和歌山LOVESONG

 天高く馬肥ゆる秋。とはいえまだまだ暑さの残る今日この頃。


「ついにこの日がやってきたんだ」


 手をかざし、わたしは目に映る光景をしっかりと脳内フォルダに保存する。

 街の中で圧倒的な存在感を誇る和歌山城を背景に、色取り取りの人々が賑わう姿はまるでモザイクアートのように見えた。


 ここは和歌山城砂の丸広場。

 

 そう、「和歌山ドリームフェス」開催日がとうとう訪れたのだ。

 ファンキーズの出番は午後から。その前に緊張を解すためにも、会場を散策している最中なのである。会場には占い師やアクセサリーショップの出店が軒を連ねるドリーム商店街というブースや、香ばしい匂いを漂わせる飲食店ブース。さらには子供用にはしご車なども展示されており、いずれも人気だった。


「あのときとは違う催しだけれど、人の流れは似ているわね」


 傍らに立つプリンもどこか感慨深い表情だ。


「本当に私が生きていたころより、騒がしく、そして楽しくなったわ。この令和は」

「そうだね」

「何よりも、温かな人が傍にいてくれるのが、一番嬉しいのだけれど」

「もう……」

「ゆめみ、お腹が空いたわ。腹ごしらえしましょう」


 いつもの調子でプリンが歩き出す。本当に、元気になってよかった。わたしはほっと胸を撫で下ろし、その揺れる長い髪を追った。

 飲食店ブースには和歌山各地の名店が出店されていた。唐揚げやたこ焼きなど祭の定番はもちろん、和歌山ラーメンや紀州備長炭のチキンステーキなど特産品も目立っている。

 プリンはその中でもチキンステーキが気に入ったようだ。紙パックに大きな鶏肉を乗せてもらい、ご満悦。わたしも同じ物を購入し、会場の隅にあるベンチに座って味わおうとする。


「いただきます」


 絶妙な焼き加減で香ばしさ抜群のチキンステーキをぱくり。噛み締めると肉汁が飛び出し、一瞬にして多幸感に包まれる。秘伝のたれもより一層美味しさを引き立てており、チキンステーキは熊野牛に匹敵する高級料理へと昇華しているかのようだった。


「ふふ、美味しい。この魅力を和歌山中に、そして世界に知らせるためにも、私たちはがんばらないといけないわね」

「うん。そうだよ。それが、わたしたちの使命なんだ」


 責任感を感じながらチキンステーキを完食。ああ、もっと食べていたかったけれど、これ以上お腹に何か入れるとパフォーマンスに支障が出るかもしれない。

 そうして、茫洋と会場を眺めているときだった。


「あらあら~?」


 聞き覚えのある上品な声が、わたしの耳朶を撫でた。

 うん、彼女が来るような予感はしていた。そもそも、また会おうと言っていたのだから縁が結ばれていて当然だ。


「ヒバリマントさん」

「ごきげんよう、ゆめみさん。プリンさん」


 曼荼羅模様のマント姿が特徴的な彼女が、深い笑みを浮かべてわたしの前に立っている。目線を合わせるべく、わたしもベンチから立ち上がると、プリンも釣られて肩を並べた。


「とうとうこの日が来ましたね」

「ええ、精一杯がんばりましょう。わたくしたちの和歌山愛を、みなさんに伝えるのです。それはそれとして、プリンさん。ふふ、お元気になられたようで、わたくしも嬉しいですわ」

「そうね、。私もあなたに会えて嬉しいわ。私もこの日のために練習を重ねたのだから、決して負けはしない」


 お姫様……その挑戦的な響きの言葉を耳にして、穏やかだったヒバリマントの顔がほんの一瞬だけ崩れた。


「……どうやら、わたくしの正体を察したようですわね。歌女のプリンさん」


 カウンターブローを放つかのように、ヒバリマントも一言強調する。ああ、さすがは仏性を宿した人。何もかも、お見通しだったというわけか。


「お互い様のようね。ファンキーズが設定ではなく、正真正銘のあやかしのアイドルグループだと、あなたも気付いたというわけ?」


 ヒバリマントはくすっと微笑んだ。


「ええ、まあ。しかし、あなたたちが何者だろうと、和歌山を愛するというのなら問題はありません。同志として、一緒にフェスを盛り上げましょうね」

「そうね。ここに集まっている人たちを楽しませるのがアイドルの務め。魂を燃やして、私は歌うつもりよ」

「一緒に、フェスを楽しもう!」

「では……次はステージの上ですわね。ごきげんよう」


 愛らしく手を振ると、ヒバリマントは踵を返して喧騒の中へと飛び込んでいった。

 いよいよ始まる。この二か月の集大成が。ファンキーズの大舞台が!

 わたしの高揚は最高潮に到達。


 そして、夢のような時間が訪れるのだった。



 

「さあ! いよいよ始まりました、『和歌山ドリームフェス』メインステージ! 司会は私、すみがお送りします!」


 夢の舞台に、わたしたちは立っていた。鬼屋敷さんが用意してくれた衣装に身を包み、待機中も笑顔を観客席へと振り撒いて。わたしたちだけじゃない。ヒバリマントを始めとして、和歌山を愛するアーティストが全員並んで舞台に立っており、出番のときを待っているのだ。


「さあみなさん、盛り上がっていきましょう!」


 マイクを握り締め、黄色い生地に「和歌山ドリームフェス」と墨で書かれたシャツを着た角さんがステージの中央に立ち、観客たちを煽っていく。返ってきたのは熱気と大歓声。   

 ここ、砂の丸広場に設営されたステージには何百人もの人たちが大集合しており、座席に使われているブルーシートの青い部分が見えないほどだ。


「和歌山各地から集まったアーティストたち。彼ら彼女らが得意のパフォーマンスでみなさんを魅了します! そして、もっとも優れたアーティストには、和歌山親善大使として、大活躍する機会が与えられるのです!」


 大歓声が大爆発。わたしたちも拍手をしてより会場を盛り上げる。


「では、出場するアーティストを紹介しましょう!」


 司会の角さんがステージに立つアーティストを一人一人紹介し始める。


「エントリーナンバー1番、アメリカに留学しその腕をめきめきと上達させたヨーヨーチャンピオン、KATSURA!」


 キャップ姿が特徴的な青年が観客席に向かって大きく手を振った。


「エントリーナンバー2番、その演奏は昼夜を逆転させる! ジャズバンドグループモルド!」


 スーツ姿の男性がサックスを吹き鳴らした。


「エントリーナンバー3番、はたしてこれは夢か現実か? 子供たちにも大人気、マジシャン時天狗!」


 天狗の仮面を被ったマジシャンが挨拶代わりにトランプのケースでジャグリングをした。


「エントリーナンバー4番、大手お笑い事務所に所属! 堂々凱旋、お笑いコンビ、へいさらばさら!」


 背が高い男と小太りな男が「どうもー」と挨拶した。


「エントリーナンバー5番、商店街に大行列を作ったストリートミュージシャン! チャブクロ!」


 イケメンの二人組が手を振れば、観客席からお爺ちゃんお婆ちゃんが「チャブクロ~」と声援を送った。


「エントリーナンバー6番、独創的な踊りが魅惑的! モデル兼ダンサーのマシララ!」


 水着かと思うほど露出の激しい衣装に、羽衣のようなヒラヒラを着た女性が投げキッス。


「エントリーナンバー7番、その歌声はまるで女神の息吹! シンガーソングライター、ヒバリマント!」


 曼荼羅ポンチョのヒバリマントが一歩前に出て「よしなに~」と爽やかな笑顔を見せた。


 さて、次が最後のアーティスト。それはもちろん、わたしたちだ。


「エントリーナンバー8番! 個性的な虹色七人娘! アイドルグループファンキーズ!」


 わたしたちは一歩前に出て、笑顔で手を振り続けた。同時に観客席全体を見渡す。

 その中には知っている顔もいくつかあった。

 えりか。さらちゃんのじっちゃんばっちゃん。パンダランのときのガチ勢ランナー。

 そして、着物姿のままのおいのさん。きっとわたしたちを見るために、和歌山中から駆け付けてくれたんだ。


「以上、八組! バラエティに富んだ方たちです。確かなのは、全員が最高のパフォーマンスを見せてくれるという点でしょう!」


 確かに、ヒバリマント以外の六組も尋常じゃないオーラを漂わせている。きっと、彼らにもここに来るまでに様々なドラマがあったに違いない。


「では、さっそく……エントリーナンバー1番のKATSURAさん! パフォーマンスをお願いします!」

「OK! Here We Go!」


 わたしたちはステージの中心から離れ、背後の壁際で他のアーティストのパフォーマンスを眺めた。最初に飛び出したのは陽気なヨーヨー使いの青年KATSURA。拍手に迎えられながらヨーヨーのスペシャルでハイパーなトリックを披露した。誰でも知っている、誰でも真似をしたことのある犬の散歩を始め、手首のスナップを利用して大回転をさせたり、あやとりのようにタワーを作ったり、蜘蛛の巣を作ったりとその器用さにわたしは声を失ってしまった。

 最終的にはヨーヨーをロケットのように天高く打ち出し、伸ばした指に再び糸を通すという神業を披露。会場は大歓声に包まれる。


「Thank You! ABAYO!」


 KATSURAはヨーヨーごと手を振り、パフォーマンスを終了。


「すごい……!」


 わたしは自然と拍手をしていた。

 ……一人目なのに内容が濃すぎる! これは、強敵だ……。

 その後も、次々とアーティストたちが得意の武器を使って演舞する。自由さを詰め込んだジャズの演奏に会場はノリノリになり、本当にどうやっているのかわからない空中浮遊を始めるマジシャンに会場は驚愕し、ローカル番組でもお馴染みの漫才で会場が笑いに包まれ、ストリートミュージシャンの演奏は会場を大きく震わせ、肢体を大きくくねらせる刺激に強いダンスには会場から熱い声援が送られた。


 時間の流れを早く感じる。一人五分くらいのパフォーマンスなので、もう三十分近く時間が経っていることになっているのだけれど、わたしの感覚では五分もないほど短く感じた。


 そして――


「エントリーナンバー七番のヒバリマントさん! どうぞ!」

「は~い」


 ヒバリマントこと中将姫。アコースティックギターを構え、彼女がステージの中央に立った。傍に立つプリンを一瞥する。彼女は唇を引き締め、力強い眼差しをヒバリマントに向けていた。もう、覚悟は完了している。彼女の歌には負けないといった顔だ。


「では、聞いてください。『雲雀の恩返し』……」


 まろやかな笑みを浮かべ、ヒバリマントがギターを鳴らしてリズムを作る。そのイントロを聞いただけで魂が痺れそうになった。生まれた時代でも琴の演奏に秀でていただけのことはある。


【風の流れに身を任せ 辿り着いたは第二の故郷】


 ヒバリマントが優しい声音で歌い出す。慈悲深い声。人の悩みを全て吹き飛ばすような魅力の込められた声だ。


【青い空 青い山 青い海 人の笑顔もきらめいて 草花に僕の心も癒される】


 会場の誰もがヒバリマントの歌声に惚れ惚れとしていた。蝶が舞い、天女が甘い果実を与える雲の上にいるような心地を、このわたしだって味わった。


【広い広い宇宙の中で 果てしない時間の中で】


 ヒバリマントが心を込めて歌い続けた。


【巡り会えたこの奇跡 けっしてセピアにはさせないよ】


 歌詞の内容から察するに、これは中将姫である彼女の過去を元にした歌だ。

 継母に憎まれ、命を奪われそうになり、それでも必死に生きようとした彼女の人生が凝縮されている。目を閉じれば、彼女の時代にタイムスリップできそうだ。いや、できる。

 雅な館で琴を奏で、和歌を嗜み、芸能を磨く中将姫の姿が浮かぶ。雲雀山に逃げ延びて、熱心に念仏を唱える姿が浮かぶ。奇跡を指に宿し、美しい布を折る姿が浮かぶ。


【ありがとう きのくに和歌山】


 彼女の世界にトリップしてしまい、涙がこぼれた。


【これからも きのくに和歌山】


 涙は頬を伝い、おとがいから雫となってステージに落ち、小さな冠を作って弾けた。


【これが僕のささやかな恩返し 笑顔とときめきを乗せて】


 圧倒的で、魂を浄化するよな歌唱力だった。


【響け雲雀の歌】


 ヒバリマントの背中には、確実に後光がある。


「みんな~。感謝しますわ。ごきげんよう~」


 演奏を終え、ヒバリマントが優雅に手を振る。その柔らかな物腰は姫そのものだ。

 ばくばくと心臓が唸る。涙も溢れて止まらない。

 これ以上のパフォーマンスが、わたしにできるのだろうか。

 みじめな姿をステージに晒してしまうのじゃないだろうか。

 ああっ、やっぱり、どうしても、弱気になってしまう……。


「あっ……」


 緊張からか、恐怖心からか、目の前が真っ暗になった。

 怖い。何も見えない。今も、未来も……。

 何もかもを投げ捨てて、叫びたくなったそのときだった。


「大丈夫よ、ゆめみ」

「え……」


 闇を穿つ一条の光がわたしを包み込んだ。


「プリン……」


 気が付けばプリンがわたしの体を支え、しかも涙を拭ってくれていたのだ。


「私たちが付いているわ」


 とても温かな笑顔のプレゼント。ヒバリマントの歌を聞いて衰弱していたプリンが、今は瑞々しい姿をしている。彼女だってがんばっているんだ。わたしだって、根性を見せないと!


「いよいよ、このときが来たんだ! うちらの大きな花火、打ち上げちゃうよ! 一度きりのこの舞台、思いっきり楽しもう!」

「オレだって震えが止まらねえぜ。だけど、これは武者震いじゃなくて、こんにゃく震い。よりダンスに弾力がつくってもんだ。さあ、大勝負だ!」

「相手が神だろうが仏だろうが魅了してみせる。アイドルとは、それだけの力を秘めているはずだ。ワシらで天下を取るぞ!」

「みらいはもう……ありのままの姿を見せる。みんなのおかげで、みらいも変われた。ばりばりっと雷のような歓声を、落とす!」

「この会場の全ての視線をアタシが奪う! なんてのは野暮ね。記憶に残り、夢でもアタシたちを見るような、そんなステージにするわよ!」

「私は不歌滝プリン。あなたたちと出会って、私は歌女以上の存在へと昇華させてくれた。全身全霊を持って、感動の滝壺へと引き込んでみせるわ」

「みんな……!」


 みんなの顔を見ていると、全身の血が沸騰し、胸が太陽のように熱くなる。涙はすっかり乾き、わたしは自身を取り戻していた。

 わたしたちには仲間がいる。どんなときでも、一緒にがんばった仲間たちが。


「行くわよ、みんな」

「うん、ファンキーズ……」


 誓いを胸に七つの手が重なり、わたしたちは出陣する。

 夢へと、未来へと向かって。


「百鬼夜行!」


 ファンキーズの舞台が幕を開けた。

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