運命の序曲
「…………」
あれだけ声のボリュームが大きかった鬼屋敷さんが一気にミュートになってしまう。
だけど、でも、お気の毒ですが、わたし西川ゆめみ二十歳は正真正銘人間だ。
ごく普通の父と母を親に持つ、ごく普通の子。
当然、逸話なんてものも持っていないし、異能なんかあるはずもない。そしてこのときこの瞬間まであやかしとは縁がなかった女だ。
鬼屋敷さんが思案顔で顎を撫でる。その透き通っていた瞳には翳が映った。他の子たちも動揺しているようだ。
「……おかしいですね。僕はしっかりと、あなたからあやかしとしての力を感じる……。だからこそ、『いい体している』とスカウトしたのですが……」
ええっ。あれ、わたしの顔とか体格を見て言ったんじゃなかったの?
ほんの少し傷心していると、あやかしガールズがわたしをじーっと見て、
「オレもしっかり、ゆめみから同じ匂いを感じるぜ」
「……コンビニで毎日コーラを買うから……コーラ女って呼ばれているとか……」
「それただの仇名だよね、みらいちゃん」
「ゆめみちゃん、学校で無遅刻無欠席だったって逸話は?」
「それただの皆勤賞だよね、さらちゃん」
「おヌシ。先祖の誰かがあやかしだったのではないか? その力が超隔世遺伝的に発現したのではないか?」
「え……そんな漫画みたいな話、あるわけ……」
けど、そう言われると胸の奥が大きくざわめく。確かめようのないことだけれども。
「ともかく、ゆめみさんに我がヤタガラスエンタテイメントのアイドルとしての素質があることは認めます。彼女たちと一緒のグループになって、和歌山で羽ばたきませんか?」
ヤタガラスエンタテイメントの仲間を紹介し、和歌山再生計画なる野望も聞いたところで、鬼屋敷さんは改めてスカウトを始めた。
「そう言われても……」
「上岡龍太郎に和歌山が近畿のおまけと言われたままでいいんですか?」
「タピオカリュータロー? 誰ですか?」
確かに我が故郷の扱いがよろしくないのは癪だけれど。
でも……。
念願のアイドルとはいえ、あやかしの女の子たちと一緒に活動だなんて。煌びやかなステージに立つ光景は残念ながら浮かばない。待つのは、波乱と不穏だ。
視線を泳がせ、狼狽えていると、
「うちはー、人数が多いほうが楽しいと思うけどなー」
「ワシは今の人間社会には不慣れ。おヌシのような人物がいれば助かるのだが」
「……みらいは、どっちでもいいよ……。でも、人が増えればみらいは目立たなく済むかも……」
彼女たちはそれぞれわたしを引き入れるつもりだ。さすがはあやかし。誰もが獲物は逃がさないといった目をしている。
「ゆめみの実家は、何をしているんだ?」
「え……。和歌山でお酒を売っているけど……」
和歌山駅から北東へ徒歩十分。ニシカワ酒店は全国こだわり地酒店に認定されている。
「オレたちのプロジェクトが成功すれば、どんどん和歌山に客が増える。つまり、ゆめみの実家も繁盛する。あわよくば、コラボ商品も売れてウハウハ。親孝行ってのができるぞ」
えぐみが目を光らせて、希望の未来の出来事を語った。取らぬ狸の皮算用や風が吹けば桶屋が儲かるといった言葉が脳裏を過ぎるけれど、夢がある話なのは確かだ。
心が天秤のように揺れる。
「オレは地中で生まれたから、親なんてのはいない。だからさ、ゆめみのこと、少しは羨ましいと思っているぜ」
「う……」
「それにねー、ゆめみちゃん。鬼屋敷さんって、見ての通り大金持ちなんだよ!」
「ああ。この一帯と山は全て鬼屋敷が継いだものらしい」
確かに、この家は超が付くほど高級そうな日本家屋だ。
「つまりは、ギャラも弾むってこと」
えぐみがにっと歯を見せて笑いながら言った。
熟した果実が地へと落ちるように、わたしの心も終着する。
せっかく手にしたアイドルへの切符。無駄にするわけにはいかない。
いろいろ不安なところはあるけれど、彼女たちがまったく魅力的でないというわけでもないのだから。
きっと、何かしらの成果は生まれるはず。
ふと、アイドルを目指したきっかけを思い出す。
小学生のころだ。通知表に先生から「ゆめみちゃんは声が良く、アイドルになれる素質があります」と書かれていたことを。それからわたしはテレビに映るアイドルを真似て歌ったり踊ったりして、クラスの人気者になれた。今は亡くなったお婆ちゃんも、「ゆめみならアイドルになれるよ」と言ってくれた。わたしは本格的にアイドルになることを夢見て、生きるようになった。高校時代はチアで活躍し、同級生からも評判がよかった。
だけど、夢は呪いに似ていると言われるように、わたしはアイドルに憧れ続けたまま成長し、和歌山を飛び出した。東亰でいろんなオーディションに出ては落選し、あげく書類選考で門前払いされる始末。あの蟻地獄でもがくような日々は、ちょっとしたトラウマとなってしまった。
そうした「呪い」を受けたまま、この和歌山に帰ってきたんだ。
「わかりました」
ぎゅっと拳を握り、覚悟を完了させ、わたしはこくりと深く頷いた。
「あやかしたちとのアイドル活動、やってみたいと思います」
呪いを夢に戻すためには、あやかしと活動してみるのも面白いかもしれない。あやかしというのは、怨念や憎悪など、負の力を持つ者が多いのだから、マイナスにマイナスを掛ければプラスになるかもしれない。
「本当ですか! ありがとう、ゆめみさん!」
きらきらと顔を輝かせる鬼屋敷さん。さらちゃんやえぐみたちも、わたしの宣言を聞いて身を乗り出し、歓喜してくれたようだった。
「だけど、わたしがこの和歌山再生計画なるプロジェクトに参加する一番の目的は……わたしの中にあるというあやかしの力が何なのか、確かめたいからです」
これもまたわたしの本音だ。数々のあやかしをスカウトした鬼屋敷さんの目に狂いはないと思う。だからこそ、わたしの中にあるという妖力の正体が気になって気になって仕方ない。
彼女たちと一緒に活動を続ければ、真実に辿り着くことができるかもしれない。わたしは、それに望みを賭けて、不承不承承諾したのだ。決して、給料の問題ではない!
「ゆめみちゃん、やったー!」
「オレたちは先輩ってことになるからな。どんどん頼っていいぞ」
「以後、よろしく頼む」
「……みらいの出番がなくなるくらい活躍して……」
他の四人のあやかしガールがわたしを歓迎する。あやかしだとわかっていても、この表情豊かな彼女たちは決して恐れを抱かせる怪物ではなく、ごく普通の多感な少女のように思えて、わたしも思わず頬をほころばせた。
「それで、具体的にどうやって和歌山を盛り上げるんですか?」
「はい。この九月に、和歌山城の砂の丸広場で行われる『和歌山ドリームフェス』に参加します」
「……なんですか、それ。イベントのようですけど……大会なんですか?」
「和歌山中からアーティストが集い、ステージ上でパフォーマンスするお祭りですよ。観客にもっとも好評だったアーティストが優勝者となり、和歌山親善大使として認められます。我々に多くの仕事が舞い込んでくるというわけです」
やっぱり、アイドルというか芸能の世界は弱肉強食。強くなるためには、こうしたイベントに出場するのが最低条件というわけなのだろう。
「それじゃあ、優勝のために歌やダンスのレッスンを始めるんですか?」
そう尋ねると、鬼屋敷さんは首を左右に振った。
「それも大事ですが、さらなるメンバーのスカウトのために出かけねばなりません」
「さらなるメンバー……?」
ヤタガラスエンタテイメント所属のアイドルはわたし含めて五人となった。しかし、これでもまだ足りないと言うのだろうか。
「まさか、あやかしを四十八人くらい集める気ですか……」
「そんなに集めてどうする。討ち入りでもするのか?」
ななきさんが至極真っ当なコメント。それは忠臣蔵ですよ。
「いえ、まだ僕が目を付けているあやかしがいるのです。彼女には、我がプロジェクトのメインボーカルを務めてもらう予定です」
「メインボーカル……。そのあやかしはいったい……」
「ええ、和歌山県民なら御存知だとは思うのですが……」
そう前置きしてから、鬼屋敷さんはその名を告げた。
「『歌女』です」
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