1-2 疑惑の渦中

「ん?どうしたの?『強いヤツ出して』って言ったの、聞こえなかった?」


 女性は、顔中に覆いかぶさった髪の毛の間から、睨みつけるように祥次郎を見つめ、問いただした。


「そんなこと、いきなり言われましてもね。強いお酒の中にはウイスキーやカクテル、ビール、色々種類がありますので。お客さんはどんな感じの飲み物がお好みでしょうか?」

「ガタガタ言わないでよ!私が『強いヤツ』と言ってるんだから、強い酒だよ。どんな酒なら強いかどうかは、自分で分かるでしょ?プロなんだからさ」


 女性は、カウンターを両手で叩いて、鋭い眼光で祥次郎を睨みつけながら喚き立てた。

 祥次郎は、やれやれと言わんばかりの表情で、カウンターの奥にある倉庫に向かった。


「マスター!さっきのテキーラ探してるの?」

「そうさ。あれならば結構強いからね」

「バカ言わないで!それよりも、あの人いきなりカウンターの前に座って、『強い酒だして!』なんて、おかしいと思わない?」

「そうだよな……」


 祥次郎は、手鏡を取り出し、鏡に向かってニコッと笑顔を作ると、そのままの表情でカウンターに戻った。


「お姉さん、ここ、初めてでしょ?初めてのお店なのに、いきなり強いお酒を頼むなんて、一体どうしたんですか?お酒を出す前に、私でよければお話を聞かせていただけませんか?」


 すると女性は、カウンターをバン!と大きな音を出して叩くと、金切り声で叫びだした。


「私の言うことが聞こえないの?強いお酒、出してちょうだい!つべこべ言わないで、出してちょうだい!分かった?」


 女性は顔中に覆われた髪をかき上げると、大きな目玉でキッと祥次郎を睨みつけた。祥次郎は、恐怖のあまり体が震えだし、そのまま駆け足で再び倉庫へ戻っていった。


「ひええ~秋音ちゃん、怖いよぉ。何にもできないし、言えないよぉ」

「はあ……わかりましたよ」


 秋音は、テキーラの入った箱を開けると、一本だけ祥次郎に預けた。

 あの女性、いきなりこの店に来るや否や「強いお酒を」って、いったい何様のつもりだろう?あの思いつめた表情……彼女に何か降りかかっていることがあるのだろうか?


「はい、どうぞ」


 祥次郎はテキーラの瓶のコルクを開けると、小さなグラスになみなみと注ぎ込んだ。

 すると女性は、グラスにテキーラが注ぎ終わるのを見届けると、あっという間に口の中に流し込んだ。


「おじさん、もう一杯!早くして!」

「は、はい」


 祥次郎はふたたび、女性のグラスにテキーラを注ぎ込んだ。

 すると、女性はまたそれを一気に流し込んだ。

 このやりとりが、三回、四回、五回……と繰り返された。


 そして女性は、ようやく口を開いた。


「ちくしょう!どいつもこいつも、私を信じてくれないなんて」


 女性は、目に涙を溜めながら、うつむき、時に握りしめた拳を震わせながら、つぶやいた。


「あの、一体どうなさったんですか?店に入るなり、強い酒が欲しいとか。おまけに、こんなに強いテキーラをガンガン飲むなんて」


 祥次郎は、心配そうな顔で、女性に問いかけた。


「私は嵌められたのよ。信じて頑張ってきた職場の人達にね」

「嵌められた?」

「そうよ、嵌められたのよ。私が勤めているホテルに飾ってあった美術品が盗まれたんだけど、その犯人が私だって言うことになってるのよ」


 そう言うと、女性はカバンに手を突っ込んで名刺入れを取り出すと、祥次郎とその隣に立つ秋音に一枚ずつ手渡した。

 名刺には、『ウエストサイドホテル新宿 管理課 池沢理香いけざわりか』と書いてあった。


「ウエストサイドホテルって、大手チェーンホテルですよね。都内にも何軒かありますよね?」

「そうよ。私は新宿のホテルの備品管理担当なの。うちの社長、美術品の収集が趣味でね、海外で買い付けたものをホテルに飾ってるのよ。そのうちの一つが、先週突然無くなったの。私は先週夜勤だったし、館内の備品の管理を一手に任されているから、支配人からこっぴどく怒られて、徹底的に責任を追及されたんだ。『無くなったのは他ならぬお前の責任だ!お前がきちんと見張ってないから、こういうことが起きたんだ!』ってさ」


 理香は涙ぐみながら、手に持ったグラスに入ったテキーラを再び一気に飲み干し、グラスをカウンターに叩きつけるように置くと、感情を押し殺すことができず、大声で嗚咽し始めた。


「私はちゃんと見回りしていたし、不審な人物がいないかは、モニターでちゃんとチェックしてるし。でも、誰一人私の言い分なんか聞いてくれないのよ。私、ホテルの仕事が本当に好きで、大学卒業してからずっとこのホテルで働いてきた。営業も企画も施設管理も経験して、上司からも信頼を受けてがんばって、今の立場を手に入れたのに」


 すると、二人に割って入るように、秋音が声をかけた。


「理香さん。うちのマスターってね、こんなおバカそうに見えて、実は、探偵なんですよ。だから、悩んでることがあれば、遠慮なく話してくださいね」

「た、探偵?マジで?」


 目を丸くし、驚く理香を見て、やれやれと言う表情で、祥次郎はポケットから名刺を取り出し、理香に手渡した。


「『メロス探偵事務所 代表 岡崎祥次郎』?」


 すると、照れ笑いしながら、祥次郎は葉巻に火をつけた。


「お願いします、探偵さん!私を助けて!」


 理香は、すがるような目で祥次郎の肩に手を置き、叫んだ。

 祥次郎は、突然の理香の行為に、口にくわえていた葉巻を思わず自分の手の上に落としてしまった。


「アヂヂヂヂ……やけどしちゃったあ。秋音ちゃん、おしぼりで冷やして!早く~!」

「もう、どこまでバカなの?」


 秋音は、呆れ顔でおしぼりを祥次郎の手に押し当てた。


「あの~この人、マジで探偵なの?大丈夫?実績は十分にあるの?」


 理香は、ヒソヒソ声で秋音の耳元で尋ねた。


「一応、実績はありますけど、ね」


 秋音は、頭を掻きながら、苦笑いを浮かべつつ答えた。

 祥次郎は、その後ろで店中に響き渡るような大声を発しながら、おしぼりで患部を冷やしていた。

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