清姫に捧げる小夜曲
清姫に捕まったえぐみ。彼女は今も舐められ続け、顔を引き攣らせている。
近付けば炎が飛び、救出も困難なこの状況。しかし、鬼屋敷さんには何か策があるようだった。
「ゆめみさん、『陰陽五行説』については話しましたが、『五行相剋』もご存知ですか?」
緊急時だというのに普段と変わらない口調の鬼屋敷さん。わたしは少し苛立ちを込める。
「知ってますよ! えっと、木剋土とかってやつですよね! それが何か!」
これも陰陽師がテーマのアニメで知った知識だ。
「木剋土」――木が根を張って土の養分を吸い取るように――
「土剋水」「水剋火」「火剋金」「金剋木」と、木火土金水にはそれぞれ、得意とする属性がある。
簡単に言えばちょっと複雑なじゃんけんのようなものだ。
「それですよ。あの清姫は火を吹くことから、明らかに気は『火』の性質の持ち主です。道成寺の鐘ごと安珍を焼いた過去もありますしね」
「火って。それじゃあ、ななきさんが一気に弱ったのは……」
「火剋金……。ワシの金の力では、太刀打ちできないというのだな」
ななきさんが滝のような汗を流しながら頷く。
「そうです。火は金属を溶かしますから、相剋の関係にあるななきさんでは清姫には負けてしまうのです」
「なら……対抗策はある……。こちらにも、火に強いあやかしがいるから……」
みらいちゃんがちらちらと視線を送る。その相手は、二人。
そうだ、二人もいるんだ。この状況を覆せる人物が。
「……だいたいわかったわ。私とさらのことね。水の気を持つ私たちが、清姫を鎮めることができる……」
「うちが、えぐみちゃんを助けることができる……?」
プリンとさらちゃんが希望に胸を膨らませて並び立つ。
「そうだ、二人が力を合わせればきっと……!」
わたしは目をきらきら輝かせて、彼女たちを見つめた。
「水の気を込めて、歌ってください。プリンさん、さらさん。あなたたちの力が、勝利の鍵なのです」
「わかったわ、鬼屋敷……。さら、準備はいい?」
鈴を転がすような美しい声に、強い意志を感じさせる声が上乗せされた。
「うん! 準備オッケーだよ、プリンちゃん!」
プリンとさらちゃんが清姫に向かって目配せする。
今ここで、水組二人による即興のライブが始まるのだ。
「二人とも、がんばって!」
わたしはエールを送ることしかできない。それでも、励みになったらしくプリンは淑やかに微笑んで頷いてくれた。
「昔、四番の真砂の庄司。庄司の娘に清姫と言って」
「知らぬ他国の山伏様とー♪ 惚れつ惚れよつ心にかけてっ!」
プリンの圧倒的な美声と、さらちゃんの可憐な声のデュエットが始まった。わたしの胸が震えた。それだけの力が、二人の歌には込められていたのだ。
「最早、山伏置き逃げ心。追って行けよと親等の仰せ」
「言えば清姫、初めな女♪ 内にとび込み衣装を更えてーっ!」
美しい相貌とすらりと伸びた肢体を揺らして、コケティッシュにソウルフルにプリンが歌う。
小さな体を弾ませて、泳ぐようにさらちゃんが踊る。
二人とも軽やかにステップを踏んで、まるで妖精の翅があるみたいだ。
水と水の共鳴。滝の少女と川の少女。生まれは違えど、行く先は海。
「庭にとび降り。せきだを履いて。かかる所は、のぞき橋よ」
「平野坂をば、すらすら登りっ。登りつめたが塩見峠♪。長尾坂をば、とろとろ下りてーっ」
聞いて、清姫。この歌を。あなたの歌を。あなたのための歌を。
わたしは祈り、プリンとさらちゃんに声援を送った。
「田辺、南部も其の夜に通り。切目、上野も其の夜に通り」
「最早、日高の矢田の私っ。向こう出し船♪」
歌の最中、二人は登場人物になりきって台詞を言った。
「これ船頭さん、どうぞこの川渡しておくれ」
「ざーんねん! この船は女禁制だよっ!」
清姫は二人の歌を聞いていた。じっくりと、子守唄を聞く子供のように大人しくしていたのだ。聞いている、効いている。歌の力は確実に届いている。
「そこで清姫、戦法なしに。着たる着物を順序に脱いで。川に入れば蛇となりまする」
「髪は逆立ち十二の角をっ。眼つき見りゃ金ちう色よ♪ 黄金色なる舌巻き出してー」
清姫だけじゃない。この中辺路に眠る魂全てに届け!
「川の向うの土手にと上り。わしの思いの安珍さんはどこへ行たやら、行方が知れん」
「音に聞こえし道成寺のー。鐘の下りたの不思議に思って。数珠くわえて、七巻巻いて♪」
五臓六腑を揺るがすような荘厳な歌に、わたしでさえ涙が浮かんでいた。魂が奪われそうになる。海より深い場所へ連れて行かれそうになる。動悸が胸を締め付ける。それもそうだ、わたしだって、清姫と同じ「火」の性質を持っているんだから……。
だから、共感できる。この歌が清姫の心を癒していると実感できる。
「一つはじけば揺るがん当や。二つはじけば湯となりまする」
「音に聞こえし清姫様と逢うてなされた道成寺のお寺。安珍清姫くどきも、先ずこれまでよっ♪」
歌が終わる。まだ聞いていたかった即興のデュエットが終わる。
わたしは骨を抜かれたように、尻子玉まで抜かれたように力を失いその場に座り込んだ。
体の震えが、嗚咽が止まらない。そしてこれは彼女も同じ――
「ウオオオ……アンチン……サマ……」
「うわっと……っ!」
黒い大蛇がしゅるりと動き、えぐみを解放した。そのまま這う這うの体で地面を滑ると川の中に飛び込み、やがて黒い霧となって消滅した。
大蛇は――清姫の怨念は――もうどこにもいないのだ。
「うわーん! えぐみちゃん! よかった、よかったよーう!」
「おう、さら。助かったぜ。そんでもって、いい歌だった」
さらちゃんとえぐみが抱き合いお互いの無事を確かめ合う。
「さらさん、えぐみさん。がんばりましたね」
「ワシの雪辱を果たしてくれたこと、光栄に思うぞ」
「アタシに感謝しなさいよ、コンニャク娘。あのときアタシがセンセイに助けを求めたから、結果的に助かったわけで……。ああ、でも、ホントに無事でよかったわ」
「……よかった……。えぐみが……いなくなったら……みらいだって悲しいもん……」
鬼屋敷さんを始めとする他のヤタガラスエンタテイメントの仲間たちも、さらちゃんとえぐみを労った。
「ふふ……アンコールは必要なかったみたいね。大丈夫かしら、ゆめみ」
座り込んでいたわたしの元へ、プリンが来て介抱してくれた。とろんとした瞳で、わたしはプリンを見つめ、「ありがとう」と呟いた。
「……私たちの歌は、ゆめみにも効いてしまったのね」
「……けど、すごく気持ちよかったよ、プリン」
わたしはそっとプリンの頬に触れた。わたしの手と交差するように、さらりと落ちた柔らかな白髪が頬に触れてこそばゆい。また心臓がどくんと跳ねる。
ああ、そうか。ようやく理解した。和歌山城でも感じた、プリンには逆らえないような印象。それは彼女が「水」でわたしが「火」だからだ。
「プリン……」
「なに、ゆめみ?」
「ううん。何でもない。お疲れ様……」
ファンキーズの記録に残らないライブ。それはまさに伝説になりそうな、怨霊を歌で調伏というものだった。わたしはこの日の奇跡を絶対に忘れない。
そして、次のステージが幕を開けるのだった。
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