I LOVE YOU

 楽しい時間はあっという間に過ぎるものだと古来より決まっている。

「清姫祭り」は花火が打ち上がり無事に終了。あれだけ多くいた人々もそれぞれ家路に就いていく。あの人たちの胸に、わたしたちファンキーズの姿が刻まれたことを祈ろう。

 すっかり閑散とした河川敷。照明は消されたけれど、月のスポットライトがわたしたちを照らしてくれた。


「『清姫物語』、お疲れさんっ!」


 袈裟姿のままで大きく伸びをしながら、えぐみが叫ぶ。どうやら、安珍衣装が気に入ったらしい。


「あそこまで拍手喝采だったのは、もちろんアタシのおかげよね。フフ。このTAZUがダンスどころか演技も一流だと、みんな覚えてしまったわ。これからどんどんドラマ撮影の依頼が来るでしょう。センセイ、オファーは厳選してよね。つまらない台本をもらったら、その時点で却下するんだから」

「すっかりTAZUさんも名女優気分ですね。ともかく、みなさんお疲れ様でした」

「お疲れ様でした」


 七人声を合わせて頭を下げる。


「ツイッターでエゴサしてみましたが、ファンキーズの名は徐々にですが広まっているようです。フォロワーも増えてきましたよ」

「本当ですか。やりましたね!」

「この成功を肴に、ささやかですが打ち上げと行きましょう。近くの宿を手配しています」

「わあい、パーティーパーティー! P・A・R・T・Y!」

「うむ。ワシも勝利の美酒を味わおうではないか。プリン、おヌシも酒はいけるか?」

「歌声を保つためにも……喉を焼くのは嫌なの。だから、私は水で十分よ」

「おープロ意識あるね、プリン」


 和気藹々と会話を弾ませるわたしたち。

 瞼を閉じれば、ライトを浴びながら公演したあのミュージカルがすぐに浮かんでくる。

 その光景をじっくり咀嚼しながら、余興を過ごさせてもらおう。

 そうすれば、またみんなと仲良くなれるはずだから――

 しかし――

 そうは問屋が卸さなかった。


「なんだあれ?」


 異変に最初に気付いたのは、えぐみだった。


「どうしたの、えぐみ?」

「いや、今。川に黒い何かが蠢いていたように見えて……」


 眉をぴくりと動かしたえぐみが川を指差したその直後。


 ざっぱーん!

 大気を震わせるような爆轟とともに川の水が飛び散り――


「ぎょ、ぎょええええええ!」


 口をあんぐり開けてわたしが叫んだように――


「アアアア……!」


 不協和音のような唸り声とともに、漆黒の大蛇が姿を現したのだ!

 途端にさあーと顔が蒼褪め、膝がガタガタと笑い出す。こんな超巨大生物が身近に潜んでいたなんて、悪い夢を見ているようだ。

 咄嗟に鬼屋敷さんがわたしたちを守るように前に飛び出す。


「これは! みなさん、気をつけてください。これは、ただの蛇ではありません」

「見りゃわかんだろ! これはあやか――」


 しかし、えぐみの突っ込みは最後まで続かなかった。なぜなら、彼女の体は一瞬のうちに大蛇にグルグル巻きにされてしまったからだ。


「えぐみ!」

「うっ、うおっ!」


 大蛇がちろちろと舌を出し、えぐみの顔を舐めた。


「お、オレを喰っても美味く……いや、こんにゃく坊だからな。案外イケるかもしれない」

「えぐみー! 生きることを諦めないでーッ!」

「ったりめえだ……。くっ、体中がいってえ……」


 大蛇がえぐみを捕まえたまま、とぐろを巻く。


「この大蛇……角があるわね」


 こんな緊急事態でも極めて冷静にプリンが呟いた。

 本当だ。大蛇の頭には何本もの角が生えている。それぞれが金色に輝き、まるでペンライトのようだ。


「アイツ、えぐみを拘束しただけで、食べる気配はないみたいよ」


 TAZUが警戒心をギラつかせる。普段はよく衝突しているが、何とかしてえぐみを助け出そうと考えているみたいだった。


「アアア……アン……チン……サマァ……」


 大蛇がまたガラガラ声を轟かせる。

 ん? あれ? 今、はっきりと、何か聞こえたような。


「あんちんさま?」


 頭の中で予感がざわめく。ここは中辺路で、〝彼女〟の墓が近くにあって、そして〝あんちん〟という発言。導き出される結論は一つだ。わたしは声を震わせて、その名を口にした。


「この大蛇……もしかして、『清姫』なの?」

「うそっ! うちもずっと中辺路にいたけど、初めて見たよ!」

「……恐らくですが」


 珍しく厳しい顔つきの鬼屋敷さんが推測する。


「あれは清姫の残留思念。この中辺路に散らばっていた憎悪が集合し、現界したものかと思われます。『清姫物語』で彼女の伝説を再現したことが刺激となったのかもしれません」

「……それで、あの清姫はえぐみを安珍だと思い込んで、愛でているわけね」

「なるほどな。えぐみを喰わず、舐めているのも愛情表現というわけか」


 脂汗を流し、清姫に注目するプリンとななきさん。


「……貴重な場面。写真……撮っとこ……」


 さらに、タブレットで写真撮影するみらいちゃん。


「ってー! みんなのんきのんき! そんな空気はゴミ箱ポイポイのポイして、えぐみちゃんを助けようよ!」


 えぐみと一番親しいさらちゃんが手をパタパタして憤慨した。


「け、けど。あんな大蛇相手……それも伝説の清姫……どうやって……」


 当然ながらわたしには戦う力なんてない。それもあんな狩猟ゲームの大型モンスター的存在感の大蛇に戦いを挑むなんて、自殺行為に等しい。それに彼女はえぐみに無我夢中。話が通じるとも思えない。


「任せろ。戦闘能力なら、ワシにある……!」

「ななきさん……!」


 コサメ小女郎の彼女は口から鉈を取り出すと、それが真剣であるかのように正眼に構えた。大木を両断したななきさんの腕前なら、清姫を倒すこともできるかもしれない。

 眼光が猛禽の鋭さを宿し、


「行く……!」


 猛然と地面を蹴って、ななきさんが砲弾のように突貫する。そして、鉈を一閃!

 しようとしたその瞬間!


「アンチンサマッ!」


 空気が爆ぜた。炎天下に放り込まれたかのように周囲が熱くなった。

 大蛇がななきさんに向けてぱっくり口を開けて、火を吹いたのだ!


「あっつっ!」


 今まで聞いたことのないような声でななきさんが憔悴する。幸い、咄嗟に身を翻して回避し、直撃は免れたようだ。しかし、大量に汗を流し、片膝をついて疲労困憊の様子。


「ななきさんっ?」

「くっ……避けたとはいえ……なんだこの圧力は……。まるで高い山を登っているかのようだ……情けない」


 この惨憺たる結果を前に、えぐみは口元を苦々しく歪めてパニック。顔が気の毒なほど蒼白になる。


「うっそだろ! ななきが相手にならないんじゃ、オレはこのまま清姫の飴になっちまうのか?」

「センセイ、陰陽師なんでしょ? なんかこう、ドーマンセーマン的な術でパーッとできないの?」


 悲痛な声を鬼屋敷さんに浴びせるTAZU。

 しかし、かの陰陽師は冷然と、


「それはあくまで最終手段ですね。なぜなら、みなさんの力でこの場を治めることができるのですから」

 そう答えるのだった。

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