第14話彼と彼女の物語は、ここから始まる
それからしばらくの間、沈黙が続いた。
重い雰囲気の中あんなことを言われた僕は、彼女になんて声をかければいいのか分からなかった。
慰める?
それとも励ます?
とてもじゃないが、僕はそんな言葉をかけてあげられるほど、
彼女に何を言ったところで、この現実が変わるわけではないのだから。
何か気を使って声をかけるだけで、彼女を傷つけてしまうのではないかと思ってしまうのだから。
僕の人生の中で一番辛くて、とても受け止められない現実を、助かる術のない絶望を、僕は直視出来なかった。
あんなに元気そうに笑っていた彼女が。
無邪気に話していた彼女が。
本当は体が弱くて、もうあと少しの命なんてことを、高校三年生の僕が受け止めきれるわけなかった。
これが冗談ならどんなによかったことか。
しかし、この雰囲気と、彼女の今までの寂しそうな顔を思い出せば、これが現実なんだと思い知らされる。
一番辛いのは菜乃花なのに、そんな彼女を励ましてやることのできない自分に嫌気がする。
悔しさとか悲しさとか怒りとか、そんなどうしよもない感情が僕の中でごちゃ混ぜになっていた。
そんな気持ちを少しでも晴らすように、僕は白いベッドのシーツをグシャっと握りしめた。
「僕が菜乃花をこんなに悲しませた。僕が菜乃花と出会わなければ、今頃君は泣いていなかった。本当にごめん」
何に対しての謝罪なのか、誰のための言葉なのか、そんなよく分からないことを、僕は辛そうに話し出す。
僕なんかよりも彼女の方がよっぽど辛いのに、どうして僕の方が落ち込んでいるんだ。
でも落ち込まずにはいられなかった。
そんな弱い自分に、またしても嫌気がさす。
すると、シーツを握った僕の拳を、菜乃花が精一杯の力で握ってくれた。
「私ね、今が一番人生の中で楽しいんだ」
僕に語りかけるように、また菜乃花は話を始めた。
「というよりね、今以外が楽しくなかったっていうのが正しい言い方。私の人生は物心ついた時から灰色で、色がなかった。ずっと同じ景色、ずっと同じ場所、何も変わらない変化のない人生だった……」
僕は彼女のその寂しそうな声を聞くたびに、どんどんと気持ちが沈んでいった。
「でもね、そんな私のモノクロの人生のページにね、初めてインクが書き足された。君と出会ってからのこの数日は、私の今まで生きてきた何十年という人生の何倍も濃くて幸福だった。だから謝らないで……。あなたは私の、私の人生の、たった一人の、ヒーローなんだから——!」
ヒーロー?
この僕が?
菜乃花の?
気がつけば僕は心が楽になり、自然に笑みがこぼれていた。
さっきまであんなに沈んでいた気持ちが、どんどんと登ってくる。
僕は誰よりも弱い少女から、誰のどんな言葉よりも元気の出る言葉をもらった。
そして僕は、あることを決めた。
僕は俯いた顔を上げると、菜乃花の目を真剣に見つめた。
「僕、決めたよ。菜乃花がこれからの短い人生を、少しでも楽しく笑って過ごせるように、菜乃花が僕の前からいなくなるその時まで、君のこと看病する」
すると菜乃花は驚いた表情になり。
「いいの?」
っと、不安そうになっていた。
そんな彼女に僕は、思いっきりの笑顔で。
「もちろん!」
そう言った。
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