いやしの国のあやかしの物語
「なんだ~。あやかしか~。人間じゃないなら、変わった力を使えてもおかしくない……」
そこまで言い掛けてから、ずずっと背中に寒気が走ってきた。
落ち着こう、西川ゆめみ。
とりあえず、ずっと立ちっぱなしだったから座布団に座ろっか。
よいしょっと。ふう、気持ちのいい弾力。なんて柔らかいんだろう。
よし、次に目の前にあるお茶を飲んで……。
「…………」
ああっ。お茶がうまい。上品で、渋くて、心を静めるには十分なお味……。
冷静さと温もりを取り戻し、わたしは鬼屋敷さんに確認した。
「マジですか?」
「マジです」
その表情に嘘の色はなかった。
「では、改めてすでに契約が完了しているヤタガラスエンタテイメントのアイドル四人……つまりは彼女たちを紹介しましょう」
ぱんぱんっと手を叩き、鬼屋敷さんはこの場の主導権を獲得。
「まずは、五来さらさん! 和歌山県田辺市
「か、カシャンボ……? なんですか、それ……」
聞いたことのない名前だ。
「カシャンボとは、和歌山県南部に伝わるあやかしで、河童が進化したものだと言われています。河童と同様に悪戯好きで、相撲も好き。牛にちょっかいをかけるのも趣味だそうです」
「あははー。そういうことだよ、ゆめみちゃん!」
きらんっと髪飾りの皿を輝かせて、さらちゃんが大きく口を開けて笑った。
なるほど。それでスキンシップが激しく、尻子玉がどうこうと言っていたわけだ。
「次に、万年えぐみさん! 彼女もまた和歌山県田辺市中辺路出身のあやかし……『こんにゃく坊』です」
「こ、こんにゃく坊……? なんですか、それ……」
また聞いたことのない名前だ。
「こんにゃく坊とは、和歌山県南部に伝わるあやかしで、こんにゃく玉が化けたものだと言われています。人間に化け、民家を訊ねては風呂に入れてくれと頼むのですが、そのときに必ず『灰は入っていないだろうね』と尋ねるのです」
「そうそう。オレは灰汁を吸うと、体がぷるんとしたこんにゃくになっちまうのさ。えぐいだろお?」
なるほど。こんにゃく玉は地中で育つから、電撃は効かなかったんだ。
「さらに、雨野ななきさん! 彼女は……」
「ななきさんも和歌山のどこか出身のあやかしなんですか?」
少し興奮気味にそう尋ねると、鬼屋敷さんはこほんと空咳してから言葉を継いだ。
「和歌山県田辺市の、元
「こ、コサメ小女郎……? なんですか、それ……」
またまた聞いたことのない名前だ。
「コサメ小女郎とは、かつて龍神村にあったというオエガウラ淵に住んでいたあやかし。何百年も生きた魚が美女に化け、山に訪れた人間を誘惑し、水中に誘い込んで殺して食べたと言われています」
「……昔の話だ。ワシはもう人を喰ったりはせん」
凛とした佇まいを見せ、そう呟くななきさん。
なるほど。それで、人喰いなんて言っていたのか。
「最後に、天満みらいさん。和歌山県有田川町出身の彼女は……『ミズガミナリ』です」
「み、ミズガミナリ……?」
またまたまた知らないあやかしの名前だ。
「有田川町に伝わる、雷のあやかしです。狐に似た姿をしており、雷鳴とともに現れてはスノコに隠れるという恥ずかしがり屋な性格で、雷獣の一種だとされています」
なるほど。だから電撃を飛ばしたりできるのか。
「……そんなあやかしたちをスカウトした鬼屋敷さんって……いったい何者……?」
どう考えてもカタギじゃない。わたしに疑問に助け船を出してくれたのは、またまたななきさんだった。
「鬼屋敷P。ワシは言ったよな。『ゆめみにワシらのことを話していない』と。それにはおヌシも含まれているんだ」
鋭い一言を浴びて、鬼屋敷さんは不敵に微笑んだ。
「……ええ。ゆめみさん。実は僕は普通の人間ではないのですよ」
「でしょうね」
「鬼屋敷という姓からもわかるように、式神や鬼を使役している陰陽師なのです」
「陰陽師……!」
「そう、日本でもっとも有名な陰陽師。平安時代の京都を舞台に星を見、吉凶を占い、そして卓越したその呪力を武器にあらゆる魔を払った大陰陽師安倍晴明。僕は彼の……」
安倍晴明!
和歌山のあやかしに疎いわたしでも、その名前はもちろん知っているし漢字で書ける。
まさか、鬼屋敷さんはその安倍晴明の子孫なのか!
鬼屋敷さんは優雅に華麗に、氷上を滑るアスリートのような体勢で出生を明かした。
「修行場として知られ、今も晴明橋を始め伝説の残る和歌山県の那智山生まれが父です」
「え、安倍晴明は……」
「尊敬する陰陽師です」
にこっと笑われた。
「そもそも鬼屋敷とは和歌山県南部に多い姓だからな」
ななきさんがわたしの心を読んだかのようにフォローした。
「ちなみにですが、『陰陽師』の作者夢枕獏さんは『高野山・熊野を愛する百人の会』の一員です。夢枕獏さんがいなかったら、陰陽師は今ほどメジャーな知名度ではなかったでしょう」
「……そうですか」
しかし、陰陽師ならば、鬼屋敷さんがあやかしたちと縁がある理由に納得することができる気がする。
「それは置いといて……」
鬼屋敷さんもお茶を一杯飲んで仕切り直し。
「和歌山を代表するあやかしである彼女たちの力を集結、アイドルグループとして降臨させ、この和歌山を大いに盛り上げ、人を呼び込む。これこそがヤタガラスエンタテイメントの大いなる野望、和歌山再生計画なのです!」
「和歌山再生計画」
「そう! 岡山と間違えられたり、山しかないと言われたりしている和歌山の地位を向上させるにはアイドルの力が必要なのです!」
歌舞伎役者のように声を張り上げて見得を切る鬼屋敷さん。クールなイケメンスカウトマンの印象はもはや雲散霧消。ここにいるのは単なる野心家だった。
頬を搔きながら、また尋ねる。
「それで……なんで、あやかしがアイドルやるんですか」
鬼屋敷さんはほくそ笑んだ。
「それこそが和歌山……『きのくに』を前面に押し出せるからです」
「はあ?」
なぞなぞですか?
「『きのくに』とは『木の国』と言うのが通説ですが、『鬼の国』、あるいは『奇の国』とも呼ぶことができるのです。つまり、和歌山はあやかしの国でもあるのです」
「へえ……?」
「うむ。和歌山は熊野の地を擁している通り、自然が数多く残り、そこにはワシらのような伝説や民話が多く伝わっている。あやかしの国と言われても問題なかろう」
お茶を飲みながら、ななきさんが鬼屋敷さんを援護。確かに、和歌山と言えば熊野三山で有名だけれど、あやかしもたくさんいるだなんて思ってもいなかった。
「そして何より和歌山です。四十七都道府県の中で、名前に『歌』が入った県は和歌山だけです!」
「……確かに」
「あやかしクロスアイドル! これこそ、勝利の方程式なのです!」
まるで街頭演説のように力説してみせた鬼屋敷さん。わたしは思わず拍手をしていた。
でも、わたしの頭の中では疑問が大時化だ。
「和歌山を代表するあやかしって言われても……はっきり言って全然知らないんですけど……。ゲゲゲの鬼太郎とかに出てきましたか?」
「こんにゃく坊はまんが日本昔話に出たぜ」
とはこんにゃく坊のえぐみの弁。
「あはは! ゆめみちゃん! 和歌山の御坊市にはね、『水木しげるが描くゲゲゲの鬼太郎と和歌山の妖怪』って言って、水木しげる先生の絵を元にしたオブジェがあるんだよ! そこにはカシャンボもいるんだ。だから、カシャンボは有名!」
「……
さらちゃんが胸を張り、座布団を被ったみらいちゃんが小さく呟いた。
……もしかして、本当にわたしが知らないだけ?
ほんのちょっと涙目になりながら、鬼屋敷さんを見つめる。
「確かに、和歌山にはもっと有名なあやかしもいますよ。たとえば、
「なぜですか」
「牛鬼は見つめられただけで死にますからね。ははは」
「ははは」
わたしは自棄気味に笑ったあと、お茶を口に含んだ。
さて、とても、とーっても大事な質問をさせてもらおう。
「そして何より……その……わからないのが……」
びくっと鬼屋敷さんの肩が震えるのを確認してから核心的な言葉を繰り出す。
「わたし……あやかしじゃないんですけど……」
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