第21話言葉じゃ伝わらないもの
そして僕は、今ある自分の状況を何となく察した。
多分眠気に耐えられなくなり倒れた僕を、菜乃花のお父さんがここまで運んできてくれたのだろう……。
完全に意識が目覚めた僕は、ベッドの上で座るように姿勢を正すと、隣で本を持っている菜乃花の方を向き。
「うん、おかげさまで」
と、感謝の言葉を言った。
1日中立っていたせいか、まだ足がジンジンとしている。
僕は太ももをほぐすように軽く揉みながら、菜乃花の持っていた本に目を向ける。
「何読んでたの?」
そんな素朴な疑問を浮かべ、菜乃花に聞いてみると、菜乃花は持っていた本の表紙を僕に見えるように持つと。
「これはね、
そう嬉しそうに言った菜乃花は、両手で自分の腰を浮かせると、僕との距離を縮めてきた。
グイッと勢いよく隣に座ってきた菜乃花は、持っていた本をペラペラとめくり、絵が書いてあるページで指を止めた。
「見てここのページ! この素晴らしい絵と素晴らしい文が組み合わさって出来る奇跡の2ページ! 私が最初これ読んだ時号泣しちゃったよ」
熱く語り出した菜乃花を見て、僕はわずふふっと笑みがこぼれてしまった。
こんなに楽しそうに自分の好きなものを人に伝えることができるなんて、本当にこの小説が好きなんだなっと僕は思った。
「確かにすごい絵が綺麗だね。菜乃花がこんなに言うなんて、多分内容もすごくいいんだろうね」
お世辞とかではなく思ったことをそのまま口にすると、菜乃花は持っていた本をバンと強く閉じると。
「じゃあ今から読もう!」
と、半ば強引に持っていた小説を渡してきた。
正直小説なんて読んだ事ないし、目が疲れるだけだと思ったが、菜乃花がこんなに言ってくれたのだから少しぐらいは……っと思い、僕は渡された小説に手を伸ばした。
最初はほんの数ページだけ……。
そんなふうに思っていたが、僕の手は止まるどころか進む一方だった。
物音一つしない静かな部屋の中、僕は渡された小説を1ページ1ページ真剣に集中して読み進める。
そして物語はクライマックス。
ペラ、ペラ、と僕が紙をめくる音だけがする部屋の中で、気がつけば僕は泣いていた。
ポツポツと紙の上に涙がこぼれ落ち、拭いても拭いても止まらなかった。
そんな状態の中、僕は最後の1ページまで読み進める。
「私がいなくなっても、君は強く生きてね……」
ヒロインがそう言葉を残して、この物語の幕は閉じた。
全てのページを読み終えると、僕の隣で一緒に小説を見ていた菜乃花が顔を上げて、僕の涙を手で
「どうだった? 私のオススメの小説は」
菜乃花に感想を求められた僕は、小説の表紙を見ながら。
「すごく良かった。今まで小説とか読んだ事なかったけど、すごい勿体無いなって思わされるほど良かった。内容もすごくいいし絵もすごくいいしで文句のつけようもなかった……」
僕はそんな下手くそな感想を菜乃花に伝えた。
そんな僕の感想に、菜乃花は何も言わずにうんうんと頷いてくれていた。
「それでこの小説を読んだ後にくる……なんて言うんだろう虚無感? なんか胸がモヤモヤするような気持ち悪さがある。でも不思議と不快じゃなくて、この後主人公はどういう道に進むんだろうとか色々考えたら、また胸がモヤモヤして張り裂けそうになるんだよ……」
僕はこの小説を読んで思った事を、全部菜乃花に言った。
良いところ悪いところ、包み隠さず全て伝えると、菜乃花は少し口角を上げて。
「それだよそれ! その小説を読み終わった後にくる、モヤモヤした気持ちを翔太くんにも味わって欲しかったんだよ。やっぱ言葉じゃ伝わらないものってあると思うんだよね。だから実際に体験してそれを感じて欲しかったの」
嬉しそうに、それでいて少し寂しそうにそう言った菜乃花を見て、なんとも言えない気持ちになってしまう。
今渡された小説の物語は、病弱なヒロインが必死に足掻いて主人公と同じ夢を目指すと言う物語だ。
結局そのヒロインは死んでしまい、主人公がその後どうなったのかは書かれていないのだが、僕はこの物語のヒロインが菜乃花に似ていると思ってしまった。
病弱というのはそうなのだが、夢を諦めず強く生きているというところがどうも菜乃花と重なる。
そう思ってしまったから、多分僕はこの小説に涙を流したのだと思う。
多分この物語のヒロインが元気で、それでいて夢を叶えることができていたら、きっと僕は泣いていなかったのだろう。
菜乃花とこのヒロインが重なることによって、菜乃花の死と言うものを意識してしまう。
昨日まではまだ実感がなかった。
急にそう言われても、そうなんだと言って終わらせられるものでもない。
でも今、あの小説を読んだ僕は、菜乃花がもうすぐ居なくなってしまうと言う実感がすごく湧いていた。
今日ぼくに小説を強引に読ませてきたのも、菜乃花がいなくなる前に、自分の伝えられるものを全て僕に伝えようとしているのではないかと思った。
そう思うと僕は、また涙が出そうになる。
彼女がいなくなったら僕は、今まで通りに生きていけるのだろうか?
菜乃花がいなくても、この先やっていけるだろうか?
僕は菜乃花に向かって、『いなくならないで』と言いそうになるが、それをなんとか押しとどめる。
そんな無責任なこと、僕には言えなかった……。
迫り来る虚無感の中、僕は静かな物音一つしない部屋の中で、小さく菜乃花……と呟いた。
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