また逢えるその日まで
そして日が巡り、その新たな仕事の時間が訪れた。
「ファンキーズでーす! わたしたちと一緒に楽しく健康的にウォーキングしませんか?」
わたしは笑顔で手を振り歩く。リズムよく身を揺らしながら。
「モールウォーキング、朝の10時まで、サークルコートにて受付中」
プリンが綺麗な髪を揺らしながら、やはり歩く。
「歩くの大好き! モールウォーキング大好き!」
無邪気な笑顔を見せながら、さらちゃんが歩く。
さて……。
ここはハッピーモール和歌山。和歌山市の北部のニュータウンの中にあるショッピングモール。巨大なモールの中には多くの店が入っており、買い物したり遊んだりと、一日中満足できるだろう。
そこでわたしたちファンキーズは、このモールで行われるモールウォーキングの宣伝をしていたのだ。もちろん、あの煌びやかな新品衣装を身に纏って。
店の中を行く人々はわたしたちの姿を見て感嘆の息を漏らす。どうやら、この目立つ衣装と声は十分な効果があるみたいだ。
ちなみにモールウォーキングとは、この館内に造られたウォーキングコースを歩き、健康的な体を作るという取り組み。天気に左右されず、買い物ついでにウォーキングできるということから、主婦層を中心に人気らしい。そして、今日は月に一度、ウォーキング講師が訪れ、ウォーキングに関するレッスンを受けられる日なのだ。そのレッスン受講者を集めるために、わたしたちはこうして朝の八時からモール内を歩き回っているのである。
「アタシみたいな健康的な体を作るわよ!」
TAZUは両手を頭の上で絡ませて、ゆらゆらと動く。
「あっ、その歩き方、見覚えあるー」
そんな声がお客さんの中から聞こえた。
「そうっ! 講師のウォーキングスタイリストはあのデューク更家公認よ!」
声を大にするTAZU。
「TAZU、やけにデューク更家さんを強調しているね」
「だって、彼は新宮市出身。つまりアタシと同郷よ」
「そ、そうなんだ」
健康的な体を持つだけあって、TAZUは歩く姿も美しい。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉を連想させる。喋ればラフレシアだが。
そういえば、ここって和歌山大学の近くだ。あそこに進学した同級生も多くいたはずだ。彼女たちと会ったら、少し恥ずかしいな。
と、そんなことを考えてしまったが最後だった。
「あれ、なんか見たことある顔と思ったら、ゆめみじゃーん」
「ひゃうあっ!」
わたしの目の前に、知った顔が立っていた。
「え、えりか?」
「やっほ」
噂をすれば何とやら。そこにいたのは中学高校の同級生、鈴木えりかだった。
「あんた東京行ったんじゃなかったの? いや、夏休みで帰省したのか? てか、そのアイドルみたいなカッコ、何かのバイト?」
「えっと、まずわたしは和歌山にUターンしてきました。これはバイトではなくて、本職。わたしはこのファンキーズの一員になったの」
「本職……そっか。なれたんだね、アイドルに」
全てを察したような表情を見せるえりか。
「チアのときもいい声出して応援してるって評判よかったし、実際あんたのおかげでヒットや好プレーをできたって言い出す部員もいたよな。やっぱ、ゆめみは向いてたんだな」
「そう言われると、なんだか照れちゃうな。あはは」
「でも、アイドルはアイドルでもローカルアイドルってやつ?」
「……いずれ和歌山から世界を制する……たぶん」
「ははっ。面白いねー。それじゃ、あんたの仕事の邪魔になるだろうし、あたしはこれで。応援しているよ、ヤンキーズ!」
「え、ちょっと待って」
盛大に名前を間違えられたまま、えりかは踵を返すと歩いて行く。
「ゆめみ、今の女は?」
なぜか浮気現場を目撃した恋人のような気迫でプリンが尋ねた。
「同級生のえりかだよ。高校のときは一緒にチアをしていたんだ。今は、この近くの大学に在学中」
「そう。なら、私たちのファンになってくれるかもしれないわね」
「うん。ちゃんと名前を覚えてもらえるよう、がんばらなきゃ」
そんなこんなで、わたしたちはウォーキングコースを歩き続け、レッスンが始まる時間となった。
受付場所のサークルコートにはすでにたくさんの人の姿。これがわたしたちの成果かと思うと、胸を熱くせずにはいられない。満足気に笑顔を浮かべていると、
「みなさん、お疲れ様です。宣伝の甲斐あって、今日はたくさんの参加者が集まってくれたそうです」
ベンチで座っているわたしたちにスポーツドリンクを差し入れしながら鬼屋敷さんがそう言ってくれた。
「主にアタシのおかげねっ!」
なぜかヨガのポーズをしながらTAZUが声を弾ませる。
「主催者の方たちも喜んでいましたよ。ファンキーズの更なる一歩をここに刻めましたね」
「でも、てっきりこの衣装での仕事って言うから、ライブをやるんだと思いましたよ」
「今回はファンキーズのPRの一環でした。しかしご安心を。次はライブができる仕事の予定ですから」
「よっしゃ、次も張りきろうぜ、みんな!」
えぐみが檄を飛ばし、わたしたちも力強く頷いた。
その後、ハッピーモールでの仕事を終えたわたしたちは自由時間が与えられた。もう十分歩いたけれど、せっかくなのでモール内を散策しよう。
「……この前のショッピングセンターとは比べ物にならないほど広いわね」
すると、当然のようにプリンが付き添うこととなった。まあいい。わたしもプリンと一緒にいたほうが楽しいし。
「ペットショップや生活雑貨店、レストラン街もあるよ」
「楽しそうね。じゃあ、ゆめみ。案内お願い」
「はいはい」
こうしてまたまたプリンとデートすることになってしまった。
生活雑貨店でドクターペッパーを奢ってやったり、ペットショップで珍しい動物を見て癒されたり、ゲームセンターでUFOを動かしたり……。
休息を楽しみ、モール内を移動していたときだった。
「あら、あらあら?」
そんな声がわたしの耳朶を打った。
「ん?」
何事かと思いぴたりと足を止めると、わたしの目の前には見目麗しい女性が立っていた。
整った目鼻立ちに、ぴんと伸びた眉。ウェーブのかかった亜麻色の髪を腰まで伸ばし、柔らかな微笑を湛えた姿は蠱惑的。まるで女神が地上に降りてきたかのようだ。
さらに特徴的なのは、メキシコ人の民族衣装でよく見るポンチョのようなマントを着ていることだった。不思議な模様が刺繍されており、見ているだけで目が回りそう。
彼女はわたしの前でぱんと手を叩くと、
「あなた、西川ゆめみさんねっ!」
前かがみになってわたしの手を掴んだ。
「ゆめみ、この女は?」
小声でプリンが訊いて来るけど、わたしは首を振る。
「……少なくとも同級生じゃないよ。あの、どうしてわたしのことを?」
「またまた。謙遜しないでくださいな。わたくし、ファンキーズのことはチェックしているんですのよ? SNSも、この間の『清姫祭り』のことも、みーんなです」
悪戯っぽく声を弾ませて女性が答える。
「え、つまり……ファンってことですか?」
わたしは目を点にする。驚天動地とはこのことだ。まさか、こんなわたしに、ファンキーズに熱心なファンが付いていただなんて!
「それにあなたは不歌滝プリンさんですわね。まあ、とっても綺麗な髪の毛。まさに滝を連想させて、見ているだけで癒されますわ」
「ありがとう。髪を褒められると、わたしもくすぐったくなるわ」
ほんのり頬を染めて、プリンは俯いた。
「ファンキーズの活躍、わたくしも微力ながら応援させてもらいますね。和歌山を大いに盛り上げるアイドル……ファンキーズ! えいえいおー!」
「おー!?」
わたしは彼女のペースに釣られて、握り拳を天に向けて突き出してしまった。
「では、わたくしはこれで。またいずれ出会うことになりますわ。そのときを楽しみにしていますわよ」
深く腰を曲げて丁寧な挨拶をして、彼女はわたしたちの前から去って行った。
「……面白い人だったわね」
竜巻を目の当たりにしたような顔でプリンが呟く。
確かに、テンション高めの人だったけれど、わたしたちを思う気持ちは十分に伝わった。
「わたしたちには確かなファンが付いている……。ふふ、だんだん乗ってきたね」
咄嗟にプリンにハイタッチを求めると、彼女は応えてくれた。
ぱちんと小気味よい音がモール内に響く。ダンスのレッスンで練習した甲斐があった。
さて、熱心なファンである彼女のためにも、がんばらないと。
この日の出来事は、わたしの心に大きく火を付けたのだった。
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