ミュージカル「清姫物語」

 山に囲まれた中辺路は夕暮れも早い。

 星空のドームの下、河川敷には老若男女問わず多くの人々。わいわいがやがやと喧騒が広がっている。

「清姫祭り」がついに開催されたのだ。

 祭りと名が付いている通り、屋台あり提灯ありととても賑やかな空間で、浴衣姿の人たちも珍しくはない。


「いよいよ始まったのね。私たちの舞台が」

「そうだね、プリン」


 わたしたちファンキーズは設営されたステージの袖から会場を眺めながら待機していた。


 午後六時となり、最初の催し物――近隣幼稚園の子供たちによる「清姫サンバ」が披露された。愛らしい子供たちが無邪気に踊るサンバを見ていると、心が和らぐ。その次は近隣小学校の子供たちによる「清姫音頭」だ。

 続いて中辺路観光協会の人たちによる挨拶を挟み、近隣中学校の生徒による「中辺路ソーラン」が披露された。もう清姫要素がないけれど気にしてはいけない。これは祭りだ。楽しんだ者勝ちだ。


 そして――


「続いては、全員が和歌山出身のアイドル『ファンキーズ』によるミュージカル、『清姫物語』です!」


 スピーカーからわたしたちを呼ぶ声が聞こえた。


「ついにアタシの名演技が世界に中継される瞬間が来たわ!」


 意気揚々と拳を握るTAZUが不敵な笑みを浮かべる。わたしたちはラグビー選手のように円陣を組み、士気を高めた。


「ファンキーズ……百鬼夜行アッセンブル!」

 この掛け声必要かな? とにかく、わたしたちはステージへと出撃する。


 拍手が聞こえる。雷のような拍手が。まだよく知られていないわたしたちを迎え入れてくれている!


〝――これが、ステージに立つということ!〟


 アイドルならいつかは必ず経験する舞台に、わたしはミュージカルの演者として立った。


 舞台が開演する。

 大丈夫だ。何度も練習した。みんなで息を合わせた。だから、失敗することはないはず。

 みんなを信じて、一つの物語を紡ぐんだ!


「昔、四番の真砂の庄司。庄司の娘に清姫と言って」


 歌が始まった。中辺路に伝わる安珍清姫物語をアレンジした歌だ。

 まず、清姫役のTAZUと父親清次役のななきさんがステージの前に出て踊り始めた。

 二人の衣装は当然ながら着物。鬼屋敷さんが用意してくれたものだ。TAZUはもともと丹鶴姫だったのだから、こういう和服はとても似合っていて絵になっていた。双眸に凛とした気高さを湛えた姿は正真正銘の姫だ。ななきさんも堂々とした風格で、まるで宝塚の男優のようでハマっている。


「知らぬ他国の山伏様と。惚れつ惚れよつ心にかけて」


 次のフレーズでもう一人の主役である安珍役のえぐみがTAZUの隣に立ち見つめ合った。袈裟姿で、頭はつるつるかつらのえぐみだけれど、色気も漂っており、清姫が惚れるという説得力が秘められていたように思えた。


「最早、山伏置き逃げ心。追って行けよと親等の仰せ」


 安珍が清姫を避ける場面が訪れた。巡礼者に身をやつしたプリンが登場し、清姫に真実を告げる。


「言えば清姫、初めな女。内にとび込み衣装を更えて」


 ここからはトムとジェリー的な追いかけっこだ。わたしたちの歌に合わせてステージをえぐみとTAZUが駆け回り、お客さんたちの笑いを誘った。


「庭にとび降り。せきだを履いて。かかる所は、のぞき橋よ。平野坂をば、すらすら登り、登りつめたが塩見峠。長尾坂をば、とろとろ下りて。田辺、南部も其の夜に通り。切目、上野も其の夜に通り。最早、日高の矢田の私。向こう出し船」


 安珍が清姫から逃げ切り、川を渡る場面となった。


「これ船頭さん、どうぞこの川渡しておくれ」


 TAZUが船頭に扮したさらちゃんに尋ねる。


「ざーんねん! この船は女禁制だよっ!」


 船頭が万人を魅了する快活な笑みとともに声を弾ませる。ちょっとアドリブが強い気がするけど、話の筋は同じだ。わたしたちは歌を続ける。


「そこで清姫、戦法なしに。着たる着物を順序に脱いで。川に入れば蛇となりまする」


 伝説では清姫が大蛇に化ける場面。歌に合わせてTAZUが着物を脱ぐと、真っ黒な尻尾がぽろりと出現。ゴミ袋を繋げただけの蛇の体だ。ななきさんやプリンなど、出番のない演者がそのゴミ袋を持って上下に揺らし、大蛇の動きを再現する。


「髪は逆立ち十二の角を。眼つき見りゃ金ちう色よ。黄金色なる舌巻き出して。川の向うの土手にと上り。わしの思いの安珍さんはどこへ行たやら、行方が知れん」


 いよいよミュージカルはクライマックスだ。道成寺の僧役であるわたしが、えぐみを鐘の中へと隠す。ちなみにこの鐘はわたしたちの手作りで実はダンボール製だ。


「音に聞こえし道成寺の。鐘の下りたの不思議に思って。数珠くわえて、七巻巻いて。一つはじけば揺るがん当や。二つはじけば湯となりまする。音に聞こえし清姫様と逢うてなされた道成寺のお寺。安珍清姫くどきも、先ずこれまでよ」


 他のメンバーが力を合わせて清姫の体を鐘へとぐるぐる巻き、眩い光が瞬いた。

 ピシャッ、ゴロゴロ。

 清姫の怒りを表現した雷が大迫力でステージに放たれたのだ。

 もちろん、ステージの影で放電しているミズガミナリであるみらいちゃんの力だ。

 お客さんたちはそうとは知らず、この雷に負けないような音の拍手をしてくれた。

 ステージのライトが落とされ、それが幕が下りる代わりとなった。

 終わった。わたしたちの舞台が終わった。


 やり遂げたんだ、ファンキーズの仕事を!


 わたしたち七人は並んでステージに立つ。喝采を浴びながら、笑顔を見せながら。


「以上! 和歌山出身のアイドル『ファンキーズ』のみなさんによるミュージカル『清姫物語』でした! ユニークなことに、彼女たちは和歌山のあやかしなんだそうですねー。ではここで、メンバー紹介を兼ねて、みなさんに一言ずつコメントをいただきたいと思います!」

 司会の方がマイクを渡してくれる。ファンキーズの存在感をアピールできるチャンスだ。ちなみにだけど、ファンキーズはあやかしであることを隠していない。けれど、やっぱり信じられないのかナントカ星から来たタレントのように設定だと思われている節があるようだった。司会の人、めっちゃにやけているし……。

 最初にマイクを受け取ったのは、清姫役のTAZUだった。


「みんな、ありがとーう! TAZU役の清姫でーす!」

「逆逆!」

「そう、アタシこそが真の姫。清姫役の丹鶴姫? TAZU?」


 大丈夫かこのユーチューバー。あんなに名演技だったのに、今はもう違う顔。


「だーもう。聞いていられねえ。ども! オレは安珍役、こんにゃく坊のえぐみです! 知っている人もいるかもしんねえけど、この町出身です! みんな、ありがとう! ファンキーズをよろしくな! ほい、船頭」

「あはは! 船頭役、カシャンボのさらでーす! うちもこの町出身! じっちゃんばっちゃん、見てるー? うちがんばったよー! これからもがんばるから、キュウリの仕送りお願いねー! はい、清次さん」

「……清次役、コサメ小女郎のななきだ。今後ともファンキーズをご贔屓に。では、雷」

「……か、雷役、ミズガミナリのみらい……だよ。うん、あの雷は、みらいが出していたの……。え、プロジェクションマッピング? そう思うなら、そうだと思う……。あとは、いろいろがんばった。ので、ありがとう……ございました……。はい、プリン……」

「私は巡礼者役、歌女の不歌滝プリン。かつて、本当に巡礼者だったこともあったわ。この熊野の険しい山々は、私たちを強くさせてくれる。心も体も……。そして、歌の力でさらに可能性を引き出せると信じているの。よかったら、これからも応援してほしい。次は、もっと私の歌を届けて、みんなを滝壺という名の興奮に引き込ませてみせるから。はい、ゆめみ」

「あっうん。ゆめみ役の道成寺の僧……ってTAZUと同じミスやってるよ……!」


 あははと頬を搔くと、「かわいいぞー!」と誰かの声。なんだかほっとした。


「ファンキーズはみんな個性的で楽しい子たちです。これから和歌山をもっと盛り上げていくつもりなので、応援お願いします! 今度、和歌山の砂の丸広場で行われる『和歌山ドリームフェス』に出るので、よかったら見に来てください。以上です」


 ぺこりぺこりと頭を下げて、私は司会の方にマイクを返した。


「『ファンキーズ』のみなさん、新人とは思えないほど名演技でしたね。では、盛大な拍手で送り出してあげてください。みなさんありがとうございました!」


 手を振りながら、ずっと観客席に笑顔を見せながらステージから下りていく。

 その間、ずっとずっと拍手が鳴り響いていた。

 とても心地がよく、胸も頭も熱くなってくる。


「では続いては『中辺路清姫太鼓』です。『清姫太鼓クラブ』のみなさん、お願いします!」


 そう紹介された「中辺路清姫太鼓」の演奏を聞いている途中も、胸の鼓動は強いままだった。

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