3-14 報告

 「エクセリアスホテル浜松町」の中にあるのが、エクセレントグループの社長室。

 社長室の周囲は、何人ものガードマンがそそり立つ壁のように立っていた。

 祥次郎は引き締まった表情で、敬礼のポーズをしながらガードマンの間を抜けるように歩いた。

 そして、祥次郎がひときわ大きなドアの前にたどり着くと、ガードマンの一人がドアノブを引きよせ、ドアはギギギ……と強烈な金属音を上げて開いた。真正面には、総ガラス張りの壮観な内装が目に飛び込んできた。大きなソファーが並び、そこには三人の男性が向かい合うように座っていた。

 祥次郎が社長室に入ると、三人が一斉に祥次郎の方を向いた。そして、三人のうち一人が立ち上がり、靴音をコツコツと響かせながらにこやかな表情で近づいてきた。

 ロマンスグレーの髪の毛と、すらりとした長身の品のよさそうな雰囲気の紳士だった。


「あなたが、岡崎祥次郎さんですか?」

「そうですが……」

「私が、エクセレントグループの社長をしている、江坂裕也えさかゆうやといいます。このたびは、長男の裕恒の件で色々調査して下さったようで、ありがとうございました」

「早速ですが、裕恒さんの死亡について、色々調べた結果を報告に伺いました」

「そうですか、いやあ、すみませんね。医者の診断では病死だというんですが、私はその結果がどうも腑に落ちなくてね。あなたは、バーテンダーをしながら探偵として数々の難事件を解決してきたと聞き、ひょっとしたら私どもじゃ調べが付かないことも調べてくれるのではないか?という淡い期待から、お願いした次第です」

「ははは、実績はあまりないんですけどね」

「いえいえ、あなたは先日ウエストサイドホテルで美術品盗難の犯人を見つけ出したという話は、この私も聞いておりますよ」

「その件ではいずれ謝らなくては、と思っていたんです。まさか、ウエストサイドホテルの社長になった息子の丈明さんが関わっていたなんて……」

「ああ、丈明のことですか。あいつは兄と違って元々素行が悪くてね。裕恒が死んだ後、後継者にするための教育場所としてウエストサイドホテルに派遣したんですけど、あのような悪事を働いていたなんてね。私からも、いずれ謝りたいと思っていたんですよ。さ、どうぞこちらに。あなたを紹介してくださった二人も来ていますよ」


 そういうと、社長の裕也は、祥次郎をソファーまでエスコートした。

 そこには、エクセレントグループの顧問弁護士であり、祥次郎に裕恒の死因調査を依頼した寺下幸樹と、寺下に裕也との仲介をお願いした野口三喜雄の姿があった。


「どうも、お疲れさまでした。今日はいよいよ調査結果が聞けるとあって、時間を割いてきましたよ。どうなんでしょう?私は病死としか思えないけど、誰か犯人らしき人はいたんでしょうかね?」

 寺下は、ニヤニヤと笑いながら、両手をこすりながら祥次郎の顔を見上げた。


「お疲れさまでした。寺下さんから、今日あなたから結果報告があると聞きましてね。優秀な探偵だとあなたの部下の関口さんから聞いていたので、調査結果が楽しみで、他の約束を断ってこちらに参りました」

 野口は、にこやかな表情で頭を軽く下げた。


「では、早速犯人について、お話いたします」

「よろしく、お願いします。ぜひお聞かせください」


 裕也は他の社員が入れないように社長室のドアをきっちりと施錠し、その後くるりと正面に向き直って、社長席の大きな椅子に腰かけた。


「江坂裕恒さんは、病死ではなく他殺の可能性が高いです」

「な、何だって?」

 裕也はその言葉を聞くと、社長席から立ち上がり、祥次郎の目をじっと見つめた。

 寺下と野口は、黙ってソファーに座ったまま、じっと祥次郎の話に聞き入っていた。


「裕恒さんは、元々食道炎を持っていた。そこに狙うかのように、アルコール度数の高いお酒を飲まされ続けた。それも、若いアルバイトの女の子にね。裕恒さんは、知らぬ間に食道が荒らされてしまったのです」

「た、たしかに、裕恒の死因は食道にあると聞いていたが……」

「その女の子は既に自首し、警察に拘留中です。でも私は、その子が単独で全国的に有名なホテルグループの御曹司にそこまでできるんだろうか?私は不思議でなりませんでした。その陰には、彼女をあやつり続ける人間がいる。そう疑いました」


 ここまでの話を聞いて寺下はニヤリと笑い、立ち上がって祥次郎を指さした。


「操っていたのは、ウイングリゾートのケインズさんでしょう?彼には裕恒様を殺すだけの動機がある。彼は裕恒様の学生時代の唯一の友人だけど、社会人になった後はライバル関係になった。次期社長の裕恒さんは、目の上のたんこぶでしかなかった。だからこそ、その女の子と共謀して潰しにかかったわけでしょ?大体、ケインズさんも、現在警察で取り調べを受けているというじゃないですか?それも、岡崎さん、あなたを殺そうとした容疑でね」


 すると、祥次郎はクスっと笑いながら、ゆっくりとした口調で話した、


「まあ、私もあやうく殺されかけましたがね。ケインズさんとその女の子は、利害関係が一致していた。二人とも、裕恒さんをこの世から消したかった。でもね、ケインズさんはまだ良心があった。学生時代の唯一の友人であるから、殺そうとまではいかず、仕事を続けるに支障が出る位程度の被害を与えようと考えていた。けど、その子は致死量程度のアルコールを与え続けていた」

「そんなこと、どうやって証明するんでしょうかね。仮にケインズさんに殺意がなかったとしても、やったことは人命を奪う行為に等しいですよ。アルバイトの子は、単にケインズさんの指示を無視して大量にアルコールを入れてしまったというだけじゃないんですか?」


 祥次郎は、若菜が裕恒に与え続けたという原酒の入ったボトルをカバンから取り出し、テーブルの上に置いた。


「このお酒が証拠です。若菜さんは、このボトルの中身を注ぎ込んで、裕恒さんやうちの店のお客さんにお酒を作って提供していたんです。ねえ野口さん。あなた、このお酒について、ご記憶にないですか?」


 野口は、まさか自分が?といわんばかりの表情であったが、立ち上がり、ボトルの中の臭いを嗅いだ。


「これは、アードベッグ……ですかね?」

「そうですよね、あなたが大好きなアードベッグですよ。このウイスキーは、度数が特に高く、よっぽどウイスキーを嗜んでいる人間か、酒に強い人間じゃないと飲み切れません。あなたは、うちの店でアードベッグを飲んでいた。他にアードベッグを飲みこなせる人間は、うちの店には来ないし、小野田の『フロイデ』のお客さんにもいないようです。野口さん、あなたはうちの家系でも、特に酒が好きで、酒に強い人間だった。だから、このくらいは平気かもしれない。そのことを逆手にとって、酒に弱い人間への凶器として、この酒を使った。違いますか?」


 祥次郎の説明を聞き、裕也と寺下は驚きの表情を見せた。


「岡崎さん、あなた、野口先生とご親戚か何か?」

「その通り、野口三喜雄さんは、私の実の兄です」

「そ、そうだったんだ……」


 野口は驚きつつも、不敵な笑みを浮かべ、祥次郎の方に体を向けた。


「よく覚えていましたね。そうです、私は祥次郎の実兄です。アードベッグは私の好きな酒でね。でも、あまりにもアルコール度数が高く、他の人には飲ませられる代物ではなかった。だから私にとって、これは他者を懲らしめるための凶器でもあったのですよ」

「こ、懲らしめる、だと?」


 裕也は顔を赤らめ、社長席から立ち上がり、野口の元へと歩み寄った。

「どういうことなんですか?野口先生、私の大切な裕恒を、懲らしめたとは⁇じゃあ、あなたが、あなたが、裕恒を?」


 すると、野口は驚く様子もなく、冷静に答えた。

「その通りです。私が懲らしめました。あの方は、御社の進める他社を合併し拡大する経営方針に、ことごとく反対している、いわば反逆分子だからです」


 裕也は怒りに満ちた表情を見せていたが、野口の冷静な言葉に何も言い返せなかった。

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