第四章 希望に向かって走れ―電光超迅パンダラン―
輝くまで……
「みなさん、衣装ができましたよ」
「清姫祭り」から一週間以上が過ぎた八月のある日。いつものように道場でレッスンし、休憩時間に備え付けられていたテレビで甲子園の熱闘を観戦していると、鬼屋敷さんがスーツケースをガラガラと引きながら登場した。
「衣装……!」
それこそがステージで舞うアイドルの神器。可愛らしさ、凛々しさをチューンナップする宝具。その甘美な響きに胸が高鳴り、わたしたちファンキーズの面々は一斉に立ち上がって鬼屋敷さんの前に並んだ。
鬼屋敷さんはわたしたちの反応を楽しんだあと、スーツケースを開ける。
玉手箱を開けるときのような高揚感が胸の中で暴れ回る。
ああ、わたしたち、これで本当にアイドルになれるんだ。
「こちらが特製衣装です」
じゃーんという効果音が聞こえそうな手際で鬼屋敷さんが衣装を手にした。
「おおーっ!」
その衣装を見て、最初に頭に浮かんだ四字熟語は「和洋折衷」。着物をイメージしたトップスに、フリルを重ねたスカート。古の時代から生きるあやかしである仲間たちと、今の時代を生きるアイドルが混合しているような印象だ。
鬼屋敷さんは説明しながら衣装を一着ずつわたしたちに渡していく。
「みなさんに合わせて、イメージカラーを設定してあります。ゆめみさんには、赤。プリンさんには青というように……」
「なるほど。五行に合わせたというわけだな」
得心した様子でななきさんが黄色の衣装を受け取った。
「はい。では、みなさん、着替えてみてくださいっ!」
鬼屋敷さんが道場から離れ、その間にわたしたちは衣装に袖を通す。
新品の清潔感溢れる香りがたまらず、鼻をぴくぴく動かしながらわたしは着替えた。
「ゆめみ、少し手伝ってほしいのだけれど」
その途中、上半身を露にしながらプリンが助けを求めてきた。現代の服に不慣れな彼女。どうやら、衣装の背中部分に長い髪が挟まってしまったようだ。女の第二の命でもあるその髪を手に取り、ついでにプリンの衣装の皺を伸ばす。
「ありがとう、ゆめみ」
プリンは微笑んだあと、道場の鏡の中の自分の姿を見つめた。
「……これが私。なんだか、また生まれ変わった気分。自分が自分じゃないみたい」
クールな印象を持つプリンも、今はとても華やかな印象を抱かせる。髪をなびかせたその姿はあやかしというよりは、妖精だ。
その隣に立って、わたしも自分の姿を目に焼き付けた。
チアの衣装とはまた違う、人々を元気にさせるための衣装――
憧れの舞台に、ようやく立てるのだと実感できる。わたしはうきうきしてその場でステップを踏み、ターンして見せた。
「可憐さと強さが同居しているような衣装だよな」
えぐみが腰に手をあてて快活に笑う。えぐみの衣装は少しアレンジされていて、スカートの下からスパッツが見えていた。メンバーの個性によって、違いを持たせているみたいだ。
「ワシはスカートが長く、まるで袴だな」
ななきさんの場合はかっこよさに重点を置いているようだ。
「あはは! うちとみらいちゃんはお揃い! 双子みたいだねっ!」
年少組のさらちゃんとみらいちゃんはフリルが強化されており、可愛さアピールが限界突破している。しかし、今もはしゃいでいるさらちゃんとは違い、みらいちゃんは内股でぶるぶると震えていた。
「……や、やっぱりみらいは恥ずかしい……ずっと裏方でいたい……」
「だめだよー、みらいちゃんだって可愛いんだから! ほらほら笑って笑ってー」
さらちゃんがみらいちゃんの頬を引っ張り、お尻を叩くと、みらいちゃんは涙を浮かべて項垂れてしまった。
「フフ、みんなはしゃいじゃって。大人なのはこのアタシだけね」
そう豪語するのはもちろんTAZUだ。
わたしは息を呑んだ。
「アタシは姫。どんな衣装でも着こなし昇華させることができる! アタシが服を着るんじゃない。服がアタシに着られるの! 超姫アイドルTAZU、ここに爆誕ね!」
ポーズを決めるTAZUはいつもの調子でそう言う。でも、確かにすごく似合っていた。
TAZUは丹鶴城跡に根付いたあやかしだったので、気の性質はえぐみと同じ「土」らしい。その衣装は黄色を基調としているのだが、わたしの目には金色に見えた。他のメンバーとは違い、トップスはヘソ出し。そこから鍛えられたお腹が見えていて、小判のように輝いて見える。
「動けばもっとゴージャスに! 見惚れて心はデンジャラス!」
艶やかな髪を乱舞させ、TAZUが優雅に踊り出す。いつか見たダンス動画を、衣装を着たまま難なく再現しているのだ。
「本物のアイドルだ……」
そんな言葉がぽつりと漏れる。このTAZUを見て、ただのコスプレだと思う一般人はそうはいないだろう。姫のオーラを存分に放つTAZUには人々を魅了するカリスマ性が確かに滲んでいたのだ。
飛び散る汗さえ舞台のスパイス。TAZUは衣装の力を存分に発揮し、圧倒的なダンスを見せつけてくれた。
「みなさん、気に入ってもらえたようですね」
一息ついたところで、再び鬼屋敷さんが登場。
「なんだか体が軽くなった気分です。素敵な衣装、ありがとうございますっ」
満面の笑みを浮かべて、わたしは鬼屋敷さんに向かって腰を曲げた。
「いえいえ、とんでもない。衣装が素敵なのは、みなさんも素敵だからですよ」
ぱちぱちといつものように柏手のように手を鳴らす鬼屋敷さん。
「さて、さっそくですがこの衣装という武器を手にし、みなさんに仕事をしてもらいます」
「おっ、ついにオレたちもライブをやるのか?」
「歌もダンスも練習しているからね。うちはいつでもオッケーだよっ!」
みんなの反応を確認し、頷く我らがプロデューサー。
「では、張り切って行きましょう!」
ヤタガラスエンタテイメントは羽ばたく!
新たな風に乗って、癒しの羽を撒き散らして!
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