つれもてしよら~翼に夢を乗せて~
山に日が沈み始め、空では藍色と紅色がせめぎ合い、海には月明かりが照らされるころ。
「どうやら逃げずに、アタシとやり合うことを決めたようね。褒めてあげるわ」
この丹鶴城公園に、再びユーチューバーのTAZUが姿を現した。相変わらずの態度だ。動画の登録者数も再生数も少ないのを微塵も感じさせない。
「そっちこそ、吠え面をかく練習をしたほうがいいんじゃないか?」
「その言葉、そっくり返すわよ。弱い犬ほどよく吠えるんだから」
えぐみとTAZUがバチバチと火花を散らし一触即発。
「落ち着いて、えぐみ。ダンスでケリをつけるのよ」
どうどうと暴れ馬を鎮めるように、冷静にプリンがえぐみを制する。
「そうです。では、時間になりましたので、僕たちも動画を投稿しますよ」
「ええ、バトル開始よ!」
鬼屋敷さんがスマホを操作し、ヤタガラスエンタテイメントのアカウントから動画を添付してツイート。同じくTAZUも新作ダンス動画を自分のアカウントでツイートしたようだ。
オーディエンスはネットの向こうの人たち。
ただ見守るだけのダンスバトルの火蓋が切られたのだ。
みらいちゃんの手にしたタブレットから、リツイート数などの確認をしていると、
「ちなみにだけど、アタシの動画はこれよ」
余裕綽々だからか、TAZUが自分のスマホから動画を見せつけてくる。
そこに映し出されていたのは、自らの体を武器にして戦う侍のごとき少女。それは水面を滑る鶴のような優雅さ。洗練された巧みな動きには、わたしだって心を奪われてしまう。
「さて、アタシも慢心している王様じゃないんだから、アンタたちの動画をチェックさせてもらうわよ。とはいえ、幼稚園のお遊戯みたいな出来でしょうけど」
獲物を前に舌なめずりする蛇のような表情でTAZUはスマホを操作し、
「……これは」
その目が点になったのを、わたしははっきりと見た。
ほんの十数分前の出来事が、その動画には記録されている。
洋楽をBGMに、六人が肩を並べてオリジナルのダンスを披露する動画。
リズムに乗って体を動かし、ときにはステップで位置を交換しながら激しく、あるいは緩やかに踊る――
この丹鶴城公園に万華鏡のように幻想的な空間が広がったはずだ。
風と戯れる木のように体を揺らし――
天を焦がす火のような情熱を宿し――
命を支える土のような意思を固め――
闇を除ける金のような輝きを秘め――
地を流れる水のように激しくしなやかに――
わたしたちは踊った。
キノコの上で踊る妖精を見たことはない。だけど、このときのわたしたちのようだったに違いない。
「……ふうん」
五分の動画を見終えて、TAZUはただそう言っただけだった。
落胆か、驚嘆か。その一言にどんな思いが込められていたのだろう。
時が流れ、リツイートといいねの数が増えていく。
TAZUの動画は一分ごとに十、二十とリツイートといいねの数が増えていくが……十分も経ったあとにはすっかり伸び悩んでしまっていた。
対するわたしたちヤタガラスエンタテイメントはというと、
「あはは! すごい! まだまだ増えていくよ!」
さらちゃんが天真爛漫に瞳を輝かせたように、リツイートといいねの数が毎秒毎秒増えていくのだ。
まだ生まれたてのアイドルを見守っている人たちがいることを知り、胸の奥が熱くなる。
わたしたちは確かに、誰かの心を動かし、あわよくば楽しませているのだ。
そして、あっという間に一時間が経ち、結果発表となった。
「では、時間になりました。TAZUさん。お互いの得点を確認してみましょうか」
「わかったわ」
鬼屋敷さんとTAZUがお互いのツイートを確認する。
TAZUの動画のリツイート数876 いいねの数 961
ヤタガラスエンタテイメントの動画のリツイート数 573 いいねの数765
単純に数だけでは負けている。けれど、TAZUの条件通り六倍にしてみるとその差は歴然。
「ということはッ!」
えぐみが興奮した様子でTAZUの顔を見つめると、
「……やるじゃない」
彼女は諦観した様子でそう呟いたのだった。
勝った。わたしたちは六人で力を合わせ、ユーチューバーのTAZUに勝ったんだ。
まあ、この得点は両者ともはっきり言ってそんなに多くはないのだけれど……。
「アタシが言い出したんだもの。これ以上ゴネるつもりはない。アンタたちは確かに、プロ根性を持ってアイドル活動をしようとしている。認めてあげるわ」
ふっと小さく息を吐いて、TAZUは素直に頭を下げた。
「でも、TAZUのダンスも最高だったよ」
てらいのない言葉が口から出た。すると、TAZUの瞳が熱を帯びたように潤み、揺らぎ始めた。
「わかってる。アタシのダンスが至高で究極なのはわかってる。ケド、今の時代じゃ評価されないのよ」
整っていた顔をぐしゃぐしゃに崩して、そう言ったのだ。
「TAZU……?」
「アタシにだって夢があった。このアタシを世界の多くの人に知ってもらおうって夢が。そのために、アタシはダンス動画を撮って、公開し始めたの。ケド、うまくはいかなかった。だって、アタシみたいな才能の持ち主は、まだまだ世間にはごまんといるんだから」
「……そうか」
今の時代、何十何百万という人が動画を投稿し、自分の姿を世界に公開することができる。そこには多くの才能やエンターテイメントが詰まっているんだ。そして、人々の注目は次から次へと移っていく。
ダンスのジャンルにおいても、TAZUより優れたユーチューバーは何人もおり、彼女は注目されなくなってしまっていたのだ。
「何かの拍子にバズることを祈って、ただただ動画を投稿していたけれど、それでも何も起きなかった。アンタたちに勝負を吹っ掛けたのも、ただのストレス発散。弱い者いじめのハズだった」
「しかし、ワシらに迎撃されたというわけだな」
「そうね。みっともない。刀があれば切腹したいほどよ」
悄然とした面持ちで、TAZUは涙を零す。
「わたし、TAZUの動画を見たよ。どれも、この公園で撮影されていた。TAZUは、この場所が好きなんだね」
「動画の視聴回数が伸び悩んでいるなら、場所を変えるとかできなかったのか? もっと目立つ場所があるだろうよ」
「それはできないはずですよ」
えぐみの質問に答えたのはTAZUではなく――鬼屋敷さんだった。
「え、鬼屋敷さん。何か知っているんですか?」
「ええ。TAZUさんはこの丹鶴城と深い縁がありますからね」
「……気付いていたのね、センセイ」
TAZUの顔が神妙になる。えと、どういうことなの?
「ユーチューバーのTAZUさん。その正体は……あなたたちと同じあやかし……」
「あやかし……彼女も?」
わたしが尋ねると、鬼屋敷さんはこくりと頷いたあと、その名を告げた。
「『丹鶴姫』なのですよ」
「『丹鶴姫』……?」
わたしたち六人の少女がその名をハモらせる。
ガラスのように儚い笑みを浮かべて、「丹鶴姫」と呼ばれたTAZUは鼻を鳴らした。
「っていうか、妙な気を感じてはいたケド、アンタたちもあやかしだったのね。まあ、いいわ。アタシはセンセイの言った通り……」
「僕は先生ではないのですが」
鬼屋敷さんの訂正を聞き入れないまま、TAZUは話し続ける。
「アタシの真の名は……っていうか、まあ、これも本名じゃなくてあやかしとしての名前なんだけど……『丹鶴姫』。この新宮市に伝わっているあやかしよ」
「この街のあやかし……」
ふと、おいのさんの言葉が蘇る。
〝――そう珍しくありませんよ。この地には他にも、街中に溶け込んでいるあやかしがいますから〟
あれはTAZUのことも言っていたんだと、わたしは得心した。
「『丹鶴姫』については、佐藤春夫も文章に残しています。日暮れになると丹鶴城に現れる、子供好きのあやかし。扇で子供を招き、からかい……その子供は次の朝には死んでしまうとか。黒い兎を使い魔にしているとか」
姫という華やかな名前にしてはゾッとする力を持ったあやかしだ。
「『丹鶴姫』ってことは、ここで昔暮らしていたお姫様なの……?」
「『丹鶴姫』と呼ばれる人物は複数人実在します。最初の丹鶴姫は平安の末期に登場した源氏の娘。
「アタシは後者。江戸時代に生まれた、由緒正しき『丹鶴姫』の一人。つまるところアタシは……この丹鶴城で生まれ育ち、死んであやかしとなった身なの」
目に幽かな翳りを走らせTAZUが答えた。
「そう……だったんだ」
「で、あやかしとなった丹鶴姫様はどうしてユーチューバーになったんだ?」
えぐみが唇を尖らせる。
「忘れられたくないからよ。アタシという存在を、世界に刻みたかったの。丹鶴城があって、そこには丹鶴姫ってもののけ姫とも呼ばれるアタシがいるってコトを!」
「……有名になりたかったんだね……」
そう呟くと……。
TAZUの激情を孕んだ双眸が光り、言葉が激流となった。
「だってホラ、姫路城には
耳を塞ぎたくなるほどの度を失った声が響く。
「まあまあ、元気出しなよ、TAZUちゃん!」
泣きじゃくり始めたTAZUを励まそうと、さらちゃんが懸命に笑顔を作る。
プリンも困ったような顔をして、
「……私はそのウィキペディアというのに載っているの?」
そんなことをみらいちゃんに訊き始めた。
「……確認した。歌女の項目なし。ついでに、ミズガミナリも……」
「そういうことよ。TAZU。私も残念ながらウィキペディアには載っていない知る人ぞ知るあやかし……。だから、落ち込まないで。あなたの仲間はここにいるのだから」
儚げな日本美人がそっとTAZUを慰める。
「ううっ……そんな励まされ方、初めてよ……。同情するならバズをちょうだい!」
その瞬間だった。
鬼屋敷さんの目の色がほんの少し変わった気がした。
「……TAZUさん。あなたの夢、忘れられたくないという思いはよく伝わりました。ですから、提案があります」
「な、何?」
「TAZUさんもヤタガラスエンタテイメントのアイドルになりませんか?」
「な!」
TAZUが目を剥いて驚いた。わたしたちも同じだ。
「TAZUもメンバーに?」
「ええ。TAZUさんの能力には、この僕も一目を置かざるをえません。活躍の場を、ぜひとも与えたいと思っているのですよ」
「アタシが、アンタたちと同じアイドルに……」
TAZUのガラス玉のような目に、わたしたちの顔が映り込む。
「うんうん! TAZUさんと一緒なら、すっごく楽しくなりそう」
「ワシも異存はない。TAZUのダンスの才能を食らいつき、我が物にしたいくらいだからな」
「みらいがもっと目立たなくなるなら……それでいい……」
「へっ、仲間になるってんならこれからも相手してやるぜ、お姫様」
「……今回はダンスだけだったけど、私はあなたが歌うところも見てみたいわ」
どうやらみんな歓迎ムードのようだ。
TAZUは思案顔を作っていたが、しばらくしてから呼気を小さく吐き、
「わかったわ。勝負に負けたら、捕虜となるのが戦の鉄則だものね」
変に大袈裟なことを言いながら、TAZUははにかんだ。とても愛嬌のある笑顔だった。
「アンタたちの力、利用させてもらうわよ」
優雅に身を翻して、TAZUが鬼屋敷さんと握手を交わす。気高く可憐な印象を与えるその相貌が完全復活。新宮市のあやかし、丹鶴姫がわたしたちの仲間になった瞬間であった。
「あはは! やった! またメンバーが増えた!」
ぴょんぴょんと兎のように跳ねて喜びを表現するさらちゃん。
「フフ、本当にファンキーな子たちね。飽きそうにないわ」
TAZUの呟いたその言葉を聞いて、わたしの体に電撃が駆け巡った。
「ん、ファン……キー……?」
こめかみに指を立てて、ぐりぐりと動かし頭に刺激を送る。
「どうしたの、ゆめみ」
プリンの目には奇行に見えたらしく、心配そうな顔を作らせてしまった。
「いや、いい響きだと思って。ファン……キー。ファンは楽しむ、キーは紀伊……昔の和歌山の呼び名……。そう、ファンキーズ! わたしたちの名前、ファンキーズにしない?」
「なるほど。和歌山を楽しむという意味と、イカすというファンキーをかけているんですね」
鬼屋敷さんも目を輝かせ、わたしの提案を気に入ったようだった。解説されるとちょっと恥ずかしいのは御愛嬌。
「なんか、球団みたいじゃね? まあ、いいけどよ」
そのえぐみの苦言にわたしはうっと唸った。
「あはは。昔から球場によく行っていたから、その影響かも……」
「私は気に入ったわ。ゆめみ」
「あ、ありがとう。プリン」
「でも、ときどきでいいから『あやかしまし娘』のことも思い出して」
「グループ名の初期案だったっていつか発表しよう……」
くすくすと笑うプリン。まあ、彼女も受け入れてくれたようで万々歳だ。
「他のみんなはどう思う?」
そう尋ねるとさらちゃんは豪快に首を縦に振り、ななきさんもみらいちゃんも頷いてくれた。
どうやら異論なし、ということで決着のようだ。
わたしたちの名前――ファンキーズ。新宮から帰るときに、おいのさんにも伝えておこうかな。
にやにやしていると、鬼屋敷さんが手を叩いて注目を集める。
「ではさっそく、七人並んだ状態で写真を撮ることにしましょう」
「うん、TAZUの好きなこの場所で!」
昼と夜が交差する夕暮れ時。丹鶴姫が現れると伝えられるこの時間に、わたしたちは――ファンキーズは肩を並べて笑顔満開。
新たな仲間と、グループ名。こうして大きな収穫を得たわたしたちは次のステージに立つのだ。
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