3-10 ミッション・コンプリート
「ミッション?」
祥次郎は、ケインズの発した謎の言葉の前に、次の言葉が止まってしまった。
「そう、ミッションなんです。私にとってはね。ユキちゃんは、いわばミッションへの『協力員』という感じかな」
「協力員?一体どういう意味でしょう?」
ケインズは、立ち上がると、祥次郎の目の前に立ち、ソファーに座っている祥次郎を見下ろすかのような姿勢で、話し始めた。
「この前も話しましたが……私の父親は世界中に施設を持つリゾートグループの経営に携わっており、日本に進出するにあたり、十分な下調べをしていた。そして、シティホテル部門では苦戦が予想されることがわかりました。その中でも特にシェアが大きいのが『エクセレントグループ』だったのです。エクセレントグループは、資本力、設備の良さ、将来性など事前分析ではいずれも我々よりも上回っていた。ここを突破するにはどうしたらいいのか、頭が痛い所でした」
「そうですか。だから、エクセレントグループの次期社長である裕恒さんを狙ったわけですか?」
ケインズはやや苦笑いを見せたが、祥次郎から視線を逸らし、スーツのポケットに手を入れ、窓を見ながら話し始めた。
「ヒロは、腹を割って何でも話せる友人だった。けど、同時に同業者であり、ライバルでもあったのです。私も近い将来、父親から経営を譲り受けることになると思いますが、経営陣からは私は頼りないと言われており、父親の側近であるジェイソンが次期CEOになるのでは、という噂が広まっていました。そんな折、私の父は、私をここ東京本社の代表に据えて、ミッション……そう、わが社のシティホテルを日本中に開設し、日本でのシェアNo,1になるというミッションを与えたのです」
「そのミッションのために、裕恒さんを狙ったのでしょうか?」
「彼は学生時代から優秀でした。エクセレントグループに入社後も若い頃から経営の中枢に携わり、お父さんから将来を嘱望されていたと聞きます。なのに、私は……ヒロに勝つどころか、ヒロから経営のアドバイスをされる始末ですし。アドバイス自体は嬉しかったですけど、ミッションを与えられている以上、ヒロには何としても、勝ちたかった!」
祥次郎は、ケインズの言葉を聞いて眉間にしわを寄せ、腕組みすると、唸るような口調でケインズを問いただした。
「けど、何も命を狙う必要はなかったのではないでしょうか?あれほど大切な友人だと言っていたじゃないですか!」
祥次郎の問いかけに対し、ケインズは徐々に体を震わせ、頭を抱えながら、何かを吐き出すように答えた。
「分かってる!分かってるんだ!だから、ある程度のダメージを与えて、相手の仕事に支障を与える程度で済まそうと思った。でも、まさか……死んでしまうなんて」
やがて、ケインズは頭を抱えていた手でそのまま自分の顔を覆った。
静寂の漂う社長室に、すすり泣く声が、部屋中に響き渡った。
「死んでしまったなんてって……随分無責任な言葉ですよね。しかも、ユキちゃんまで巻き込んでおいて?」
「ユキちゃんは、お金に困っていたんだ。あの子の親は、経営に失敗して借金抱えていたんだ。予備校に行きたくても、お金が出せないと言われたようだし。だからあの時、私のお手伝いしてくれたら、少しは援助しようか?と言ったんだ。そしたら、彼女も同意してくれた」
「ふーん、じゃあ、ユキちゃんに殺人教唆したってわけですな、ケインズさんは」
すると、ケインズは祥次郎の方を向き直ると、青冷めた表情で祥次郎の方に駆け寄って、祥次郎の両腕を掴んで絶叫した。
「殺人!?私は殺せとは言ってない!彼女に、ちょっとヒロを苦しませてやれとは言った。けど、あそこまでやれとは言っていなかった!この酒のことだって……全然、知らなかったんだ!」
「それは、おかしいな。あなたは、裕恒さんに勝ちたかったんでしょ?ミッションを成し遂げたかったんでしょ?であれば、彼を死に至らしめようという考えもあったんじゃないですか?」
祥次郎は、冷めた目つきでケインズを見つめながら、ゆっくりとした口調で問い詰めた。
「それも考えた。でもね、あいつは私にとっては、この日本で一番の親友。だから、殺すことはできなかった……せめて、一時的でも、経営の現場から追いやる位のダメージを与えればいい、と考えてた。あいつの弟は、ロクな奴じゃないと聞いていたから、ヒロを一時的でも経営から手を引かせたら、それだけで十分エクセレントグループには勝てる、と考えていたんだ」
ケインズは、まるで祥次郎に懇願するかのような表情で、祥次郎の両腕を揺さぶりながら話しかけた。
すると、祥次郎はクックッと笑いながら、自分の両腕を掴むケインズの手を払いのけると、少しずつ口を開いた。
「なんて……浅はかなんだ。浅はかすぎる」
「え?」
「何がミッションだ、ふざけるな、と言いたいんですよ。さんざん周りを巻き込んで、悲しい思いをさせて。仮にこれでエクセレントグループに勝てたとしても、それはあなたの実力じゃない。少なくとも、私は認めない!」
「そうですよね。単にライバルを葬り去っただけで、私の力で勝ち取った勝利ではない。でもね……私にだって、プライドがあるんだ。世界的なリゾートグループの経営者として、負けるわけにはいかないんだ!まあ、探偵だかバーテンダーだかしらないけど、あなたには、私の立場が分からないだろうけどな」
すると、祥次郎は立ち上がり、ケインズの前に対峙するかのような体勢で立ちはだかった。
「あなたは世界的なリゾートグループの経営者だから、負けるわけにいかないんですね?よろしい。私も、この薄汚れた世界のチャンピオンとして、あなたのことを許すわけにはいかない」
祥次郎は、バッグから緑色の瓶を取り出すと、ケインズの目の前に差し出した。
「何をする気なんだ?まさか、これで私のことを殺す気じゃないだろうな?」
「ああ、殺す気だよ。ケインズさん、あなたに残されたのは二つの道しかない。一つは、ここでこの酒を飲まされて、私に殺される。もう一つは、私と一緒に警察に行き、今私に話したことを自首することだ」
「バカげてる。何であんたに殺されなくちゃいけないんだ?答えは決まっている。両方ともノーだ!」
「ほう、いい度胸だ。で、両方ともノーなら、どうするつもりなのかね?」
「あんたをここで殺す。この酒を飲ませてね。ただ、私が直接手を下すようなバカなマネはしない。今から部下たちをここに呼んで、あんたを連行する。そして、あんたにこの酒を飲ませる。死んだら、遠くの海にでも投げ捨てる。これで警察が来ようと、何の証拠も出てこない。今の話も、あんたと私だけの話だ。他の誰も知らない。そして、私はミッションをコンプリートし、日本の都市ホテル市場も手中に収め、経営者として認められる。どうだ?素晴らしい作戦だろ?ハハハハハハ!」
高笑いしたケインズは、鬼気迫る表情で祥次郎の手から緑色のワイン瓶を奪い取ると、ポケットからスマートフォンを取り出し、大声を上げながら通話した。
「おい、こいつを今から拘束しろ!私は今、この探偵に殺されそうなんだ!今すぐここに来い!」
すると、数秒も立たたぬ間に、スーツ姿の屈強な男性二人が社長室に入って来た。
そして、祥次郎はあっという間に両脇を抱えられ、社長室の外へと連れ去られていった。
「わ、わわ!どこに連れて行くつもり?嫌だ!嫌だ!助けてちょんまげ~!」
ケインズは、連れ去られていく祥次郎に向かってにこやかな表情で手を振った。
「good bye and good luck! 天国から、私のミッションがコンプリートされるのを、せいぜい見届けてくれたまえ」
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