SHINING

「フルマラソンリレー部門、一位は見事な走りを見せたチーム『ファンキーズ』のみなさんです!」


 午後三時三十分。まだ熱気が冷めないどころか暑くなるこの時間にファンキーズは表彰式のステージに立っていた。絨毯爆撃のような拍手喝采を聞きながら、大会実行委員会の方から表彰状を受け取ったのは今回の最大の功労者みらいちゃんだ。


「ファンキーズのみなさんはご覧の通り、和歌山を応援するために結成されたアイドルなんですね」

「あっはい! とても個性的なメンバー七人で組みました。歌にダンスにミュージカルにマラソンに、なんでもこなすあやかしアイドルですっ!」

「とても頑張り屋なんですね」


 声を弾ませてあやかしアピールをするが、華麗にスルーされてしまった。 


「さて、優勝したチームには所属している企業や趣味などをPRする時間が与えられますが……」


 にやりと悪魔のようにTAZUが笑い、ステージのマイクに向かって大声で叫ぶ。


「フフ、優勝記念に一曲披露するわよっ! しっかり聞いてよね!」

「そう、ファンキーズのみなさんはこの瞬間のために、練習を重ねてきたらしいんです。それでは、みなさんも応援よろしくお願いします!」


 司会の方もぱちぱちと拍手をしてわたしたちのライブを歓迎してくれた。呼応するように、今回のイベントの参加者や観客たちが沸き立つ。この人たちが、わたしたちのお客さんとなり、ファンとなるかもしれないのだ。

 鬼屋敷さんがあらかじめ用意してくれた曲が、会場のスピーカーを通して流れ出す。

 フルマラソンリレーとは別に温存していた力を振り絞って、わたしたちはライブに臨んだ。


「では、聞いてください。ファンキーズで『わかやまゲッター!』」


 わたしたちは愛らしい笑顔とともに、語りかける。

 さあ、あやかしたちが夏を刺激する!



「みんなー! 和歌山のこと、どれだけ知っているー?」

「岡山じゃないよ、和歌山だよっ!」

「森や川や海、自然はもちろん、いろんな観光地もあるわ」

「色や文化も……盛りだくさんっ!」

「オレたちと一緒に、和歌山の全てを遊びつくそうぜ!」

 

 いやしの国 きのくに わかやま

 僕らの誇りのふるさとをここに歌おう


 紀州徳川 吉宗も生まれた和歌山市 根来塗生まれた 岩出市

 猫駅長と走るよ貴志川線の 紀ノ川市

 フルーツいっぱい かつらぎ町 柿の味は日本一 橋本市 

 真田幸村も過ごしていた 九度山町 豆腐 くうかい? 高野町

 紀州漆器だ 海南市 夜空が綺麗な 紀美野町 

 蚊取り線香発祥のまち 有田市 醤油発祥のまち 湯浅町

 みかんが弾ける 有田川町 白崎幻想 由良町

 稲むらの火祭り 広川町 くえっとクエ食え 日高町

 備長炭の 日高川町 日ノ御埼で夕陽を 美浜町 

 日本最古のシンデレラ宮子姫の 御坊市 かえる大橋見守る 印南町

 南高梅発祥 みなべ町 

 熊楠 弁慶 清姫 水軍 温泉 古道! 何でもあります和歌山の中心 田辺市

 ひょうたんと親しむ 上富田町 

 パンダが癒すよ 白浜町 イノブタ走るよ すさみ町

 一枚岩天柱岩虫喰岩 自然が芸術 古座川町

 本州最南端の海の町 サンゴもさんまも 串本町

 くじらが潮吹く 太地町 落差日本一那智の滝 那智勝浦町

 神武天皇も徐福も上陸 神話と現代が交差するまち 新宮市


「わかやまゲッター」


 それは和歌山の市町村全ての名前と特徴を歌詞にした和歌山応援ソングにしてふるさと自慢ソング。

 子供にもお年寄りにも覚えやすい歌詞とインパクトを心掛けて鬼屋敷さんが作詞した歌だ。

 わたしたちは身振り手振りを添えて「わかやまゲッター」を歌い切る。

 あと数秒。わたしたちの掛け合いでこの歌は終わりだ。


「って、わたしたち何か忘れていない?」

「日本唯一の飛び地の村。そして和歌山唯一の村、北山村!」

「おいでよ和歌山ーっ!」


 天高く拳を突き上げる。歌い切った。踊り切った。やり切った。

 わたしたちのミニライブが、終わった。

 快哉と熱狂が暴風雨のようにわたしたちを襲う。雨の中傘を差さずに踊っているような心地良さだった。

 そして――

 雲一つなかった蒼穹に、一握りの曇天が生まれた。それは中に天空の城がありそうなほどの積乱雲だった。

 その真っ黒な雲の中で、ぴしゃりと雷が咆哮する。

 それはまるで天の拍手。

 わたしの胸がざわめいたし、「彼女」はわたし以上に感づいたようだった。


「お姉ちゃん……見て、いてくれたんだね」


 感極まった声を聞き、わたしも晴れやかな表情を浮かべるのだった。




 天然のプラネタリウムを背景に、寄せては返すさざ波が環境音。

 沸き立つ湯気が心を解し、温かな恵みが命を癒す。

 もはや細かな感想など不要。ただただこの言葉だけを吐こう。


「はあ~、極楽極楽……」


 ここは南紀白浜温泉。日本屈指の古湯だ。日本書紀にもそう書いてある。

「パンダラン」でのフルマラソンリレーで優勝し、ミニライブも成功させ、わたしたちファンキーズはそのまま田辺市のお隣、白浜町の南紀白浜温泉で今日一日の疲れを流し落としていた。今晩はこのままホテルで一泊し、英気を養うつもりだ。

 歌女であるプリンが加入した日も渡瀬温泉に浸かったけれど、今日はあのとき以上に疲れたので言葉が出ない。それは、他のメンバーも同じで、


「はあ……」「あはは……」「うむ……」「…………」「すう……すう……」


 何も語らずに存分に南紀白浜温泉を堪能していただけだった。特にみらいちゃんは力を使い切ったからか、今にも寝てしまいそうな顔をしている。わたしはただ、湯船で溺れないか見守ることに徹した。


 温泉を出たあと、浴衣に着替えオーシャンビューの和室へと向かった。

 そこで待っていたのは紀州船盛料理と海鮮鍋。これまた豪華としか言いようのない料理にわたしの目がきらんと光った。


「今日は本当に、本当にお疲れ様でした。今回の経験はファンキーズの大きな前進になったかと思います。このままの勢いで『和歌山ドリームフェス』優勝も狙いましょう」


 ほくほく笑顔で着流し姿も似合う鬼屋敷さんがこの場の音頭を取る。


「これだけのご褒美があるなら、がんばった甲斐がありましたよ」

「ささ、しっかり食べるわよ、みんな! 乾杯!」


 席に着き、わたしたちはお酒ではなくみかんジュースで乾杯。

 わたしは箸を手に取り、どれから口に入れようか迷っていると、向かいの席のTAZUに電撃が走っていた。


「これは……! 宝船よ!」

「へ……?」

「和歌山の豊かな自然と風土が黄金のように煌めく……。ぷりぷりっとした弾力の伊勢海老はサンゴ。幻の魚とも言われるクエの刺身は上品で味わい深く、白身は羽衣を纏った弁財天のような美しさ。そして、本マグロのコクと深みは王者の風格で、まさに金銀財宝。一口食べれば雄大な熊野灘の光景が瞼に浮かぶ! ああ、黒潮が運んだ宝船がここにあったのね!」


 わたしは呆気にとられた。さらちゃんやえぐみも笑いを堪えるのに必死のようだ。


「TAZU。何を言っているの?」


 そう尋ねると、彼女はむっと柳眉を吊り上げた。


「はあ? 食レポよ食レポ。アイドルなら、いつかは仕事でやるんだから今のうちに練習しておかないと損損。ほら、プリン。あなたもやってみなさい」

「……今のアイドルにはそんな仕事もあるのね」


 小さく息を吐きながら、プリンも船盛料理に手を付け、もぐもぐと味わい始めた。


 やがて、かっと目を見開くと、桃色の唇を潤わせて、


「ぷりぷりと 伊勢海老運ぶ 海の幸」

「って誰が一首詠めって言ったのよ!」


 そんな彼女たちの和気藹々とした姿を肴にして、わたしは船盛料理に舌鼓を打った。うん、うまい。シンプルにそう思った。


 さて、紀州船盛料理を味わい、あとは就寝し夢の世界へと旅立つだけ……。

 和室には布団が敷かれ、えぐみやみらいちゃんはとっくに横になって眠っている。


「…………」


 このときは、ガールズトークも何もなく消灯となった。疲労感も充実感も限界突破しているので、目を閉じれば五秒で快眠できそうだ。

 そう思った次の瞬間には、わたしの体は舞台の上にあった。

 どこかのステージで、わたしはマイクを握り、歌って踊っていた。歓声を浴び、わたしの心は高揚した。

 夢だ。夢の中で夢だとわかる夢。とても甘く、心地良い夢。

 いつか見た夢。いつまでも見ていたい、夢。

 だけど突然、映写機からフィルムが外れたように、わたしはその夢から醒めてしまった。


「ん……?」


 薄暗い和室。ファンキーズのメンバーが仲良く眠っているけれど、違和感がある。


「プリン……?」


 彼女の姿が布団から消えていた。きっと、彼女がいなくなったから、部屋から抜け出したから、わたしは目を覚ましたんだ。


「プリン……どこに……?」


 急にわたしは心細くなって、彼女を探すために部屋をそっと抜け出した。

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