BURNING BEAT 目覚めし五つの気

 目に理性の輝きを宿して、鬼屋敷さんが質問した。


「ゆめみさん、『陰陽五行説』は知っていますか?」

「えっ?」


 突然すぎてわたしは素っ頓狂な声を出してしまった。

 困惑するものの、その答えは知っている。


「ええ。前に陰陽師が出てくるアニメで見ました」


 頭に浮かぶのは、陰陽師を育成する学校を舞台にしたアニメ。主人公たちは式神や術を使って悪霊はもちろん、ときには敵対する陰陽師とも戦っていた。


「では、『五行』とは何ですか?」


 なんだか面接を受けている気分。だけど、わたしはすらすらと言うことができる。


「木火土金水……ですよね」


 それはゲームに出てくる属性のような概念。西洋の地水火風と比較されることも多い。


「素晴らしい。では、『五行相生』もご存知なのでは?」


 魔王に忠実なしもべのような大仰な仕草を添えて、鬼屋敷さんは喜色満面。


「木は水を生み、火は土を生み、土は金を生む……。そして、金は水を生み……水は木を生む」


 わたしは指で城跡の上の地面に、木火土金水の文字を刻み、矢印でぐるっと囲みながら説明してみせた。


「百点満点中、百二十点の回答、ありがとうございました」

「加点の理由はいったい……」

「とても可愛らしく、澱みなく答えたその器量に、です」


 かあっと頬に火が生まれた気がした。


「ゆめみさんが説明してくれたように『五行相生』とは、世界に満ちる木火土金水の気が森羅万象を循環させているという思想です。この循環という概念から、春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春が来るという四季を生み出しているのですね」

「で、鬼屋敷Pよ」


 青空の下で陰陽講座に聞き入っていたななきさんが目を鋭くする。


「それがどうした」


 どんな高校球児でも打ち返せないようなド直球な疑問である。

 ダンスを上達させることが目的のわたしたちに、この「陰陽五行説」がどう関わってくるんだろう。


「わかったわ。火と火が合わされば炎になる。つまり、もっとがんばろうという教訓ね」

「あはは! 根性論! 昭和昭和!」


 プリンはたぶん話を聞いていなかったんだろうなあ……。


「ええ、まだ話はこれからです。僕が今言ったように、この自然には木火土金水の気が溢れています。もちろん、木や花には木の気が。太陽には火の気があります。そして、それはあなたたちにもあるんですよ」

「わたしたちに……?」

「そうです。血液型のように、一人一人違った気を備えている。例えば、プリンさん」

「……言いたいことはわかったわ。私は歌わずの滝の歌女……。つまり、『水』の気を持っている」


 さっきの的外れな言葉はどこへやら。神妙な眼差しでプリンは自分に宿る気を答えた。


「ええ、そうです。同じく、カシャンボであるさらさんも『水』。えぐみさんは地中で生まれたこんにゃく坊なので当然ながら『土』です」

「待て、鬼屋敷P。ワシはコサメ小女郎だ。プリンたちと同じ『水』ではないのか?」

「ななきさんは木こりを食べたという逸話の影響で、気が変質しています。それについ昨日、その身で木を両断して見せたではないですか」


 わたしは眉間に皺を刻んで首を傾げてから、「あっ」と声を出した。


「ななきさんは……『金』なんだ」

「そうです。その身に『鉈』がありますからね」

「なるほど、得心した。では、みらいは雷を操るミズガミナリ……『木』か」


 名前を呼ばれて、みらいちゃんはぶるっと震えると電撃を軽く飛ばす。


「ええ。雷は木に落ちるものですからね」


 あやかしの少女たちはそれぞれ自身に宿る気を理解したようだ。


「……って、わたしの気は何ですか?」


 何らかの力を秘めているとは言われたけれど、わたしは当然ながら自然の力を操る能力の持ち主じゃないので、気が何なのか見当もつかない。


「ゆめみさんは、『火』ですよ」

「『火』……?」

「はい。ゆめみさんからは夏の太陽のような力を感じます」

「わたしは……火……」


 鬼屋敷さんの言葉を喉の奥で繰り返す。

 わたしに「火」の力があるのなら、アメコミのヒーローのように炎を操ったりできるのだろうか? なんて、子供のころの夢みたいな話だけれど。


「その眩しい笑顔が太陽のようだからかしら?」

「そ、そうなのかな……。あと、ありがとう……」


 プリンの何気ない言葉で胸がずきんと疼いたあと、少しだけ身が清らかになったような感覚を覚えた。


「では、全員の気を確認したところで本題です。みなさんはそれぞれ協力して、ダンスが苦手なメンバーと練習し、補強してもらいます」

「補強……ですか」

「『火は土を生む』……。『火』のゆめみさんが、『土』のえぐみさんと練習する。そうすれば……えぐみさんはゆめみさんの気を得て、ダンスの力が向上するのです」


「マジで?」とえぐみが大きく口を開けて驚いた。


「次に、『金は水を生む』……『金』のななきさんが『水』のプリンさんとさらさんを応援します。ななきさんもダンスに関しては問題がなかったので、大丈夫でしょう」

「心得た」

「そして、『水は木を生む』……。『水』のプリンさんとさらさんが二人で『木』のみらいさんを鍛えます。みらいさんはとにかく、運動音痴のようなのですが、二人でやればなんとかなるでしょう」

「わかったわ。火と火が合わされば炎となるように、水と水が合わされば……合わされば? そんな漢字あったかしら」


 プリンがまた妙なことを言い出した。


「『沝』ですね」と鬼屋敷さん。


 あるんかい。


「それじゃ、みらいちゃん! うちがいっぱいいっぱい教えちゃうからね!」

「う……その前に、さらたちはななきからレッスンを受けるんでしょ……。みらいは……休んでいるから……」

「では、みなさんの相生の力でダンスを向上させましょう!」


 ぱんぱんっと鬼屋敷さんがまた柏手を打ち、「陰陽五行説」講座はこれにて終了。


「よしっ、やるぞ!」


 打倒TAZUに向け、わたしは身を燃え上がらせた。




 わたしたちは二つのグループに分かれて、ダンスの練習を再開する。


「そういうわけで、えぐみ。よろしくね」

「おう。つっても、オレだっていい線行ってるはずなんだがな」


「火」のわたしのパートナーは、「土」のえぐみ。最初のレッスンでえぐみの弱点はリズムだということがわかった。そこをわたしが手取り足取り音取りで教えてあげるのだ。

 えぐみと向かい合うと、


「じゃあ、リズムレッスン開始! わたしの真似をしてね、えぐみ!」


 わたしは足を交互に上げ、「ワンツー、ワンツー」と声をかけた。


「ワンツー、ワンツー……」

「はいっはいっ」


 さらに手拍子を加える。

 えぐみは最初こそ鏡を見ているかのようにぴったり合っていたけれど、それが次第にズレ始めてしまう。そうなったとき、わたしはわざとリズムを遅らせ、逆にえぐみに合わせた。そして、自然と速度を上げていき、リズム感覚を修正させるのだ。


「ワンツーワンツーはいっはいっ」

「ワンツーワンツーはいっはいっ」


 こんにゃく坊であるえぐみは汗を掻き始め、体がぐにゃりと柔らかくなり始める。そんな状態でも、えぐみはわたしに合わせてくれた。

 わたしとえぐみは今、一心同体だ。不思議と、彼女の心臓の音が聞こえてくる気がする。

 どくんどくんとえぐみの音が、わたしの音と重なる。

 そのまま、少しずつリズムレッスンの内容を変えていく。

 手拍子足踏みから、上体を揺らしてみたり、体を前後に動かしてみたり。

 えぐみはどの動きにも完璧に対応してくれたのだった。


「お疲れ、えぐみ。いい動きだったよ!」


 タオルでえぐみの顔の汗を拭きとろうとすると、彼女の頬がぷるんっと震えた。本当に面白い体質だ。もっと触ってみたくなる。


「ありがとな、ゆめみ」


「くう~」っと大きく体を伸ばし、えぐみは満面の笑みを浮かべた。


「鬼屋敷の言った通りだ。ゆめみと練習していると、リズムが取れてきた。おまけに体が熱くなってくる……! この感覚、絶対に忘れないぜ」 

「『火は土を生む』……か。えぐみには、言葉以上に効果覿面だったみたいだね」

「そうなのか?」

「だって、こんにゃくって火を通すと歯応えがよくなるもん」


 ふふっと微笑みながらそう言うと、えぐみは「お、おう」と口をへの字に曲げて少し引いたようだった。


「さて、向こうのグループはどうかな……」


 わたしは公園の向こうで練習中のプリンたちのグループを見つめた。

 そこには、目を腫らすほどの泣き顔で体を動かしているみらいちゃんの姿があった。




「ワシの指導はただ体に釘を刺すかの如く、あるいはヤスリで研ぐかの如く。落ち着きのないさらの動きを固め、プリンの動きを滑らかにした」

「それでねー、うちら二人でみらいちゃんを徹底的に、何もかも、一から教えてあげたんだよ!」

「わたしたち『沝』の力を受け、みらいはすくすくと育ったわ。今ではもう梛の木のようにしっかりしている」

「……不思議。最初はつらかったけれど、二人から力をもらったら……だんだん疲れなくなってきた……。これが『水生木』……ううん、『沝生木』……」


 あの照れ屋で俯きがちだったみらいちゃんが顔を上げてそう言った。この短時間で引き籠りのミズガミナリは大成長を遂げたのだ。


「みなさん、よくできました。僕の見込んだ通りでしたね」

「おう。鬼屋敷にはプロデューサーとしての才能がマジであったんだな」

「喜ぶのはまだ早いです。僕たちは肝心のダンス動画を撮影していませんので」

「そうだ。刻限の六時まではあとわずか。それまでにワシらはダンスを完成させねばならん」


 わたしたちは円陣を組んで、お互いの顔を見つめ合った。

 残り時間がないというのに、みんな落ち着いているように見える。

 自分たちに自信を持ち始めている。これなら、いい動画が撮れそうだ。


「さあ、ここからが正念場です。さらなる高みへ、羽ばたきましょう!」

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