レッスンアンダーザスカイ

 宣材写真撮影ツアーは続く。


 まず、不老不死の薬を求めて新宮に辿り着いたという徐福の伝説が残る徐福公園の楼門で撮影。

 次に、新宮出身の作家佐藤春夫の旧宅である佐藤春夫記念館で許可をもらい、昭和初期の風情が残る館内で撮影。

 この街の歴史と文化をこの身で味わうわたしたち。

 その最中に寄ったのが熊野川沿いにある城跡――丹鶴城公園だった。


「ここが丹鶴城公園……かつて、紀伊新宮藩の藩主である水野氏が入城していた丹鶴城があった場所です」


 鬼屋敷さんの解説を聞きながら、わたしたちは整備された城跡を行く。城跡らしく立派な石垣が多い。城は丘の上に作られているので、何段もある石の階段を進まねばならず、これもカロリーを消費させる。登り切ったところにある鐘の丸跡にはベンチなど休憩スペースが多くあった。

 さらに奥に進めば屋根のある展望台発見。そこからは命の水をなみなみと湛えた太平洋が目に飛び込んできた。


「沖見城と言う別名がある通り、太平洋の景色が抜群でしょう」

「うわぁ」


 陽光を反射して煌めくその姿はドレスを纏ったお姫様のようにも見えてくる。そして、振り返れば市街も見下ろすことができる。かつての城主も、こうして民を見守っていたのだろうとわたしは思いを馳せた。

 景色を見ていると、不意打ちのようにシャッター音が炸裂。


「いい自然体の顔でした、ゆめみさん。百いいねくらいの価値はあります」

「あ、ありがとうございます。もっといいねほしいですね」

「この城跡は桜も素晴らしいので、春には花見客で溢れるんですよ。また来年、春になったら来てみたいですね」

「けど、夏草の香りも気持ちいいですよ、ここは」


 足下には整えられた芝生が絨毯のように広がっていた。


「あはは! ここなら体を思いっ切り動かせそう!」


 さらちゃんが元気爆発して全力で城跡の公園を走り回る。

 その姿を見て、鬼屋敷さんは目を細めた。何かを思いついたという顔だ。


「はいはい! みなさん! 来てください!」


 またぱんぱんっと先生のように手を鳴らし、みんなの注目を集める。


「なんだ、また何かやる気か、鬼屋敷」


 そんな口調とは裏腹に、腕を組んでまんざらでもない様子のえぐみ。鬼屋敷さんは頷いた。


「アイドルとして活動するからには当然、歌ではなくダンスもすることになります。ここ丹鶴城公園は風も土も気持ちいですからね。せっかくなので、レッスンをしてみましょう」

「あはは! アイドルらしくなってきたね! うちもがんばるよ!」

「ダンス、ね。腕を振ったりするだけじゃ駄目なのかしら?」

「ワシも覚悟はすでに決めている。さあ、何をすればいい?」


 鬼屋敷さんはじいっと少女六人の顔を眺め、


「では、まずは……ストレッチです」


 にこっとアイドル以上のスマイルを見せた。


 ストレッチ。それはダンスに限らず、運動の基礎の基礎だ。わたしだってチアで応援するときも毎回欠かさず行っていた。一見つまらないようなこの基礎練習も、一流のアイドルたちは繰り返し行い、成長したはずなんだ。


「手や足を躍動させるダンスには柔軟性が欠かせませんからね。僕の動きを真似してください。では、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 鬼屋敷さんは本当に何でもこなす人で、とうとうダンスコーチにもなってしまった。


「最初に肩を大きく回します。前へ、後ろへ手を回し、背中、肩甲骨を動かすのです」


 鬼屋敷さんの動きを真似して体を動かすと、「ぐきぐき」と体の中から音が鳴った。


「骨が動いた感じがしないけど、これストレッチになってるんだよな?」


 そう首を傾げるえぐみからは「ぷにぷに」という音が鳴った。いや、そんな音普通の人は出ませんよ。こんにゃく坊だから、やはり体が元から柔らかいんだろう。


「では次に右手を前にして腕を重ね、そのまま上げて全身を伸ばします。そして左右に体を動かし、肩甲骨を伸ばすのです」


 ゆらゆらと海の中のコンブのように揺れるわたしたち。

 ふと、隣に立つプリンを眺めると、


「……結構、気持ちいいわね、これ。くっ、身に染みるわ……」


 ちょっとおばさんめいた言葉を口にしていた。


「次は左手を前にして同じ動きです」

「みんな遅い遅い! うちなら三倍動けるよ!」

「さらよ。皆と動きを合わせねば、ストレッチにはならんぞ」

「そして、背中を丸めながら、泳ぐように両腕を前に伸ばします。腕を引きながら、胸を大きく広げるのです」


 鬼屋敷さんのストレッチ講座はまだまだ続く。


「次に、右足を一歩下げて、上体を斜め前に倒し、右足のふくらはぎを伸ばします」


 その最中――


「うっ!」


 そんなか細い悲鳴を出したのは、みらいちゃんだった。


「いたい……足……攣った……」


 涙目になりながら、右ふくらはぎを抑える少女。


「え、ストレッチで……?」

「はは。日頃から引き籠っているからだぞ、みらい。見ろよ、オレなんか太ももが地面に着くぜ」

「えぐみよ。おヌシも皆と動きを合わせよ。それはおヌシにしかできん芸当だ」


 こんなほんの数十秒のストレッチでもわかったことがある。

 この子たち、運動のセンスがバラバラすぎる!


「では、ストレッチはこの辺にしておいて、次はリズムトレーニングです。まずは前ノリのリズムから……。僕を真似して、体を前後に揺らしてください」


 鬼屋敷さんは水呑み鳥のようにリズミカルに体を前後に動かす。普段見れない動きなので笑いそうになったけど、わたしはがんばってこらえた。


「はい、ワンツー、ワンツー」

「ワンツー、ワンツー……ってありゃ?」


 みんな動きを合わせられているかに見えたけど、明らかにずれているのが一人。

 自慢げにストレッチをしていたえぐみだった。


「ふふ、えぐみでもリズムは苦手みたいね……」


 さっきとは攻守一点。プリンは得意気に体を揺らす。連動して優雅に髪が舞い、ここに歌わずの滝が生まれたかのように美しく見える。マイナスイオンとか出ていそうだ。


「うっ……ずれた……」


 そして、さっき足を攣っていたみらいちゃんはというと、またまたリズムに乗れず、バランスを崩し、すてんと転んでしまった。


 その後も鬼屋敷さんの指導により、体を細かく動かせるようにするアイソレーションや筋トレなども実践したのだけれど、やはりというかなんというか、みんな動きはバラバラのようだった。


「……ほんの少しのダンスレッスンでしたが、みなさんの長所や短所がわかりました」


 みらいちゃんが仰向けになって倒れている丹鶴城公園。鬼屋敷さんは冷静にわたしたちを観察していたようだ。


「まず、プリンさん。歌は得意ですが、動くのはそれほどでもないようですね」

「そうね。人間だったころですら、踊りの類は経験していなかったわ」

「リズムはよかったのですが、少し動きがぎこちなかったですね」


 歌が武器のプリンにとって、ダンスとは未知の領域だったらしい。


「逆にえぐみさんの場合は柔軟性に富んでいますが、リズムに乗れていません」

「あのリズムに乗るのはえぐいぜ」

「おそらく、えぐみさんの元の体が地面の中で生まれたこんにゃく玉だからでしょう。あまり自然界で音を聞いていなかったのだと思います」


 わたしは首を傾げる。そもそもこんにゃく玉に耳はないのだからどうしようもないんじゃ? 


「ななきさんはバランスが取れているように見えました。さすがは、武人然とした方です。そして、さらさんはさすがに運動神経は抜群ですが、動きすぎなところが欠点ですね。アイドルは協調性も大事なので、もう少し抑えたほうがいいでしょう」

「あはは! 褒められた!」


 能天気に笑いご満悦のさらちゃんである。


「そして、みらいさんは……」


 鬼屋敷さんの視線が息を荒げているみらいちゃんに注がれる。鬼屋敷さんはほんの少し宙空に視線を彷徨わせたあと、


「がんばりましょう」


 ごくごく簡潔にみらいちゃんの能力を評価した。

 さて、まだ鬼屋敷さんのありがたい言葉をいただいていない少女が一人。


「それで、わたしは?」


 もちろん西川ゆめみこの人である。


「今までにダンスの経験を積んでいたようですね。特に問題はありませんでした。それどころか誰よりもダンスの才能があるように思えます」


 ぱちぱちと拍手を受け、わたしは頬を緩ませた。


「ゆめみ、やるじゃない。今確信したわ。あなた、ダンスのあやかしだったわけね」

「何そのあやかし。違うよ。わたしは小さいころからダンスを習っていたから……」


 ステージ上のアイドルの動きをコピーしてみたり、毎晩ストレッチを繰り返していたり、中学高校時代は特訓を繰り返していた。その一秒一秒は確かに今のわたしを動かしているのだ。


「さて、欠点を補い、ステージに立てるようにがんばりましょう。レッスンをもう一セット行いますよ」


 意気揚々と鬼屋敷さんがぐっとガッツポーズを見せたその瞬間だった。


「あらあら。ずいぶん騒がしいと思ったら、とんだゲストがいたものね」


 きんと頭に響くような声が耳朶を打つ。

 わたしたち以外には誰もいないと思っていたこの丹鶴城公園に、少女の声が響いたのだった。

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