第16話ない思い出

「多分もう察しはついてると思うけどね、私のお母さんはもうこの世には居ないんだ。私を産んですぐに死んじゃったんだ。だから私とお母さんの思い出は一つもないの」

 

 大方想像通りの返答が返ってきた。

 僕は何も言わずに、黙って菜乃花の話に耳を傾ける。


「だからある時お父さんに聞いてみたの。『私のお母さんってどんな人だったの?』ってね。そしたらお父さんがね、押し入れから数枚の写真を持ってきてくれたの。それでその中の一枚の写真を見た瞬間に色々と察しがついたよ。その写真にはまだ若かったお父さんと、車椅子に座ったお腹の大きな女の人が写ってた」


 そこまで聞いて、僕も察しがついた。

 彼女の体の弱い原因は、母親からの遺伝なんだと。


「それで小さかった頃の私は、その写真を見たときすごく腹が立った。私がこんな状態なのも、全部お母さんのせいじゃんって。こんなことなら産まないでほしかったって、お父さんに泣きながら怒鳴りつけた」


 確かに小さい頃ならそう思ってもおかしくない。

 いや……。

 別に年齢の問題でもないか。

 多分何歳でもそう思ってしまうのだろう。

 それは仕方のないことで、正当な意見なのだから。


「そしたらね、泣きじゃくる小さかった私の体を、お父さんが抱きしめてくれた。優しく、ごめんってなんども謝ってくれた。そしたらなんか知らないけど、また泣いてた。心が温かくなって、さっきとは違う、温かい感情が私の中から湧いてきた」


 寂しそうに、でも嬉しそうに話す菜乃花をみてこっちまで嬉しくなる。


「じゃあもうお母さんのことは恨んでないの?」


 僕はそう疑問に思い、菜乃花に質問する。

 すると菜乃花は天井を見上げて。


「最近までは、まだどこか心の中で恨んでた。許したくても許せない自分がいた。でも、もうそう思ってる自分はいない」


 そして菜乃花はまたしても僕の方を向いて。


「だって君と、出会わせてくれたんだもん!」


 嬉しそうにそう言ってきた。

 僕は菜乃花にそう言われて、少し涙ぐんでしまう。

 僕は目頭を押さえながら。


「君、さっきから僕のことからかってない?」


 僕がそう聞くと、菜乃花はふふっと小さく笑うと。


「本当のことを言ってるだけだよ」


 笑いながら、嬉しそうにそういった。

 雨が家の天井に当たる音がするなか、僕はまた彼女に元気付けられた。








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