つれもてFly! ~あなたという八咫烏~

「エントリーナンバー8番、和歌山が生んだ新たなアイドルグループ、ファンキーズのみなさんです!」


 司会の角さんの声と同時にわたしたちはステージの中央に並んで、観客席に向けて手を振った。アーティストが全員並んでいたときとは違い、何百もの瞳がファンキーズだけを見つめている。


「みなさん、こんにちは! ヤンキーズじゃないよ、ファンキーズですっ!」


 わたしが代表して挨拶し、声を弾ませると、どっと笑い声があがる。


「それでは、わたしたちのパフォーマンス……歌とダンスをみなさんに届けたいと思います! 聞いてください見てください……『つれもてFly!』」


 すうと息を吸い、熱を込めて歌声へと変換させる。


 森羅万象の思いを込めて、この場にいる全員の耳を意識して、わたしたちは歌う!


【つれもてFly! あなたがわたしたちを導いている】

【いつまでも どこまでも 夢じゃない世界で】


 この「和歌山ドリームフェス」で勝ち抜けるかどうかとかプレッシャーとかどうでもいい。今のわたしたちの全てを捧げる。燃やし尽くしてやる。


【エメラルドの大地に生まれ 雛だったわたしたち】

【憧れのヒトのように 空を舞えると信じていた】


 浮世離れした容貌が煌めく。手招きするような振り付けでプリンが歌声を響かせた。滝を連想させるかのような清らかな声。ずっとずっと聞いていたい、甘い声。わたしだけが知っている彼女の顔を思い浮かべると、自然と笑顔になる。もっともっと、みんなにプリンのことを知ってほしい。彼女だって、そう思っているはずだ。


【あなたという 八咫烏に出会い わたし羽を広げた】

【青空の笑顔 滝の涙 とても 煌めいている】

【七つの光 折り重なって 虹の架け橋になろう】


 わたしたちの体がしなやかに、そして妖しく動く。鬼屋敷さんの指導により、振り付けはわたしたち一人一人の魅力を一%も残さず引き出せるように計算されていた。太陽の光がわたしに零れる。光はわたしたちの体を包み込み、スカートの上で溢れた。

 観客席の中に鬼屋敷さんがいる。とても穏やかで満足そうな顔でわたしたちを見つめている。鬼屋敷さんがいなかったら、何も始まらなかった。鬼屋敷さんこそ正真正銘アイドルの道に迷っていたわたしを導いてくれたヤタガラスだった。


〝――ありがとう、鬼屋敷さん〟


 感謝を込めてわたしがウインクすると、鬼屋敷さんもサムズアップで応えてくれた。

 鬼屋敷さんの期待を裏切らないためにも、


【つれもてFly! つれもてCry!】

【次はわたしたちが 手を引くよ】


 サビに合わせて七人が散ると、観客席から暴風雨のようなうねりが起こった。

 男勝りなえぐみが体を躍動させる。その柔らかさを武器に、魅惑的なダンスをする。

 さらちゃんも皿を模した髪飾りを煌めかせ、川の中を泳ぐように天真爛漫を爆発させていた。

 ななきさんはキレのある鋭い手つきで、まるで見えない刀を持っているように踊る。

 みらいちゃんはしっかりと前を見つめ、ときどきバチバチと放電しながら自分をアピールしていた。

 TAZUは力強いダンスでにバク転を挟み観客席から興奮を爆発させていた。

 みんながいたからがんばれた。わたしも強くなれた。

 みんなの力が一つになる。わたしはひとりじゃない。わたしたちは一つだ。


【つれもてFly! つれもてFight!】


 わたしは声に熱を込める。様々な奇跡を起こしてきたエールを、自分たちに送る。


【暗い道 振り返りそうになっても 諦めないで】

【あなたは一人ぼっちじゃないから】


 今までの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 プリンをスカウトするために山に入り、歌わずの滝の前で歌ったことも――

 TAZUとのダンスバトルのために、丹鶴城公園で練習したことも――

「清姫伝説」を再現し、大蛇と対峙しプリンたちが歌ったたことも――

「パンダラン」で全力疾走し、ミニライブを成功させたことも――

 無駄なことなど何もない。その経験の集大成が今ここなんだ。


【つれもてFly! つれもてBright!】

【生きている限り 星は輝く】


 地が歌う、空が歌う、海が歌う。

 それは和歌山全体が共鳴しているかのような歌だった。


【歌おう 踊ろう 無数のスポットライトがわたしを照らす】

【いつまでも どこまでも 夢じゃない世界へ】


 熱く激しくわたしの体が燃え上がる。

 失くしていない情熱を込めて、わたしたちは歌をばら撒く。すると、それを拾うかのように、観客席の人たちが手を振ってくれる。

 全世界は今、わたしたちのために存在し、回っているような感覚さえ覚える。


 やがて――わたしたちの歌は終わった。

 あっという間だった。もっと歌って踊っていたかった。


「みんな、ありがとう!」


 七人全員で観客席に向けて大きく手を振った。その度に、大地が揺れそうなほど歓声が起きた。わたしたちに向けられる拍手はとても甘美で、贅沢だった。瞳が陶酔の色で染まっていく。これが興奮の滝壺だった。



 これはわたしたちの光の戯曲。

 戯曲の登場人物は八人ともう一人。

 西川ゆめみ。あるいは「紀三井寺球場の魔物」。

 不歌滝プリン。あるいは「歌女」。

 五来さら。あるいは「カシャンボ」。

 万年えぐみ。あるいは「こんにゃく坊」。

 雨野ななき。あるいは「コサメ小女郎」。

 天満みらい。あるいは「ミズガミナリ」。

 TAZU。あるいは「丹鶴姫」。

 そして、鬼屋敷崇。



 さらにもう一人は、名前も声も知らない、いつか出会う「あなた」――


 一緒につれもて楽しもう。わたしたちと、和歌山を……。

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