第39話手術

 橋についた僕たちは、しばらくの間何も話さずにいた。肌寒い風を感じながら、ただ川を見つめている。

 結局どうしてここにきたのか、それはわからない。多分何か僕に話したいことでもあるのだろう。

 僕は菜乃花が口を開くまで、ただ待っている。

 それからまた数分が経つと、菜乃花はスゥーと大きく深呼吸をした。


「そのままの状態で……聞いて欲しいんだけどさ」


「うん、わかった」


「私さ……明日、手術受けるんだよね」


「--え!?」


 いきなりのことに、驚きの声を上げてしまう。菜乃花は今、手術を受けると言ったか?

 僕は何も言わずに、そのまま菜乃花の言葉を待っていた。


「前々から手術するって話は出てたんだよね。心臓に病気があるってわかった時から。でも私はかたくなに手術を受けようとしなかった。この先生き続けたところで苦しみが続くだけなら、早いうちに死んじゃった方が楽かなって思ったから。お父さんは何にも口出ししないで、菜乃花の意思を尊重するって言ってた」

 

「じゃあ、どうして手術を……?」


 そんな疑問を菜乃花にぶつける。それを聞いた菜乃花は、ふふっと微笑した。


「翔太くんってさ、ちょっと鈍感だよね。手術を受けようと思った理由なんて、君と一緒に居たいからに決まってんじゃん」


 ハッキリと、なんのためらいも無く菜乃花はそんなことを言ってくれる。僕と一緒に居たいからか……。僕なんかには勿体無い言葉だ。

 僕が何も言わずに黙ってると、菜乃花は続けて。


「君が、生きる喜びを教えてくれた。君が、私の人生のに楽しさを与えてくれた。だから、手術を受けようって決意した」


 それから、また少しだけ沈黙が続き、菜乃花がギュっと僕の手を握って。


「すごく……怖い……。怖いよ、翔太くん」


 僕の手を握った菜乃花の手は、震えている。


「私ってさ、病弱って言う割には意外と元気じゃん。今日だって特に体調が悪わけじゃないし。だからさ、今まで死ぬって実感が湧かなかったんだ。余命宣告された時も、半分ぐらい疑ってた。本当はこのまま生き続けるんじゃないかって。でも、今はすごくわかる。明日の手術、多分失敗したら私は死んじゃうんだって。確証とかはないけど、なんとなくそんな気がする……。そんな気がせずには、いられないんだ……」


 ぽつ、ぽつっと、静かに菜乃花の手の甲の上に涙が流れ始める。僕は握っていた菜乃花の手を離す。

 離された菜乃花は、僕の方を涙目で見つめてくる。

 そんな弱々しくて儚い菜乃花を、無理やり抱きしめた。何も言わず、力強く。

 抱きしめられた菜乃花は、どんな表情をしているだろう。どんなことを思っているのだろう?

 でも、嫌ではなかったのだろう。ぶら下がっていた腕を持ち上げると、僕の肩に回してきた。

 それから僕たちは、数秒ほど抱擁ほうようしていた。とても熱くて、嬉くて、それでいて、とても哀しい抱擁。

 


 




















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