第27話変わること
「私にはその夢を応援してあげることしかできないけど、翔太くんにそんな立派な夢があったなら、私は胸を張って『頑張れ!』って言うことができるよ」
優しく笑いながら、それでいて目は真剣にまっすぐ僕を見ながら菜乃花はそう言ってくれる。
そんなことを言われた僕は、顔が赤くなるのを感じて手のひらで顔をパタパタと扇いだ。
そして扇ぎながら思ってしまう。
やっぱり菜乃花は凄いなって。
僕なんかよりもよっぽど具体的で素晴らしい夢を、こんな環境で持ってるのだから……。
そう思った僕は、菜乃花の視線を外して。
「でも菜乃花はやっぱすごいよ。病弱でずっとこの部屋の中で生活してきたのに、それでもそんなすごい夢があるってのは本当に尊敬する。まるで物語の主人公みたいだ」
そんなことを言う。
病弱なのに強くて優しくて自分のやりたいことがある……。
まさしく物語の主人公みたいだ。
僕とは大違い……。
菜乃花は強くて優しい。
僕はその強さと優しさに何回も励まされたし、勇気付けられた。
でもその強さと優しさが、僕には眩しすぎる。
その光が、僕の弱さを強調させる。
菜乃花といると、自分の弱さをさらに実感してしまう。
僕は小さな声音で続けて。
「僕は正直今の自分があんまり好きじゃないんだ……。こんな性格を、分からないことからすぐに目を
そう弱音を吐く。
菜乃花のような強い人間になりたい。
そうならなければならない。
いつまでも弱いままじゃ、きっとどこか立ち直れなくなってしまう。
そんな僕の言葉を聞いた菜乃花は、どこか遠くを見つめるように僕から視線を外すと。
「変わる必要なんて、ないんじゃないかな……」
小さく消え入りそうな声で、ポツリとつぶやき……。
そして続けて。
「そもそも君は、どうして変わりたいの?」
そんなもっともな質問をしてきた。
どうして変わりたい……?
「それは……」
少々口ごもる。
どうして自分を変えたいか。
それはこのままじゃダメだと思ったから。
そんな曖昧な答えしか浮かんでこない。
それでも僕は、なんとかそれを言葉にして菜乃花に伝える。
「具体的なことは自分でも分からない。でも、このままじゃダメだって言うのだけはわかる。この性格のままだと、きっとどこかそう遠くない未来でつまづいてしまう。現に今だって、父親とのことでつまづいている。でもこんな自分を変えたらきっと、僕は前に進むことができると思う。だから僕は、自分を変えたい……」
長々と曖昧に、僕の思っていたことを菜乃花に話す。
そんな僕の話を、どこか遠くを見つめていた菜乃花がくるっとその視線を僕の方に向けて、優しく
「じゃあやっぱ変わる必要なんてないよ。無理に変わろうとして自分を偽った方が、もっと苦しくて辛いと思う」
そんなことを言われる。
しかし僕は、まだ納得出来ずにいた。
「でもどうしたら……」
助言を求めるように、ポツリと呟く。
すると菜乃花は、僕のベッドの上に置いてある手の甲に自分の手の平を乗せて。
「それはね、君が君自身を好きになることだよ。今の自分も過去の自分も、否定せずに肯定すること。君のことを一番理解してくれるのは、親でも、もちろん私でもない、君自身なんだから。だから無理に変わろうとする必要なんて、何一つないんだよ」
そんなことを言われて僕は、少しだけ頭が冷えた。
自分を好きになる……。
簡単そうに見えて、すごく難しい事だ。
菜乃花は僕にナルシストになれって言ってるのか?
いや、多分違うな。
菜乃花の言った言葉の本質を、僕はまだ完璧に理解できないでいる。
ただ慰めにはなった。
僕の曖昧で不確かな悩みを、菜乃花が否定してくれた事で、僕は変に悩まなくて良くなったのだから。
もちろん菜乃花の行ったていることが100パーセント正しいわけじゃない。
世の中に100パーセントなんてことはないんだから。
でも不思議と、彼女の言っていることに間違いはない気がする。
そんな気持ちにさせられる程、彼女の言葉には説得力があり、優しさがあった。
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