第17話家族

 それから少しして、僕は自分の家族のことを思い出していた。

 菜乃花の家族の話を聞いた僕は、少し羨ましいと思ってしまった。

 家族仲の良くない僕は、父親と仲のいい菜乃花に嫉妬していた。

 僕も菜乃花の父親みたいな、優しくて、なんでもしてくれる父親の元に生まれたかったと思った。

 そんな僕の様子を見ていた菜乃花が、覗き込むように僕の顔を見てきた。


「今、何考えてるの?」


 少しだけ口角を上げて、微笑みながら菜乃花は聞いてきた。

 

「別に大したことじゃないよ。僕の家族のこと考えてた」


 僕が寂しそうにそう言うと、菜乃花は僕の手をまた握り。


「今度は君の話、聞かせてよ」


 優しくそう言った。

 それから僕は、菜乃花に僕の家族との今までの思い出を色々話した。

 まともな会話はほとんどしてこなかったこと。

 これと言った思い出が一つもないこと。

 僕に全く興味がないこと。

 菜乃花の話とは反対の、家族の良くないところばかりを話した。

 そしてそんな面白くもない僕の話を、菜乃花は真面目に頷きながら聞いてくれていた。

 僕の話が終わると、菜乃花は少し黙って考えた後に。

 

「つまりさ、君は認めてもらいたいんだよ」


 と言った。

 そう言われた僕は、そんなことないって菜乃花の言葉を否定しようとした。

 でも僕は、咄嗟とっさに否定出来ずにいた。

 それは僕が、心のどこかで菜乃花の言葉を認めてしまっていたから。

 思えばテストも成績も、父親に認めさせるために無理して勉強していた気がする。

 それ以外に僕が勉強する理由なんて、なかったのだから。

 そう思うと、僕は急に今までの自分がバカらしくなった。

 どうしてあんな父親を認めさせるために、わざわざあんなに頑張っていたのだろう。

 どうせ頑張ったところで、その努力が報われたことは一度もなかったのに。

 一度も褒めてもらったことなんて、なかったのに……。

 僕は小さくため息をつくと、菜乃花の方を向いた。


「僕はこれからどうしていけばいいと思う? 今まで通りに何にも成長しないまま、ただがむしゃらに勉強だけしていけばいいのかな」


 暗い雰囲気のなか、僕は菜乃花に聞いてみる。

 どうしてここで菜乃花に助言を求めたのか。

 それは菜乃花なら、僕の納得のいく答えをくれると思ったから。

 彼女ならなんでもわかると、勝手に思っていたから。

 そして僕にそう聞かれた菜乃花は、僕の手をギュッと強く握りしめると。


「それを決めるのは君自身だよ。他の誰でもない、君が解決しなくちゃいけない問題」


 強く力を込めて、菜乃花はそう言った。

 でも僕は、菜乃花の言っている問題を解決するのは無理だと思った。

 僕の18年間の経験が、無理だと言っていた。

 

「無理だよそんなの。多分、僕は一生父親と向き合えない。弱い僕は、必ずどこかで逃げ出してしまう」


 そんな弱気なことを菜乃花に言うと、菜乃花は僕の手の甲の上に乗せていた手を離すと、両手で僕の顔を強すぎない力でパンと押さえつけてきた。

 そして僕の顔を押さえつけたまま、まっすぐ僕の瞳を見つめて。


「翔太くんは弱くなんかないよ! 私が保証する。だから弱気にならないで」


 そう強く、優しく言ってくれた。

 菜乃花は僕の顔を抑えていた手を離すと、また僕の手を握りしめて。


「君が真剣に向き合えばきっと大丈夫だよ。君の今までの努力をしっかりとお父さんに伝えれば、きっとわかってくれる。だから最初っから諦めないで」


 そう言われた僕は、少しだけやる気が出てきて。

 

「僕にできるかな」


 菜乃花に確認するようにそう言った。

 多分こんな確認をする必要はないのだろう。

 ただの自己満足。

 菜乃花に後押ししてもらいたいだけなんだ。

 でも、その後押しがあれば、僕はなんだってできるような気がする。

 僕にそう言われた菜乃花は、僕の顔を見てめいいっぱいの笑顔で


「うん!」


 と言ってくれた。

 













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