3-13 いがみ合い

 祥次郎は、病院の喫煙コーナーで煙をくゆらせながら、物思いに耽りつつ訥々と語りだした。


「野口三喜雄、あの男は全て画策済みだったんですよ。全てが仕組まれていた。その中に、若菜ちゃんも、俺たちも、みんな踊らされていたんだ」


 宇都宮はある程度、若菜から事件の内容を聞かされていたと思われるが、祥次郎の言葉には驚きを隠せなかった。


「エクセレントグループの社長が、俺に、社長長男の裕恒さんの死因を調査してほしいって言ってきた。その時、エクセレントグループの顧問弁護士という寺下とかいう若い男が間に入って来た。寺下は、社長の伝言を俺に伝えにきたんだけど、寺下を連れてきたのが野口だった」

「ほお。ということは、寺下さんが接点があるのは、むしろ野口さんだと?」

「寺下は顧問弁護士ではあるけど、企業合併関係に詳しい弁護士でもあった。その点から察すると、業務的に寺下と親しいのは野口だったんじゃないかと思うんですよ」

「じゃ、野口さんは、寺下さんを通してエクセレントグループの社長とも親しかったのか?」

「その通り。野口は寺下を通して、エクセレントグループが進める国内の弱小ホテルグループの吸収合併を社長に進言し、陰で指揮していた。こないだ合併されたウエストサイドホテルもそのひとつ。でも、今後国内での合併政策を進めるにあたり、二つの壁があった。一つは、同じように合併を繰り返してシェア拡大を図っているケインズさんが率いるウイングリゾート、もう一つは、エクセレントグループ内部の問題。グループ内でも、合併推進派と、反対派がいたみたいですね」


 そう言うと、祥次郎は、突然目をつぶって合掌した。


「え?何だいショウちゃん、いきなりそのポーズは」

「ああ、この抗争の犠牲になった人がいましたからね。エクセレントグループ社長の長男・江坂裕恒さん。謹んでご冥福をお祈りします、ということで……」

「ああ、そういうことか……あれ?裕恒さんは、ケインズと共謀して田崎若菜が殺したのではなかったのか?」

「若菜ちゃんは、野口に言われて実行しただけですよ。裕恒さんは、反対派の中心人物だったから。合併を推進したい野口にとっちゃ、目の上のたんこぶでしかない」

「でも、社長としては、後継者は裕恒さんにしたいと聞いていたが?」

「社長は喪失感があったと思いますよ。なぜ裕恒さんが病気にかかったのか?なぜ急死したのか?未だに信じられないでしょうな。だから、探偵である私に調査を依頼したんでしょう。けど、調査されたら、野口が自分の仕掛けた悪事が全てバレてしまう。だから、私と秋音ちゃんがこれ以上捜査に手を出せないよう、若菜ちゃんを使ってうちの店の客をアルコール中毒にして、邪魔を図ったってわけですよ」

「!?」


 宇都宮は、次々と繰り出される祥次郎の推理に、次第に頭を抱え込むようになった。


「すると、田崎若菜は野口のシナリオに沿って動いているだけなのか?彼女、野口に指示されたことは、何一つ語っていないぞ」

「そりゃそうでしょう。若菜ちゃんが野口の指示について自白したことが判ったら、釈放された後、野口に何されるか分かりませんからね。下手したら自分の命、いや、家族の命も狙われるでしょうな。だから、私が立ち向かうしかない。今度、エクセレントグループの社長に会って、裕恒さんの死の真相について報告してこようと思います。そこで、逐一話してくるつもりです」

「え?ショウちゃん、あんた一人で行くのかい?それはちょっと危険だな」

「そうです、下手したらケインズさんの時のように、殺されるかもしれない。でも、そうしないと、第二の裕恒さん、第二の若菜ちゃんが出てきてしまう」

「……何か証拠があれば、野口さんを立件できるんだが」

「無いでしょう。彼は弟の俺と違って、本当に頭が切れる男だ。自分の手を汚さず進めるでしょうね。だから、俺が野口と兄弟同士で腹を割って話し合うことしか方法がないと思います」


 宇都宮は、しばらくその場に立ち尽くしたが、その後スマートフォンを取り出し、電話で連絡を取り始めた。


「おう、宇都宮だ。今から、野口三喜雄さんについて、調査を始めてくれ。先日、「メロス」のアルコール中毒事件について自白した田崎若菜の件と関連があるようだ。本人の自宅や事務所も調べろ。色々隠蔽してるかもしれんけど、出来る限り調べるんだ、いいな?」


 いきり立つように電話で話し続けている宇都宮を見て、祥次郎はため息をついた。


「あまりコトを大きくしない方が良いですよ。うちの兄貴は、俺が言うのもなんだけど、本当に一筋縄じゃない男だから」

「良いんだよ。それよりも、ショウちゃん一人でこの事件に関わらせるのは危険だし、何よりも、これは刑事冥利に尽きる案件だ。俺たちも出来る限り、やれることはやらせてもらうからな、いいな?」

「はいはい。ご勝手にどうぞ。せいぜい邪魔しない程度にやっておくんなまし」


 祥次郎は呆れ顔で、両方の掌を上にかざしながら承諾した。


 やがて祥次郎は退院し、久しぶりに「メロス」に戻ってきた。

 店内では秋音が黙々とシェイクを振り、カウンターに座る大勢の客を1人で対応していた。

 祥次郎のいない間、特にアルバイトは雇わず、秋音が一人で店を守り続けていたようである。

 祥次郎は、秋音の手からシェイクをそっと差しぬくと、再び自分の手でシェイクを振り出した。


「マスター?いつの間に??」

「そう、いつの間に、帰還しました。秋音ちゃん、ここまでお疲れちゃんね」


 秋音が驚く間に、祥次郎はシェイクからグラスにカクテルを注ぎ込み、あっという間にカウンターの上に置いた。


「あ、祥次郎さん!戻ってきたんだ?けがは大丈夫なの?ウチら常連は皆、心配してたんだぞ。全く心配かけやがって」

「だいじょうブイ!世界のチャンピオンはタダじゃ死にませんって。今まで休んだ分、しっかり働くから、懲りずに遊びに来てねん」


 そう言うと、再びシェイクを手にし、次のカクテルを作り始めた。

 秋音は、目から涙が溢れていた。

 一時は海に沈められ、もう二度とここには戻ってこないと思っていた祥次郎が、再びカウンターに立つ姿を見て、涙が止まらなくなってしまった。


「秋音ちゃん、何泣いてるんだよ?お客さんが待ってるんだから、次のカクテル作ってあげてよ」

「あ、ご、ゴメンね」


 以前と変わらず賑わう「メロス」の様子を見てひと安心した祥次郎であったが、その胸中には、次の戦いに向けて、複雑な思いが渦巻いていた。

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