女たちが盾になりながら、群がってくる男子たちからひと花を隠した。


「なんだこれ、うめぇ!

 このハムサンド、やたらとうめぇぞ!」


「こっちの玉子サンドもうまい!」


「はぁ、はぁ……。

 こ、これやっぱり、冬月さんの手作りだったりするのかなぁ?」


「さすがは冬月さん。

 料理まで完璧とは……!」


 いや、それを作ったのは俺だ。


 ひと花は料理は苦手だぞ?


 だがわざわざ口にして教えたりはしない。


「ふぅ……」


 俺はサンドイッチを奪い合って食べる男子たちを眺めて、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。


 あのままだと俺はクラス中の男子の嫉妬を一身に受けてしまうところだった。


 でもこの調子なら大丈夫そうだ。


 騒動で、色々うやむやになっている。


 それでもまぁ一部に噂は残るかもしれないけど、さっきまでの剣呑とした雰囲気よりは遥かにマシだ。


 これも天彦の機転のおかげだな。


「……なぁ天彦。

 ありがとうな」


「ん?

 ああ、気にすんな。

 しっかし、こいつらどんだけ女の飯に飢えてんだろうな。

 よっし!

 俺も参加すっか。

 おらぁ!

 俺にもサンドイッチ食わせろぉ」


 天彦はいいやつだ。


 いつか礼をしないとな。


 俺は弁当箱に群がる男子たちを、少し離れた位置から見守った。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日の晩、ひと花はまた自室で枕に顔をうずめながら悶えていた。


 お昼の教室での出来事を思い出す。


 周囲に優希と自分の関係をアピールするべく、勇気を振り絞って攻勢を仕掛けてみた。


 サンドイッチを『あーん』までした。


 すると駄目元だったのに、なんと優希は差し出したサンドイッチをパクッと食べてくれたのだ。


「くふ……。

 くふふふ……」


 枕に押し付けた顔が、にんまりとした笑顔に変わっていく。


「あれは最高だったなぁ……」


 パクッと優希が噛り付いてきたシーンを、何度でも繰り返し思い返してしまう。


 この記憶は風化してしまわないように、胸の中の大事な場所にしまっておこう。


「よし!

 この調子ねっ」


 今日は自分としては、かなり頑張れたほうだとひと花は自画自賛する。


 でもまずかったこともあった。


 自分がフリーズしてしまっている間に、なぜかクラスの男子たちがお弁当に殺到してきていたのだ。


 せっかく優希が作ってくれたお弁当なのに、ぜんぶ食べられてしまった。


 なんて酷いことをするんだろう。


 ひと花はムッとして起き上がる。


 枕を抱きしめながら、ベッドにぺたん座りをした。


「まぁ、過ぎたことは仕方がないわ。

 それよりも、これからのことよね」


 今後の計画に考えを巡らせる。


 実はあの後優希に、教室でお弁当を一緒に食べるのは禁止されてしまった。


 たしかにあんな騒動が起きてしまったんだし、それ自体は仕方がない。


「うーん……。

 じゃあ、次はどうしようかしら」


 唸りながら策を練る。


 優希との関係をアピールして外堀を埋めたい。


 たぶん今回の反省点は、教室でいきなり不特定多数にアピールしようとしたことだと思う。


「……あっ。

 なら、こんなのはどうかしら?」


 枕を抱きながら、ひと花はぽんと手を叩いた。


 不特定多数がダメなら、特定少数にすれば良いのだ。


「……よし。

 今度、喫茶店にお友達を呼んで、優希くんとの仲をアピールしちゃおう!

 これはいい考えよねっ」


 そうやってまた、ちょっとずつ外堀を埋めて優希をその気にさせるのだ。


 ひと花はこう見えて、案外懲りない女だった。

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