第34話過去
母親は少し戸惑いの表情を見せるが、すぐに元の優しい表情に戻すと。
「あの人は、一言表すなら不器用だね」
曇ったメガネを寝巻きの袖で
不器用……。
言われてみて、「確かに」とはならなかった。
そもそも父親のことをほとんど知らない自分は、どんな応えが返ってきたとしても納得はいかなかっただろう。
だから今の母親の返答にも、まだ納得できていない。
僕は何も言わずに微妙な反応だけをすると、母親は続けて。
「本当は翔太ともっと話したいのよ、あの人は……。でも過去にあったこととか、色々気にして話せないでいる。『翔太が引っ込み思案になったのはわしのせいだから、自分からはあいつに近づかん』とか言って、あなたとあまり話さないようにしてる」
「僕を引っ込み思案にさせた?」
どういうことだ?
母親の話を聞いて、まず最初にそのことが疑問に浮かぶ。
別に僕がこんな性格なのは、全部が全部父親のせいってわけではないと思う。
それに過去にあったことって……?
父親との思い出なんて、何一つない。
でも母親の言い方からして、僕と父親は過去に何かあったらしい。
母親はグイって紅茶を一気に飲み干し。
「えぇ。覚えてないかもしれないけど、翔太がまだ3歳ぐらいのときのこと。あなたとわたしとお父さんの三人で、公園に行ったのよ。その日はちょうど翔太の誕生日で、わたし達がプレゼントした三輪車に乗るために公園に行ったの」
…………。
全く覚えていない過去。
三歳の時のことだから覚えてないのは無理ないか……。
僕は「それで?」と言い、話しの続きを促す。
「それでね、公園に着いてすぐに翔太は三輪車に乗って走り出した。わたしたちは、別に危険な場所はないから大丈夫だろうって安心しきって翔太から目を離してしまった。ちょうどその目を離した
ゴクリと僕は唾を飲み込む。
そのあとに起こったことが原因で、僕は父親のことを無意識に恐れるようになってしまったのか……?
「公園の小さな下り坂--階段の横についている--に、三輪車に乗った翔太が行ってしまったの。そこで、ちょうど下り坂の先にいた小さな子をはねちゃったのよ。それでお父さんが、もの凄い大きな声であなたを叱りつけたの。それ以来、翔太はお父さんのことを見るたびに怯え出しちゃってね……」
なるほど。
その話を聞いてみて、自分がどうして父親に対してこんなにも恐怖感を抱いていたのかわかった気がする。
無意識のうちに避けてしまったりしていたのも、小さい頃に起こった些細なことが、トラウマになっていたのだろう……。
父親とは怖いものだ。
そういう固定観念が、小さい頃から体に刷り込まれていたのだろう。
その考えを改めると、さっきの父親の言葉といい、案外いい人なのかもしれない。
もっと早く向き合って話していれば、変な誤解を数十年抱え続けることもなかったかもしれない。
今までこんな簡単なことに頭を悩ませていたと思うと、途端にあほらしくなった。
でも、そう思うと同時に、今まで心にのしかかっていたおもりが壊れたような、曇っていた空がみるみる晴天になっていくような、そんな気分になる。
僕はティーカップに入った紅茶を一気に飲み干すと、台所に持っていき。
「ありがとう、気分がスッキリしたよ」
と、母親に感謝の言葉を述べてから自室に向かってゆっくりと歩いた。
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