つれもてファンキーズ―あやかしの国でアイドルはじめました―
アルキメイトツカサ
序章 HEY GIRL―ワケあってあやかしアイドル―
ようこそ IN 和歌山
「お嬢さん、いい体していますね。我が事務所に入りませんか?」
燦々と照りつける光を浴びて、アスファルトに陽炎が浮かぶ夏日。
その出会いは夕立のように突然で、わたしの体の全身から汗が噴き出した。
母さん、事件です。
街を歩いていたら、男の人にスカウトされてしまったのです。
立っているこの場所は多くの芸能人がスターの道を歩むこととなった、人と人とが交差する街渋谷。
ではなく、人がまばらな和歌山駅前なんだけど。
そう、ここは東京じゃない。都会じゃない。和歌山だ。WAKAYAMA。本州から飛び出た紀伊半島にある県。世界遺産にも登録された熊野三山やみかんの生産地として知られた県だ。
それはさておき。
〝――我が事務所に入りませんか?〟
その言葉がやまびこのように頭の中で繰り返していく。
「え、事務所って……。それって、スカウトってことですか?」
念のためそう尋ねると、スーツ姿が似合う爽やかな青年はにこにこと微笑んだ。
「そうです。我が事務所は、新規アイドルグループのメンバーを募集している最中なのです」
「アイドル……!」
ぴくりと眉を上げた。
芸能事務所だとは思っていたけど、次に飛び出してきたのは魔性めいた響きを持つ単語。
アイドル。夜空を駆ける流星のような存在。あらゆる人々に元気と癒しを与える者たち。
憧れずにはいられない。胸を高鳴らせずにはいられない。
なぜならば。このわたしだってアイドルになるという夢を見ていたのだから。
高校卒業後は東京へ行き、様々な事務所の扉を叩き、オーディションにも参加した。
けれど、何の成果も得られず、夢破れて故郷の和歌山に涙の帰還。
これからどうしようか道に迷っているときに、声を掛けられてしまったのだ。
捨てる神あれば拾う神あり。
目の前に蜘蛛の糸を垂らされたカンダタのように動揺していると、
「おっと、失礼しました。僕はこういうものです」
スカウトマンがカードを差し出し、わたしは「どうも」と両手でそれを受け取りお辞儀した。
ヤタガラスエンタテイメント
鬼屋敷崇
名刺だ。キラキラのスペシャルレアカードをゲットしたときのようで手が自然と震えてしまう。
「ヤタガラスエンタテイメント……おにやしきたたる……?」
名刺に書かれていた名前を読み上げていると。
「いえ、きやしきたかしです」
慣れていると言わんばかりの速さで訂正された。
「あっ、すいません。わたしは西川ゆめみです」
「ゆめみ……なるほど、夢を見るほど美しいと桜の異名にありますが、まさにその通りの容姿ですね」
鬼屋敷さんが得心したような顔つきでそう言ったので、わたしの頬は八分咲きだ。そう言う鬼屋敷さんもすらっとしていて、雑誌のモデルのようにかっこいい。
「興味があったらで構いません。少し、我が事務所でお話をしてもいいでしょうか」
涼しい笑顔で鬼屋敷さんが手を差し伸ばす。
手を取るか否か。
シミュレーションゲームを遊んでいるときのように、運命の選択肢が頭の中に浮かび上がる。
わたしは昔から誰かを応援するというのは好きだった。
親に連れられて野球観戦をしたこともあったし、高校時代は生徒会が募集したチアに参加し、球場でダンスしたこともあった。
些細なことでも誰かの力になれることは嬉しいし、やりがいもある。
その頂点の存在が、アイドルなんだ。
夢を諦めていたわたしにその資格があるというのなら、拒む理由はない。千載一遇の機会を指の隙間から落とすわけにはいかない。
「わかりました。お話、聞かせてください!」
わたしは桜満開の笑顔を見せ、鬼屋敷さんと握手。鬼屋敷さんが用意していた真っ黒なバンに乗り込み、夢の世界へと突入するのだった。
「ここが我が事務所です」
「…………」
鬼屋敷さんに連れられ辿り着いたのは美しいガラス張りのオフィスビル。
ではなかった。
和歌山市の郊外、のどかな田園風景の中にぽつんと立つ屋敷だった。
これが本当に芸能事務所?
あれ、なんだろう。いきなり嫌な予感がビンビンしてきちゃったゾ☆
だけど、屋敷自体はとても立派だ。四方を漆喰の壁に覆われており、庭も広く、枯山水があれば鯉が優雅に泳ぐ池があった。その池には真紅の橋が架かっており、苔むす岩や灯篭も点在している。とても風流な、心が清められるような日本庭園だ。敷地内には大きな倉や別邸のようなものまである。将来博物館にされそうなほどの古き良き日本家屋である。
「まさかとは思いますが、ここは鬼屋敷さんの家なのでは」
「鋭いですね。ええ、ここがヤタガラスエンタテイメント事務所兼、鬼屋敷邸です」
なるほど。古民家を改装したカフェがあるのなら、屋敷が芸能事務所になっていてもなんら不思議ではないのかもしれない?
「鬼屋敷さんの屋敷なので鬼屋敷屋敷か」
そんなことを考えながら、五芒星がデザインされた提灯が垂れ下がり、狐の置き物もある玄関へ。鬼屋敷さんが戸を開けると、木の香りが心地よく飛び込んできた。わたしは靴を脱いで、上がらせてもらう。
「すごく広いですね……。鬼屋敷さん一人で暮らしているわけじゃないですね?」
「ええ。実は、部屋のいくつかはヤタガラスエンタテイメント所属のアイドルの私室として使われているんですよ」
この見た目で寮としての機能も備えているとは。
「もう何人かアイドルがここで生活しているということですね」
「はい、新規アイドルグループのメンバー、ゆめみさんの仲間になるかもしれない方たちです」
いったいどんな子たちなのだろう。わたしはうまくやっていけるのだろうか。
いろんな思いを胸に、ぎしぎしと軋む床を歩いていると、障子の張られた部屋の前で鬼屋敷さんは足を止めた。
どうやら客室のようだ。引き戸の上にはこの部屋の名が刻まれていた。
「鬼の間」
…………。
穏やかじゃない。
こういうのって、菊の間とか紅葉の間とかもっとそういう雅な名前じゃないのかな。
「僕は準備がありますので、こちらで少しお待ちください」
「……わかりました」
「では」
鬼屋敷さんが執事のように腰を曲げると、どこかへと歩いて行った。お茶やお菓子を用意するのかもしれない。わたしは少しだけ息を整えて、鬼の間の戸を開ける。
その瞬間――
「わっ!」
「ひっ!」
ばちんっと耳を突き抜けるような音とともに、わたしのお尻が引っ叩かれた!
いったい何ごと? 慌てて振り返れば、そこには一人の女の子の姿があった。
「あはは、驚いた?」
無邪気に笑う女の子。背がかなり低い小学生のような子だ。愛嬌のある顔に、少し焼けた肌。前髪が切り揃えられた、コケシのようないわゆるおかっぱ頭であり、その髪の上には小さな皿のような髪飾りが付けられていた。
「え、誰?」
「うちはねー、さらって言うの。
耳にふわりとくすぐったい声で少女が自己紹介。薄い緑色のシャツにフレアースカートを穿いた姿はまるで精巧に作られた人形が命を宿しているかのようで、わたしは目をぱちくりしてしまった。
そして、
「うわ、えっぐ。不意打ちのスパンキング、相手によっちゃビビって失神するってのに」
そのさらと名乗った子の隣から、さらに女の子が現れる。
「ま、それがさらのスキンシップってわけだけどさ」
ショートヘアが特徴的な女の子だった。赤いシャツとデニムパンツ姿で四肢の露出が激しい。心なしか、その肌はつやつやでぷにぷにに見える。歳はわたしと同じ二十歳ぐらいのようで、背は高いほうだ。
「あの……もしかして、あなたたちはここの……?」
どうやらさっそくわたしはヤタガラスエンタテイメントのアイドルとエンカウントしてしまったようだ。
「ああそうさ。オレは
腕を組み、飄々とした風体で語るえぐみちゃん。見た目通りボーイッシュながら、柔らかな笑みを見せてくれるのでどっきりした。
「そうなんだ。わたしは西川ゆめみ。ついさっき、和歌山駅前でスカウトされたんだ」
そう答えると彼女は顎に手を添え、値踏みするような目をわたしに向ける。
「よろしく、ゆめみ。それにしても、カワイイ顔してるな。ボブカットもふわふわしてて似合ってるぜ。鬼屋敷が声を掛けるわけだ。和歌山の中学に通ってんのか?」
む。すっごく聞き捨てならない言葉があったんですけど!
「ちゅ、中学とかからかわないで。わたしはこれでも二十歳。お酒が飲める」
「おおーすまんすまん」
「そう言うえぐみは何歳?」
もうこいつ呼び捨てでいいな。
「おいおい、女性に、それもアイドルに年齢を聞くもんじゃねえぜ。オレは年齢非公開!」
「ひ、卑怯な!」
すると、わたしは壮大に自爆してしまったわけだ。権謀術数にかかった武将のような形相でわたしはえぐみを睨んだ。
「ま、ガールズトークは座ってやろうぜ。さ、入った入った」
勝手知ったる他人の家とはまさにこのこと。えぐみは鬼の間の戸を開け、わたしの背中を押して中に押し込んだ。
「きゃっ」
バランスを崩しそうになりながらも、チアで鍛えた脚力がその身を守った。
息を吐いてから鬼の間を見渡す。畳が十畳以上敷かれた客室だった。
高そうな龍と虎の描かれた掛け軸に壺に、おしゃれな陶器の花瓶に挿された鮮やかな花。桐で作られた座卓や箪笥がこの部屋の高級感を演出していた。鑑定してもらったら「いい仕事してますね」と言われそうな物だらけで、どう見ても芸能事務所の待合室とは思えない。
そんな鬼の間の縁側――板張りには人影があった。
またこの事務所のアイドルなのだろうとは思う。
だけど、その姿は異質だった。
「…………」
ばさらのような乱れた髪。身に纏っているのは古風な着物に袴。アイドルというより、武士とか剣豪と言ったほうが適切かもしれない。そんな彼女が目を閉じ、胡坐を搔いて仏像のようにじっとしていたのだ。
「わっ!」
まるで瞑想中の彼女を驚かせようと、さらちゃんがその袴の中に隠れたお尻へ向けて張り手を突き出そうとし――
「ぬるいな」
剣豪さんの恐ろしく速い剣閃のごとき手が、さらちゃんの魔手を止めた。
「あはは! ななきさん、さすがだなあ!」
「おヌシの邪気は異臭を放つ煙のごとし。ワシでなくとも感じられる」
見た目と同じように古風な喋り方をする剣豪さんだ。
「うう、いつかはななきさんから尻子玉を奪いたいなー」
「フ、蟻には象をひっくり返すことなどできん」
……ん? 今、さらちゃんが何か聞き慣れない単語を言った気がする。
目をぱちくりしていると、剣豪さんと視線が交差。すかさずえぐみがわたしを紹介してくれた。
「ななき、この子はゆめみって言うんだ。鬼屋敷にスカウトされた新入りだぜ」
「ワシは
え、なにその物騒な仇名。めちゃくちゃ怖いんですけど。
この人、アイドルオーラより殺気オーラで溢れているんですけど。
わたしがびくびくしていると、髪飾りを揺らしながらさらちゃんが鬼の間を駆ける。元気溌剌を絵にしたような彼女が豪快に押入れを開けると、
「みらいちゃん、見ーつけた!」
「あひっ! 見ないで……!」
またまた女の子が現れた。さらちゃんと同じくらいの小柄な女の子だ。
つんつんとしたセミロングの髪は染めているのか金髪だ。目もくりくりっとしていて小動物的。童話の妖精のように儚くも愛らしい面立ちは名子役を連想させる。だけど、本人は照れ屋なのか恥ずかしがり屋なのか、わたしが見つめると彼女は押し入れにあった座布団を被って顔を隠してしまった。
「この子は
「引き籠っていたい……」
座布団の中からそんな懇願が聞こえた。んー、アイドルなのに引き籠り? 変わった属性ですね……? 着ているシャツもダボダボで、ちょっとズボラっぽい?
「つーわけで、オレたち四人がゆめみより先にスカウトされていたんだ。はは、どいつもこいつも個性的だろ? みんな、地元に『逸話』を残しているんだからな」
「逸話って?」
「ん? ゆめみもあるだろ、逸話。だから鬼屋敷にスカウトされたんだと思うが……」
頭の中で疑問符がコサックダンスを始めた。こいつ、何を言っているんだろう。
そういえば、さっきはななきさんが「人喰い」って名乗っていたし……。
呆けていると、
「ほらほら、みらいちゃん! そろそろ鬼屋敷さんが来るよー。外に出ようよー」
さらちゃんが押し入れに篭っていたみらいちゃんから座布団を引き剥がす。
「いや、恥ずかしい……!」
そして――
かあっと顔を赤くしたみらいちゃんが甲高い声を出したかと思うと――
ビリビリッ。
そんな音とともに体から電撃が飛び出してきた!
「ええっ!」
最近のアイドルって、放電できるの? ストーカー対策なの? そんな疑問をわたしは一瞬のうちに浮かべていた。すごい。電撃が飛んでくるのがはっきり見えるし、この短時間でいろんなことを考えられる。これって、事故の瞬間に周囲がスローモーションに見えるタキサイキア現象だ。
などと考えていると、衝撃は二連鎖した。
「おっと危ない」
ひょいとわたしの前に飛び出たえぐみが、その電撃を体で受け止めたのだ。
「オレがいなかったら、今ごろ真っ黒焦げ助になっていたな。そりゃえぐいって」
電撃を受けたえぐみはまるで何事もなかったかのようにけろりとした顔を見せた。
「え。大丈夫なの……。ていうか、何? みらいちゃん、スタンガンでも持っているの?」
「あははー。みらいちゃんは、こういう体質なんだよ!」
みらいちゃんと座布団を奪い合いながら、さらちゃんがわたしの疑問に答えた。電撃を飛ばす体質? 電気ウナギとでも格闘して習得したの? いやいや、そんなわけないよね。
電撃を飛ばす子も、それを受け止めてピンピンしている子も普通じゃない。
この子たち、何かがおかしい!
鬼屋敷さんはビックリ仰天人間を集めて、アイドルグループにしようとしているのだろうか?
眉間に皺を刻み、顎先に手を添えて思案する。
そのときだった。
「お待たせしました、ゆめみさん。それと待機中だったみなさんも」
お盆に湯呑とお菓子を乗せ、鬼屋敷さんがにこにこ笑顔で鬼の間に姿を見せた。
「わーい、お菓子! みらいちゃんも食べよー」
「うう……みらいの分はさらにあげるからもう話しかけないで……」
「鬼屋敷ィ、このお茶に灰は入っていないよな?」
三者三様の反応を見せるヤタガラスエンタテイメントの少女たち。
わたしは頭を抱えたくなった。
戸惑っていると、
「鬼屋敷P。おヌシ、ゆめみにワシらのことを話していないと見える」
ななきさんが剣呑な声で鋭く切り込んだ。わたしも身を乗り出して、鬼屋敷さんに問い詰める。
「そ、そうですよ! この子たち、とても個性的だとは思うんですけど、何かが違う!」
口から唾を出しながら、わたしはこの部屋の少女たちへ人差し指を向けた。
「さっき、そこのみらいちゃんが電撃を飛ばしていたし、それをえぐみが受け止めていたし。他にも、さらちゃんも、ななきさんも、言葉ではうまく言い表せないけど変わっているし! この子たち何なんですか!」
ぐいと顔を近付け迫ると、鬼屋敷さんは目を瞬かせたあと、
「『あやかし』ですよ?」
あっさりそう言い切ったのだった。
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