第29話お礼

 いくら考えたところで何も分からない。

 まず答え以前に、肝心の問題がわからない。

 僕は今、何にこんな悩んでいるんだ?

 父親のこと。

 それはわかる。

 じゃあその父親とどうなりたいか?

 それが問題か?

 でもそれが問題なら、解くことは不可能だ。

 だってもう解は出ているから……。

 どうもなりたくない。

 現状維持で十分。

 これ以上の関係なんて望んでない。

 僕の本心は、僕にそう訴えかけている。

 じゃあ問題が違うのか?

 菜乃花がさっき言ったように、父親と『仲直り』することが、今の僕の問題なのか?

 でもまず仲直りってなんだ?

 そもそも喧嘩なんてしていない。

 喧嘩するほど仲良くないし、そんなことになるほど喋ったことがない。

 喋らないから喧嘩と菜乃花は言っていたが、そんなこと言ったら僕は、クラスメイトの過半数以上と喧嘩していることになる。

 そんな屁理屈を心の中で考える。

 でも実際問題これは喧嘩じゃない。

 互いに興味がなく、干渉しないだけ。

 別によくあることだ。

 興味やきっかけがあれば他人同士で干渉して、仲良くなっていく。

 逆に、興味もきっかけもなければ、何も喋らない他人のまま。

 僕はそれが家族にも起きただけ。

 血は繋がってるが、繋がっているだけ。

 僕にとって父親は、血の繋がった他人。

 そんな風にしか思っていない。

 色々と考えるが、考えれば考えるほど自分が何に悩んでいるのか分からなくなっていく。

 

「おーい、翔太くーん」


「うおぉ」


 いきなり声をかけられて、変な声が出る。

 

「難しい顔してたけど、大丈夫?」


 不安そうな顔をした菜乃花が、心配してくれる。

 僕は一旦父親のことについて考えるのをやめて、


「別に大丈夫。変に心配させてごめん」


 軽く謝ると、どかっとベッドに背中を預ける。

 もう疲れた。

 これ以上、あの父親のことについて考えたくない。

 もうこれ以上、無駄に悩みたくない。

 どんなに悩み、考えたところで、多分納得のいく答えなんか出てこないのだから。

 無意味なことに、これ以上脳みそを使いたくない。

 ベッドに倒れこんだ僕は、体の疲れを全て出すように大きくため息をして。

 

「やっぱりわかんないよ。僕は今何にぶつかってて、何に苦しんでるのか。父親と仲直りって言ったって、やっぱり喧嘩なんてしてないと思うし。考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、今自分が何に困っているのか分からないくなる」

 

 今思ってることを菜乃花に話す。

 倒れていて分からないが、菜乃花は今どんな表情をして、どんなことを思っているのだろう?

 大方想像がつく。

 きっと哀れとか情けないとか、それに似たような感情を抱いているだろう。

 正直、菜乃花にそう思われるのは嫌だな……。

 でも僕は、人からそう思われるような人間だ。

 こんな性格、こんな生き方をしてきたのだから、仕方のないことだ。

 僕は菜乃花の顔を見るのが怖くなり、ベッドから起き上がるタイミングを完全に失っていた。

 できることならもう、このまま一生時がすぎてくれないかとさえ思う。

 そんなことを、白い天井を見ながら考える。

 静寂な包まれた部屋の中で、僕たちは10秒ほど微動だにせずずっと固まったままだった。

 そんな状況に嫌気がさしたのか、菜乃花はうーんと腕を伸ばすと、どかっとベッドに横たわってきた。

 

「翔太くん、こっち向いてよ」


 横になった菜乃花は、いつも通りの声のトーンで僕にそうお願いしてくる。

 僕はちらっとだけ横目で菜乃花の顔を見ると、ほんのすこしだけ口角を上げている菜乃花こ顔が目に入る。

 その表情を見た僕は、次は目だけではなく顔ごと菜乃花の方を向く。

 すると菜乃花は、ふふっと嬉しそうに


「君はさ、物事を難しく考えすぎなんだよ。お父さんのこと、色々と深く考えすぎだよ。もっと楽に、とりあえず何か話してみるだけでも、見えてくる世界は変わってくると思うな」


 優しいアドバイス。

 確かに、話すだけでも何かが変わるかもしれないな……。

 思えば、真正面からちゃんと話し合ったことなど一回もない。

 もしかしたら、何かきっかけがつかめるかもしれない。

 僕は菜乃花の目を見て、


「ありがとう」


 一言、お礼をした。

      




























 

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