終章 明日へと

夢のアイドル

「……という夢を見たんだ」


 清らかなセーラー服に身を包んだわたしは、あくびをしながら前の席の同級生に声をかけた。ここは木の匂いが気持ちよく鼻孔をくすぐる、三年一組の教室だ。外から秋の涼しい風が紅葉と戯れながら教室に迷い込んでくる。


「きっと、寝心地がよかったのね」


 髪がとっても長く、目鼻立ちも整った彼女が微笑みながら相槌を打ってくれた。秋風が彼女の髪をぶわりと舞い上げる。まるで滝の飛沫のように綺麗だ。


「うんうん、よく寝れたからだね」


 そう、とっても充実していて、胸が熱くなるような、いつまでも見ていたかった夢。

 朝の陽射しの眩しさで目が覚めたとき、現実じゃなかったとき気付き、悔しくて泣いてしまいそうなほどの夢。

 そんな幸せに包まれたような顔をわたしは作る。


「いい夢見るなら……?」


 彼女が頬を緩ませて尋ねる。わたしも微笑んでから、こう答える。


「けやき大通り、三木町交差点からすぐソコ」

「鈴木寝具店!」


 どこからともなく持ってきた枕をかざし、わたしたちはカメラに向かってそれを見せつけた。


「わたしは歌女。だけど今は寝具女」


 そんな声も教室に溶けていき――


「はい、カットー。おおきに、ええCMが撮れたでー」

「ありがとうございました!」


 わたしたちは仕事を終えた。




「今日もお疲れ様、プリン」

「ゆめみこそ、お疲れ様」


 鈴木寝具店のCMを撮影していた高校から鬼屋敷邸に帰還。わたしはプリンの髪の毛にくっついていた紅葉を取り除いてやった。


「って言うか、最後のアドリブ何?」

シングと寝具をかけた、とっても面白いギャグよ」

「……だんだん冷えてくるから風邪ひかないようにしないでね、雪女さん」

「ゆめみは温かいから、一緒にいれば寒くないわ」


 わたしの皮肉をまったく気にせずそんなことを言う歌女さんだ。


「ただいまー」


 打ち合わせ場所としてもお馴染みの鬼の間に入れば、そこには家族同然の仲間たちの顔があった。


「おかえり、ゆめみ、プリン」


 にっと歯を見せて笑うえぐみ。その背後の箪笥の上には、輝かしい賞状が飾られていた。


「和歌山親善大使任命証」


 これが「和歌山ドリームフェス」でのわたしたちの勲章。

 そう、見事観客たちのハートを射止めたわたしたちファンキーズは和歌山親善大使に選ばれ、栄光を勝ち取ったのだ。

 その結果、いろんなチラシやローカルCMの出演など、多くの仕事が舞い込み、忙しくなってきた。

 インディーズでダウンロード専用だけど、わたしたちの歌は販売しているし、これはなかなかの売り上げになっているらしい。公式SNSのフォロワーもかなり増えたし、上げる動画には多くのリアクションが付いている。そして、和歌山に行きたくなった。わたしたちに会いたくなったという声も少なくはない。少しずつだけれど、状況は変わってきている……気がする。

 なお、ヒバリマントは優勝を逃したものの、会場で注目された結果、大手の芸能事務所にスカウトされ、今後メジャーデビューすることになるらしい。

 ……なんだか試合に勝って勝負で負けた気がしないでもない。

 忙しくなってもファンキーズのみんなは相変わらずだ。

 えぐみは飄々としているし、さらちゃんも悪戯心を磨いているし、ななきさんは落ち着いているし、みらいちゃんもサイトやSNSの運営をがんばっているし、TAZUは慢心している。このぬくもりとやすらぎのある仲間たちと一緒で、本当によかったとわたしは思う。

 鬼の間の一同の顔を眺めて笑みを浮かべていると、


「さて、みなさん。さっそくですが次の仕事ですよ」


 ぱんぱんと毎度の手拍子をし、鬼屋敷さんがみんなの視線を奪った。


「へいへい、またCMか?」

「いいえ、今度こそドラマのオファーよ。そうよね、センセイ?」


 えぐみとTAZUを一刀両断するかのように、鬼屋敷さんは指を振る。


「いえ、ライブです。二万人に対して歌ってもらいますよ」

「に、二万?」


 あとで聞いたところ、和歌山ドリームフェスの観客席には七百人近くいたらしい。それが今度は二万。インフレが激しいってレベルじゃない!


「あはは! いきなり桁が跳ね上がっちゃった!」

「……どこのドームで……ライブするの?」


 さらちゃんとみらいちゃんを祓うかのように、九字を切るような仕草で陰陽師は指を振る。


「ドームではなく、神社です」

「は?」


 わたしたちは目を小さくして声を揃わせた。


「場所は、和歌山県和歌山市加太にある淡嶋神社……」

「あっ……」


 淡島神社。わたしもその場所に心当たりがある。日本国内に千社以上ある淡島神社系統の総本山。そこは人形供養の神社としても知られており、雛人形や市松人形、さらにはフランス人形やフィギュアなんかも陳列されているのだ。


「もしかして……二万人っていうのは人じゃなくて、人形ですか?」

「そうです! 人形供養のために、歌ってほしいと依頼があったのです。なんでも、最近人形の髪の毛が伸びたり、浮いたりといろんな現象が起きているようで……」


 それ、思いっきり心霊スポットと化してません?


「善哉善哉……いかにも、あやかしであるワシらにふさわしいライブになりそうだな」

「そだね! 清姫にだって歌ったんだもん。うちらがお人形さんたちを癒してあげよっ」

「……その光景をネットに流したら、バズるかしら?」


 メンバーはみんな乗り気のようだ。


「では、みなさん。がんばっていきましょう」

「はいっ!」


 声を揃え、わたしたちは来たるべきライブに向けて、また心機一転して励むのだった。



 

 星も月も石鹸で磨かれたように眩い光を放っていた。爽やかな秋の夜風が吹き、鬼屋敷邸の縁側に座る彼女の長く流れた白い髪を揺らしていく。ライトアップされた滝のように見えて幻想的だ。

 浮世離れした容姿の彼女が空を見上げ、可憐に微笑む。

 歌女と呼ばれ、かつては恐れられていたあやかしも、今ではとても朗らかだ。きっと、今のアイドル生活に満足しているのだろう。


「ゆめみ」


 黒真珠のような瞳に、頬を緩ませているわたしの顔が映り込んだ。


「なあに?」

「いえ……改めて、お礼を言おうと思ったの。ゆめみと出会えて、私は……不歌滝プリンはとても充実した毎日を送れているのだから」

「わたしだって。プリンと一緒にいられて嬉しいよ。初めての出会いも、一生忘れられない。今も夢に見るから」

「ふふ、そうね」


 悪戯っぽくプリンが笑った。

 今日一日の練習を終え、わたしたちは月見をしながら休息している。だけど、正直なところ、月よりも綺麗な彼女の顔を見たほうがわたしは心から癒されるのだ。

 繚乱たる星空の光を浴びながらプリンがわたしに体を寄せる。体を桃色に染めながら。


「ゆめみたちと出会えて、まだ知らない私を探すことができた。可能性に辿り着くことができた。私にとって、ゆめみのほうが仏様かもしれないわ」

「そんなオーバーな……」


 プリンは声の濃度をより甘くする。


「歌って、踊れば、体が軽くなる。他のみんなとも、心を通じ合わせることができる。アイドルって、楽しいわね」

「わたしもそう思う! すっごく胸が熱くなって、みんなを魅了したくてたまらなくなる。この気持ちに気付けたのも、みんなと会えたから……。この絆の強さに、人間とあやかしの違いなんてないと思う」


 本当に、この数か月は宝物のような日々だった。ずっとずっとこれからも大事にして、つらいときがあったら思い出すようにしよう。


「ゆめみ。ありきたりな言葉だけど、ありったけの気持ちを、正直に言うわ。だから、受け止めてほしいの」


 プリンがわたしの手を掴む。すべすべしていて、とても温かな両手だった。


「ありがとう」

「どういたしまして。今後ともよろしく、プリン!」


 わたしたちが起こした数えきれない奇跡は、これからも色褪せずに輝いていくだろう。


「私たちがもっと輝けるよう、今胸に誓って……この歌を歌うわ」


 鬼屋敷邸に歌が響く。とても清らかで、美しくて、明日もがんばれそうになる歌。


【つれもてFly……】


 わたしは穏やかな顔を作ると、瞼を閉じて彼女の世界に引き込まれていった。

 この幻じゃない世界をわたしたちは一緒に羽ばたいていく。

 これからも、笑い合いながら一緒に――

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つれもてファンキーズ―あやかしの国でアイドルはじめました― アルキメイトツカサ @misakishizuno

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