第4話現実

 僕に声をかけられたその少女は、はっと驚いた表情になり、咄嗟とっさに手で涙の粒をぬぐう。

 そして欄干らんかんにかけていた腕を下すと、僕の方を向いて手招きをした。

 ちょいちょいっと小さく手招きをされた僕は、その少女が立っていた橋の中央へと歩みを進める。

 僕が隣へ着くと、その少女はまた夕日の方を向いた。

 何も言わずにただ夕焼け空を見つめている少女の姿は、とても絵になっている。

 そしてその少女は、顔をこちらに向けずに夕日を見たまま。


「綺麗だよね……」


 話しかけてきた。

 なんて返すのが正解なのか?

 初対面の人間と話すのが慣れていない僕は、少し考えた後にこう返事をする。


「僕の一番好きな景色ですから」


 何の会話をしているのだろうか。

 自分でも言っていてよくわからない。

 ただどうしてか、すごく居心地が良いとだけ感じた。

 人と関わるのが苦手な僕が、人と一緒にいてこんな風に思うなんて自分でも驚いている。

 ましてや初対面の、名前も知らない少女となんて。

 そんなことを思いながら、僕たちは二人して夕日を眺め続ける。

 そして夕焼け空が沈んできて、当りが暗くなってきたぐらい時に、少女は口を開いた。


「ねぇ君、名前は?」


 突然少女が話し出したので最初は戸惑ったが、僕はその戸惑いをごまかすように咳ばらいを一つする。

 そして少女の方を向く。


「僕は熊谷翔太。君は?」


 そう聞くと少女は、上を向いて何かを考えたような仕草をした後に。


「ねぇ、また明日、この夕焼け空が一番きれいな時間にここで会わない?」


 と、僕の質問など全く聞かずによくわからないことを言ってきた。

 夕焼け空が一番きれいな時間にここで会う?

 つまり、夕方の5時ぐらいにまた会おうということなのだろうか?

 僕がいろいろと考えていると、目の前の少女は欄干から手を放して。


「じゃあ待ってるから!」


 っと僕の返事も聞かずに颯爽さっそうとどこかへ行ってしまった。

 いったい何だったのだろうか?

 僕は今起こったことが本当に現実だったのか不安になり、手の甲を指でつねってみる。

 もし痛みがなく夢だったらどうしようかと思ったが、しっかりと痛みはある。

 僕は名前も知らない少女と一緒にこの綺麗な夕日を見て、明日も会うと一方的に約束されたということは現実らしい。

 まだ今起こったことがしっかりと理解できていない僕は、もうすっかり暗くなってしまった歩道を歩きながら、今起こったことと明日について考えながら家に向かって歩いた。

 

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