第31話 対話不能
その場の誰もが、目の前の現実を受け入れることができなかった。
「夢でも見てるのか、私は」
背後でイクモさんが小さく呟いた。それが、その場の総意だった。
「●●●!!」
画面の向こうの生物は何かを伝えようとしてきているようだ。
となれば、こちらも困惑し続けているわけにもいくまい。
エリントン中佐はマイクをオンにした。
「こちらはサーレ国防軍所属の宇宙船、G九型六番船長、ネビル・エリントンである。そちらの所属と目的を述べよ」
一同、息を飲む。
しかし、相手側から帰ってきた反応は、沈黙だった。
代表者であろう謎の生物は、周りの同族と謎の言語で会話を始める。こちらへの対処を考えているのだろう。
こちらもいつまでも放心しているわけにもいくまい。
僕はエリントン中佐に声を掛けることにした。
「逃げましょう」
「何?」
彼は僕が声をかけてきたことが意外だったようで、怪訝な顔をしてきた。
「会話の通じる相手でないことは明確です。そして、見た所軍備には大きな差があり、戦闘が開始されれば撃墜されるのは確実。今すぐ一目散に逃げるべきです」
「何を……軍規では所属不明の宇宙船と接触した際はまず対話をとなっているのだぞ?」
「今はそんな場合ではないでしょう。こちらには巫女様がいるのです。回避できるリスクは全力で回避すべきです。今すぐご決断を」
「ええい黙れ!船長は私だ!相手の反応を待つべきだと私が言って……」
「対象、動きあり!」
オペレーターが叫び、一時会話を中断してモニターを見る。
謎の生物の中でも艦長であろう生物は僕らを指差していた。
「●●●●●●●」
そして、最後まで理解できない言葉を残し、通信を切断してきた。
「なんだったんだ……」
エリントン中佐はそう言うが、僕はその言葉の勢いに攻撃的なものを確かに感じていた。
それは、同じように戦闘的な勘を持つものであれば皆感じるもの。サガミさんは巫女様を連れて船室方向に向かい、他二名は画面を睨みつける。
同時のこと。
「敵艦隊、謎の飛翔体を発射しました!あれは……戦闘機です!見たことのない型だ……」
見ると、発射された二メートルほどの飛翔体は、機銃を取り付けられたジェットエンジン付きの球体型をしていた。
その胴体から細い足が伸びており、その様は蜘蛛をイメージさせる。
「エリントン中佐!出撃命令を!」
「あ、ああ……総員、戦闘準備!飛行戦力は出撃し、当宇宙船の逃走を補助せよ!」
「「はっ!」」
ようやく機能し始めたが、遅い。
中佐は忙しく指揮を始め、船は大きく進路を変えて回避行動に入った。
何が戦士の質の低下だ。マニュアルにも適応外はあることを軍では教えていないのか?
いや、戦争などしばらく起きていなかった上に今はその上を行く不足の事態だ。仕方ないのかもしれない。
皮肉なことに、結局裏切り者であるベスマン元中佐の教えに活かされているのだと痛感させられた。
僕は指示を仰ぐため、神官に混じってツルギさんの元へ向かう。
「教会の者も同様です!備えの戦闘機に乗り、敵に対処するのです!」
その声を合図に、全員格納庫へと走っていく。
「ベルーゼさん、あなたもですよ」
「これからどうするんですか?」
「やれるだけのことをするのみです」
ツルギさんとイクモさんも格納庫へ向かった。
敵の発射した蜘蛛型戦闘機の数は、とても数えられるようなものではない。一〇〇は超えているだろう。
正直、逃走を成功させることは非常に困難だ。最悪の事態も考えなくてはならない。
「あれ?」
気づけば、手が震えていた。
命を賭けた戦いは初めてじゃないはず。なのに、この震えはなんなのか。
「っ……」
それを振り払うように、僕も格納庫へ駆けた。
教会の神官兵たちは既に戦闘機に搭乗を済ませ、発進準備を整えていた。
動きも早い。
オペレーションルームであたふたし、今もなお戦闘機『蝙蝠』に乗ることに手間取っている国防軍よりよほど軍らしいではないかと思わされた。
僕は機械獣に乗り込み、調和を開始する。
以前よりも体に馴染んでいる気がした。
「久しぶりだね。ごめん、いつもピンチばっかだ」
一人呟き、カタパルトに機体を取り付ける。
サガミさん以外の侍女も皆戦闘機に乗ったらしい。
相手は暫定一五〇程度。対してこちらは二〇弱。笑えるほどの戦力差だ。
そして、通信機からツルギさんの声が響く。
『出撃!!』
「了解」
強烈なジェット噴射とともに宇宙船から射出される。
「うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」
即座に機銃をばら撒き、三機撃墜。
僕に気づいた戦闘機が射撃を加えてくるが、流石の機械獣。速度が段違いであり、弾丸は数メートル先を通り抜けていった。
その隙に宇宙船からは続々と戦闘機が射出され、攻撃を開始する。
圧倒的機動力を誇る夜叉がこの状況ですべき動きは撹乱だ。
敵陣を縦横無尽に舞い踊り、爪で撃墜を重ねていく。
しかし、そのうちに違和感を感じた。
「弱い……いや、軽い?」
知的生命体が操っているにしては随分とお粗末な動きだ。
だが、爆発を免れた敵機体を見て、疑問は解消される。
「誰も、乗っていない……?」
敵の放った戦闘機は、全て自動操縦で動いていたのだ。
それは戦闘機に乗る神官たちも勘付いたようで、敵機は勢いよく駆逐されていった。
だが、相手は知的生命体。
モニターに映った敵のオペレーションルーム、その一部でしかないが、それなりの数の兵がいたはず。全てが無人などと言うことは……
「まさか、陽動!?」
振り返ると、背後の宇宙船の近くには、色がより暗く見えにくい、ステルス型の戦闘機が僕らの宇宙船に接近していた。
「くっ!」
間に合うかは一か八か。
僕は全力で機械獣を引き返させた。
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