第三章 Darling―蘇る清姫伝説―
明日の「清姫」は君だ!
ファンキーズ。
それは、和歌山の(マイナーな)あやかしが集結したアイドルグループのことである。
メンバーは七人。
メインボーカルを務める歌女の不歌滝プリン。
体の柔らかさが売りで美肌の持ち主でもあるこんにゃく坊の万年えぐみ。
悪戯大好き、笑顔も素敵なカシャンボの五来さら。
古風な風貌からキレのある動きを見せるコサメ小女郎の雨野ななき。
引き籠りながら電撃的なネットワークの持ち主ミズガミナリの天満みらい。
姫故に高いプライドを秘めたダンスの申し子、丹鶴姫のTAZU。
そして、このわたし――
このあやかしたちと一緒に活動をすることになった、西川ゆめみだ。
わたしたちの拠点は、和歌山市の長閑な田園風景の中にどんと構えられた鬼屋敷邸。我らがプロデューサーであり、マネージャーでもあり、コーチでもありなんでもかんでもやる鬼屋敷さんの実家兼ヤタガラスエンタテイメントの事務所兼メンバーの寮である。
TAZUとのダンスバトルを終え、七人体制となったあとも、わたしたちは和歌山の各地を巡って写真撮影を行った。速玉大社に、那智の滝や那智大社、串本の橋杭岩などなどだ。和歌山の魅力を発信させるべく、自然体の笑顔を精一杯添えたわたしたちの姿はツイッターに投稿されると、少しずつではあるがフォロワーが増えていき、認知されることとなった。みらいちゃんがデザインした公式サイトにももちろん写真がまとめられ、いっぱしのアイドルグループらしくなってきたと思う。
だけど、まだまだわたしたちは風に乗ったばかりの鳥。
和歌山再生計画を掲げるわたしたちのひとまずの目標は、九月に和歌山城の砂の丸広場で開催される「和歌山ドリームフェス」に参加し、その名を轟かせること。
その大イベントに向け、レベルアップの最中なのである。
「ワンツーワンツー」
掛け声とともに十四の瞳が、十四の瞳と重なり合う。
ここは鬼屋敷邸の中にあるダンススタジオ。壁いっぱいに鏡が貼られており、自分たちの動きを確認することができ練習に最適な場だ。ダンススタジオには竹刀や薙刀が飾られ、「森羅万象」と立派な筆文字で書かれた掛け軸もある。ステップを跳ねればぎしっと軋み、この音もまた古風で気持ちいい。
…………。
はい、道場をダンススタジオと言い切っています。とはいえ、存分に練習ができるのでまったく不便ではないし、楽しいのだけれど。
わたしたちは鬼屋敷さんから支給されたスポーツウェアを身に纏い、歌にダンスに大特訓中。本格的なデビューもきっと目の前だ。
「はい、今日はここまで。みなさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
七つの声が虹のように重なり、わたしたちはぺこりと腰を曲げた。
すると、鬼屋敷さんはにこにこしてから、
「さて、ファンキーズと名前が決まって一週間以上が過ぎましたが……みなさんに素敵なお話があります」
ぱちぱちぱちと拍手が道場に鳴り響く。全て鬼屋敷さんが鳴らした音だ。
「我々にビッグな仕事が舞い込んできましたのですよ!」
「何かしら、アタシにネットドラマの依頼でも来たのかしら?」
ぱたぱたと扇子で風を送りながらTAZUが聞いたが、
「いえ違います」
鬼屋敷さんは即答した。TAZUはつまらなさそうにふーんとだけ呟く。
「今月下旬、中辺路で開催される『清姫祭り』にゲストとして呼ばれたのですよ」
鬼屋敷さんの大発表を受けて、わあっと喝采の声が響いた。
「わーわーぱちぱち」
特にさらちゃんは無邪気な笑みとともに花火のような大音声で歓喜。
「ファンキーズの本格的な仕事です。中辺路の人たちに頼み込んだ甲斐がありました」
「え、向こうから依頼があったんじゃなくて、こちらから声をかけたのですか」
「契約が成立さえすれば些事です」
「……そうですか。とにかく、わたしたちが活躍できる仕事なんですね!」
きっと知名度も大幅アップ間違いなしだ。ぐっと両手の拳を握り締めて気合を入れる。
けど――
「鬼屋敷。その『清姫祭り』というのは何かしら?」
プリンの清らかな声が、道場内の熱気を打ち消したのだった。
冷静になってみれば、わたしも同意見だ。
「清姫祭り」って、何?
「では、清姫の説明からしましょうか。TAZUさんは御存知ですよね?」
「そこで姫であるアタシに聞く? まあ、知らないワケじゃないケド」
むっと柳眉を逆立てながらも、TAZUは清姫について語る。
「
板に水を流したようにすらすらと清姫の説明をしてみせたTAZU。わたしは思わず拍手してしまった。
「TAZUすごい。そんなに詳しく物語を言えるなんて!」
「ウィキペディアに長々と載っているもの。和歌山の姫なのだから、意識せずにはいられないし……って、何言わせるのよ恥ずかしい!」
TAZUは相変わらず自分の知名度がコンプレックスのようだ。
「とにかく! 清姫は和歌山でもトップクラスに有名なあやかしよ」
「そうだな。オレも知っているぜ。何せ、同じ中辺路出身だからな」
「うちもうちも!」
えぐみとさらは同郷なので清姫についても物語についても熟知していたようだ。
「『清姫祭り』はその清姫をテーマにした夏のお祭り。清姫サンバやソーラン節、花火大会なども兼ね揃えた、中辺路の大イベントです。そこに、ファンキーズも名前を連ねるのですよ」
「清姫サンバって何ですか」
「それで、オレたちは何をするんだ? 歌うのか?」
わたしの疑問を遮って、高揚したえぐみが鬼屋敷さんに尋ねた。
「はい。演劇です!」
「え、演劇……?」
「アイドルといえども、歌や踊りばかりではありません。多くのアイドルは舞台俳優としても活躍していますからね。僕は皆さんのパフォーマンスに期待していますよ」
「なるほど。察した。ワシらは、清姫を題材とした演劇をやるんだな」
眼光鋭くななきさんが尋ねると、鬼屋敷さんは頷く。
「創作ミュージカル『清姫物語』……これがファンキーズの次の課題です。ちなみにですが、主役はもう決まっていますよ」
主役という二文字にわたしの胸が暴れ狂う。つまりは、清姫役。わたしは歌やダンスの練習はしたけど、劇の練習などはしたことがなかった。せいぜい小学校のときの学芸会レベルしかない。ああ、もし主役に選ばれたら、全うできるのだろうか。
鬼屋敷さんの次の言葉を待っていると、
「清姫役は、TAZUさん!」
そう告げられ、わたしの胸がすっと冷えていった。
「……ほんと、アンタって性悪よね。実は天邪鬼なんじゃない?」
指名されたTAZUは喜ぶこともなく、少し呆れていたようだ。マイナーな丹鶴姫がメジャーな清姫を演じるということに、屈辱を感じているのかもしれない。
「いえいえ。あのダンスの実力を見ていたら、必然と主役になったのです。僕は見てみたいのですよ。丹鶴姫であるTAZUさんが人々を魅了し、清姫以上の人物であると証明する瞬間を」
「ま、そこまで言うならば、そのオファー引き受けてあげる。アタシの演技力に震えるがいいわ! あっはっは!」
この子ちょろいな。
「そして、安珍役はえぐみさんです」
「え、オレ?」
えぐみは自分の顔を指差して驚いた。
「はい。何せえぐみさんはこんにゃく坊ですからね。坊さん役にふさわしいと思ったのですよ」
確かに。えぐみは背も高いし、男勝りなところもあるし、男役は合うのかもしれない。
「しゃーねえ。えぐいと言われないような演技を心掛けるわ。それじゃ、お相手ヨロシクな、清姫」
嫌らしく「清姫」の名前を強調するえぐみ。TAZUは忌々しげに表情を歪める。
「……こちらこそ……あ・ん・ち・ん」
さっそく役になりきろうとしている二人だ。えぐみが焼き殺されないか少し心配する。
「他の役も伝えますね。清姫の父
「雷役って何ですか」
「舞台効果ですね。みらいさんには放電してもらいます」
そんな学芸会の木とか馬の脚みたいな役をやらせるのか。
「あまり目立たないなら、それでいい……」
でも、みらいちゃんにとってそれは最高最善の役かもしれない。
「さあ、明日からは稽古の日々です。大きく羽ばたくためにも、『清姫物語』を成功させますよ!」
「はい!」
かくして新たな課題を告げられ、わたしたちは団結して「清姫物語」に取り組むのだった。
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