第13話彼女の気持ち
重い雰囲気の中、僕は俯いた状態の菜乃花方を見ていた。
なかなか言い出しずらいのか、菜乃花はしばらく黙ったままだった。
そこまで重大なことなのだろうか?
もしかしてもう引っ越すから会えないとか……。
そんなことだったら嫌だな。
僕は雰囲気から察するに良いことでは無いと思い、あまり菜乃花の話を聞きたくはないと思った。
そして菜乃花は俯いた状態のままゆっくりと話し出した。
「あ、あのね翔太くん……。あんまり驚かずに聞いて欲しいんだけど」
重い雰囲気で菜乃花のこの言い方は、きっと僕に取っても彼女にとっても嬉しいことでは無いのだろう。
僕はゴクリと唾を飲み込んで、菜乃花の話を聞く体勢になる。
「実はね、わたし……。もうすぐ死んじゃうんだ」
「え……?」
僕は思わず驚きの声を発してしまった。
彼女から発せられたその言葉は、僕が想像していたものなんかよりもよっぽど深刻だったのだから。
僕は彼女になんて言ってあげればいいのかわからなくなり、何も言えずに俯いてしまった。
菜乃花のそんな事実をどう受け止めればいいのか、僕には分からなかった。
そして菜乃花は話を続け出した。
「私ね。小さい頃から体が弱くて、人生のほとんどを家の中で過ごしたんだ。だから学校とかも行けなくて、家でずーっと本を読んでた」
僕は何も言わずに、自分の手を強く握りながら菜乃花の話を聞いた。
「それであるときさ、いつも通り病院で検査したら心臓の病気になってたんだ。まあずっと家にこもって本ばっか読んでたし、なってもおかしく無いのかなって思ったんだ」
何だよそれ。
生まれつき体が弱くて外に出られない体なのに、家にいたら病気になるなんておかしいだろ。
どうしてよりによって菜乃花なんだよ。
僕は心の中でそう思ったが、口には出さずに静かに菜乃花の話を聞き続けた。
「それで君と初めて会ったあの日にさ、お医者さんから余命宣告されちゃったんだよね。もう長くは無いってさ」
僕は静かに菜乃花の話を聞いているが、それでも胸が痛かった。
「でも別に何とも思わなかった。何も無い空間でずっと本ばっか読んでる人生だったし、私の人生の終わり方はこれが正解なんだろうなって思ったんだ」
そんなこと思わないでくれ。
思わずそう言いそうになる。
でも僕にはそんな無責任なこと言えなかった。
彼女の今までの人生を想像したら、そう思ってしまうのも仕方のないことだと思ったから。
「でもね、ある時一人の男の子に会ったんだ。私は最後に大好きな夕焼け空の景色をこの目に焼き付けようと、私が車でよく通る橋に行ったんだ。そこからの景色は最高でさ、この景色を私はもうすぐ見れなくなるのかーって思ったら勝手に涙が出てきたんだ。そしたらその瞬間に男の子と目があってね、その子はいきなり声をかけてきたんだ」
その男の子とは、多分僕のことだろう。
あの時、菜乃花はそんな状況だったのか。
そんなことを考えながら、初めて菜乃花にあった時のことを思い出すと思わず泣きそうになる。
「私ね、家族以外の人とほとんど話したことないからさ、最初何話せばいいんだろうって戸惑って変なことばっか話してた」
確かにあの日の菜乃花との会話はとてもぎこちなかった気がする。
「でもね、そんな会話になっていたのかもよく分からないおしゃべりをね、もっと彼としたいって思った。だから一方的に会う約束をしてそのまま帰った」
そんな無邪気なような彼女の話を聞いて、僕は少し気持ちが楽になった。
「それから彼といっぱいあってたくさん喋った。面白いこと、私の知らなかったこと、いろいろ話した。でもね、そんな会話をしているときに思っちゃうんだ。私はもうすぐ死んじゃうのに、これ以上彼と話してていいのかって。彼の幸せをこれ以上奪っていいのかってね。自意識過剰かもしれないけど、私が死んだら彼は悲しむんじゃないかって」
菜乃花が死んだら悲しいなんて、そんな程度のことではない。
もしかしたら一生立ち直れないかもしれない……。
「だからもう彼と会うのはやめようって思った。彼の幸せを、私なんかが奪っていいはずがないのだから。だから、何も言わずに会うのをやめた」
幸せを奪うなんて、そんなこと……。
ないとは思いきれなかった。
菜乃花との思い出が大きくなればなるほど。
幸せな気持ちが募れば募るほど。
崩れ去った時の心の傷は、その何倍、何十倍にもなって帰ってくるのだから。
「でもやっぱまだ彼と話をしたい。わがままな私はそう思って、また彼といつも話をしていた橋に向かった。いないでほしいという気持ちと、いてほしいという気持ちがぶつかってた」
……。
「それで橋についてみると、彼は橋で待ってた。私は本当に嬉しかった。勝手に五日間もいなくなっていたのに、そんな私をこんな雨の日でも待っていてくれたことがとても嬉しかった。でも、私は声をかけるべきじゃないと思った。最後に一目彼の姿が見えたのだから、それで十分だと思った……。でも、5時のチャイムが鳴り止んだ時に、彼は帰ろうとした。その時、気がついたら彼に声をかけてた」
彼女の、菜乃花の話を聞いて、僕は何も言えなかった。
自分がこんなに彼女を苦しめさせてしまっていたという罪悪感があった。
でも、こんな時に思ってはいけないことだが、彼女が自分のことをここまで気にかけてくれていたということが、すごい嬉しかった。
僕は俯いた顔を上げて菜乃花の方を見ると、菜乃花はまだ俯いたままだった。
そして下を向いたまま。
「ごめんね……。本当にごめんね……。自分勝手で、わがままでごめんね……。病気のこと黙っててごめんね……」
ポツポツと静かに涙を流しながら、僕にごめんねと謝ってきた。
僕もその涙につられて泣きそうになる。
彼女にこんな思いをさせて、謝らなければいけないのは僕の方なのに。
そして彼女は最後に、顔を上げて僕の方を見ると。
「君のことを好きになって……ごめんね」
目から涙を流しながら、弱々しい声で、そう言ってきた。
なんだよそれ。
そんなのずるいだろ。
そんなことを言われたら僕は、君のことを一生忘れられなくなるだろ。
静かな部屋の中、書物に囲まれたベッドの上で、僕と彼女はお互い気がつけば涙を流していた。
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