3-2 謎の少女の正体は?

 祥次郎は、秋音と示し合わせるかのように頷き合い、やがて、ケインズの方に向き直ると、二人で同時に口を開いた。


「すみません、ユキちゃんってどんな感じの女性ですか?」


 同時に言葉を発したものの、二人の間合いがバラバラだったので、隣で聞いていた寺下は少しズッコケたものの、ケインズは少しうつむき加減の姿勢で考え込んだ後、顔を上げて答えた。


「もうだいぶ前のことなんで、うろ覚えなんですが。そうですね、顔立ちがあどけなくって、まだ高校を卒業したばかりだって言ってましたね。だから、帰る時間も夜の十時位だったような気がします。でも、すごくバイタリティがあって、話が面白くて、彼女がカウンターに立つ日は、ついつい話し込んでしまいましたね」


 祥次郎は、まさか?といいたげな表情で目を丸くし、秋音の方を見つめた。

 秋音も、同じ感想を持ったようで、まなじりを上げ、口を手で押さえながら祥次郎の方を見つめた。


「すみません。皆さんの飲んでたお酒って、その子が提供していたんですか?」

「いや、ほとんどがマスターかな?でも、たまに忙しくって手が回らなくて、そんな時はユキちゃんがカクテル作ったりしてたかな?」

「そうですか……わかりました」


 祥次郎はケインズに一礼すると、出口へと早足で歩み去っていった。

 秋音や寺下も、その後を追うかのように足を進めた。


「ど、どうしたんですか?その、ユキちゃんっていう子が、皆さんの調査していることとなんの関係が?」


 寺下は、祥次郎と秋音の疑問点をいまいち理解できていないようであった。

 エレベーターに入ると、祥次郎はハンカチで顔を拭いながら、ゆっくりと口を開いた。


「いや、我々の勘違いかもしれないんで、この件については明言したくはないんですが……ごめんなさいね。すみません、我々は次の調査があるんで、これで失礼します。今日はありがとうございました」


 そう言うと、丁度エレベーターの扉が開き、祥次郎と秋音はそそくさと表に出て、寺下に手を振って足早に去っていった。


「ちょ、ちょっと!まだ色々確認したいことが……これで、裕恒様は他殺だと断定できたのですかね?ねえ、ちょっと!待ってくださいよ!」


 引き留めようとする寺下の叫び声を背に、祥次郎と秋音はそそくさと地下鉄「茅場町駅」の階段を下り、東西線から日本橋駅で都営浅草線に乗りかえ、浜松町の近くに位置する「大門駅」に向かった。


「秋音ちゃん、小野田君にもう一度確認しないとな。ユキちゃんのことを」

「そうね。私、最初はケインズさんが怪しいと思ったんだけどなあ……」


 大門駅の階段を昇ると、すぐ近くに「エクセリアスホテル浜松町」がある。

 時間的にバーが開店する時間には少し早いものの、ひょっとしたら開店準備をしているかも?という思いがあり、二人は宿泊客が行き交うエントランスを駆け抜け、レストラン街の中にあるバー「フロイデ」にたどり着いた。

 しかし、店のドアは開かず、入り口には伝言が書かれたホワイトボードが置いてあった。


「わあ、開店は午後六時ですって……ちょっと到着が早かったよね」

「いや、この時間から下準備しているかもね。小野田君は、俺と違って几帳面で丁寧に下準備を行う男だからね」


 そう言うと、祥次郎はスマートフォンを取り出し、小野田に連絡を取った。


「ああ、小野田君か?今日、近くまで来たんでちょっとフロイデに立ち寄ったんだ。今から店の中に入ってもいいかい?」


 すると、ドアの向こう側から小野田が現れ、二人の姿を見つけると、そっとドアを開けてくれた。


「さあ、どうぞ。開店前なんで、お二人が入った後にまた施錠しますんで」


 そういうと、小野田は二人を店内に招き入れ、その後すぐドアを再度施錠した。


「今日はもう一つ確認したいことがあってね。いいかい?ちょっとだけ時間をもらって」

「いいけど。こないだ聞いてきた裕恒様の死因について……かな?」

「ああ、そうだね」


 そう言うと、祥次郎は自分のスマートフォンに収められた写真を、小野田に見せた。


「これ、ユキちゃん……だよね?」

「やっぱり、そうか」

「なぜ君がユキちゃんを知ってる?そして、なぜユキちゃんの写真を持っているんだ?」

「いや、俺のバーで、去年の年末からアルバイトしているんだ。俺も、ウイングリゾートのケインズさんに聞いて、初めて知ったんだ」

「そうか。よりによって、祥次郎君の所に行ったんだ」

「彼女、ここではケインズさんや裕恒さんの相手をしていたって聞いたけど」

「そうだな。年代的にもあの2人に近かったし、話し上手だからな」

「お酒も、ユキちゃんが作ってたのかな?」

「たまに、かな?でも、ユキちゃんは裕恒さんがお気に入りだったみたいだからね。裕恒さんの飲むお酒をよく作っていた記憶があるな」


 祥次郎はカウンターに肘をつくと、大きなため息をつき、再度スマートフォンにうつし出された写真を見つめなおした。

 そこに写っていたのは、「メロス」のアルバイトとして働いている田崎若菜であった。


「正直、この子が関わっているとは思いたくはないけどさ。ケインズさん、このボトルに入ってるお酒、全く知らないって言ってたよ。小野田君が裕恒さんに勧めたわけじゃないよね?だとすれば、あとは、ユキちゃんしかいないわけだけど」

「ああ……残念だが、裕恒様がお酒を飲めないのは私もよく知っていたんでね。だから、ほかに可能性があるとすると、ユキちゃんあたりだろうな」

「そうなんだ。彼女、いつまでここにいたんだい?」

「夏ぐらいまで居たかな?あ、そうそう、裕恒様がお亡くなりになってすぐの頃だったな。受験勉強が忙しくなるからって言ってね」

「……」


 祥次郎は、秋音の耳元でささやくように尋ねた。


「秋音ちゃん、今日、若葉ちゃんはシフト上、店に来る日だっけ?」

「いや、試験直前だからって言って、一月は一週目だけ来て、あとはしばらく休むって言ってましたよ」

「まずいな……たしか履歴書が店にあるから、若菜ちゃんと連絡を取りたいね」


 祥次郎はいつになく冷静さが無かった。いつもは秋音が急かさないと動いてくれないこともあるのに、この日は、祥次郎に焦りがあるように感じた。


「小野田君、すまんな。これから俺たちも店に戻るからさ。この話の続きは今度ゆっくりと話すからさ」

「わかったよ。でも、ユキちゃんがどうしたというんだい?彼女は天然ボケな所はあるけど、犯罪を犯すような素振りはなかったぞ。素行も悪くないし、ましてや裕恒様には好意を抱くぐらいの仲だったし」

「それはどうかな?」

「何?どうして現場を見てない祥次郎君が分かるんだい?」

「我々の感想とか印象は、そのまま現実世界を表現しているわけじゃないからね。下準備中、失礼したね。それでは」

「祥次郎君……!」


 祥次郎と秋音が「メロス」にたどり着いたのは、既に夕闇が辺りを包み、周囲の店の看板に明かりが点き始めた頃であった。

 その時、店のドアの前に、トレンチコートを着込んだ大男が、城を守る衛士のように背筋を伸ばして立っていた。


「あれ、宇都宮刑事じゃないですか?」

「おお!やっと帰って来たか!岡崎祥次郎」

「な、何ですかいきなり、しかも私の名前をフルネームで呼び捨てにして?」

「これから、署まで同行願えるかな?あ、関口秋音さんもご一緒に、ね」

「ど、どういうこと?唐突じゃない?理由をちゃんと説明して!じゃないと同行する気はありませんからね!」


 すると宇都宮は、ニヤニヤしながらトレンチコートのポケットに手を突っ込み、上か見下ろすかのような姿勢で二人を睨みつけた。


「最近、この店でウイスキーを飲んだお客さんがね、突然病院に担ぎ込まれたんだ。良く調べたら、その人が頼みもしない強度のあるウイスキーを、すっと飲んでいたんだってね?しかも一人じゃない、二人、三人……いや、四人が同じような病状になっているらしいな」


 祥次郎と秋音は、宇都宮の言葉に驚きを隠せなかった。それは、裕恒が「フロイデ」でウイスキーを飲み、やがて体調を崩していく過程とほぼ同じであったからだ。


「二人とも、何をボケっとしてるんだい?ここにずっと立っていても、寒いし話も進まないから、早くご同行願いますよ!」


 宇都宮は祥次郎と秋音の腕を掴み、そのまま階段を昇り、店の裏側の小道に停めてあったパトカーまでそのまま連行した。

「フロイデ」だけでなく「メロス」の件も、若菜の仕業だろうか?

 確証がない二人は、宇都宮に何も言い返せないままパトカーの中に放り込まれてしまった。

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