第19話 知らない天井
知らない天井だった。
戦場から謎の花畑に飛ばされたと思えば、今度は灰色一色コンクリート。
どうやらベッドに寝かされているようだ。体を起こそうとしてみるが、強い痛みに襲われた上に、全く動かない。
ベッドに拘束されているようだ。
しかし、この痛みだ。
どうやら僕は生きているらしい。とすれば、さっき見た景色は、夢だったのだろうか。
いや、それは考えても仕方ない。今、この状況は何なのかを探らなくては。
「起きたか」
声の方に首を向ける。鉄格子を挟んで、二人の男と一人の女性がいた。
一人は叔父、シドウ。もう一人の男は初老で、正装姿をしている。
唯一の女性はと言うと、際立って異様だった。
見た目は非常に若い。そして見たことのない、薄い桃色の羽織るような服を纏っていた。その女性は黒いストレートな長髪を後ろで一つに纏めており、僕を冷たい目で見つめている。
彼女は一歩前に出ると、淡々と告げた。
「ランデ・タチバナ。あなたは日輪教の保有する神造兵器を無断で使用した容疑がかかっています。そのことで、至天の御方が一人、巫女様は非常にお怒りであられます」
「巫女様……?」
起き抜けに大量の情報を叩き込んでくる。
まず、僕の状況からして、国防軍の地下牢に捕らえられている、と言ったところか。
先の戦いで紫電砲を撃ち、そこからの記憶がないため、おそらく気絶し、ここに運び込まれたんだ。
そして、あの機械獣は教会が隠し持っていたモノ。それを勝手に使った上に、僕はそもそも奏士として登録すらされていない。捕らえられて当然、と言うわけだ。
しかし、その罪は至天民にとって思った以上に重いらしい。
使いを出すこと自体が非常に珍しいことだ。
エルツにいた頃からサーレの前に姿を現すことは絶対になかったし、使いの頻度も一〇年に一度あれば多い方だった。
すると、今度は叔父さんが一歩前に出た。
「どんな事情があったにせよ、お前は兵士であるにも関わらず機械獣を行使した。性能も何もかもわからない、未知の機体をだ。そして強引な紫電砲の使用。今回の戦闘においてお前の功績は大きいが、厳罰は避けられない。最悪、銃殺刑もあると心得ろ」
いつもの叔父としてではなく、軍人として、シドウ大佐は冷徹に告げた。
覚悟はしていた事だった。無我夢中であったとは言え、組織に所属している以上、軍規は絶対だ。
すると、初老の男が軽く手を挙げた。
「そろそろいいかね」
「は。ではランデ。次会う時は法廷だ」
シドウは退室して行く。女性は少し後ろに下がり、男性は長く伸びた髭を指で弄びながら、値踏みするようにランデを眺めた。
「まずは初めまして、と言っておこうか。私の名はヒムラ。サーレ国民議会の議長を勤めている」
大佐の地位にいるシドウがあの態度であったのだ。
この男性が余程の地位にいることは容易に想像できた。しかし、議会の議長であるとは流石に驚かされる。
「私が今日ここにいる理由は、君に五日前の事を聞くためだ」
「五日前?」
「ああそうか。君はずっと眠っていたのだったね」
「まさか……私は五日間も眠っていたのですか?」
ヒムラ議長は無言で頷く。
「五日前、叛逆者シエル・コーサカによって探知レーダーを破壊された事により、人類は容易にセイレーンに接近。奇襲により我々は甚大な被害を被った。だが、君が機械獣で放った紫電砲と、突如始まった人類の撤退により、何とかセイレーンは陥落を免れる事が出来た」
安心した。今生きていることからセイレーンの無事は半ば確信していたが、言葉で言われるとやはり違う。
あの後素直に撤退してくれたと言うことは少し意外だったが、現状は落ち着いているらしい。
「そこで、君にあの機械獣について問わねばならない。あれは、一体何なのだ?適性のない君がどうして操れた?それらを、事細かに教えて欲しい」
「……その結果、どうするおつもりなのでしょうか?」
「当然、教会に返して頂きます」
返答したのはヒムラ議長ではなく、女性の方だった。発言から、教会関係者である事は間違いないだろう。
「それを決めるのは、我々議会だ」
「セイレーンとサーレ全体にここまで甚大な被害を与えておきながら、よくもそう吠えられますね」
ヒムラと教会の女は睨み合う。議会と教会は仲が悪いという話は有名であった。
サーレがエルツにいた頃は教会、及び至天民による支配が続いていたが、セイレーンに移って以降軍を持つ議会が力を持つようになり、政治の権限のほとんどが議会に移ったのだ。
元々サーレの前に姿を現さない事もあってか、至天民は信仰の象徴としての役割に留められ、教会が持つ実際の権限は大きく引き下げられていた。
その因縁が、一〇年続いているのだ。
「まぁ良い。とりあえず彼の話を聞かないことには何もできないのだ。では、どういう経緯で君があの機械獣を操ったのか話してくれ」
「わ、わかりました……」
それから僕はモモらと共に戦闘機で移動したこと。教会でシエルと戦闘し、逃してしまったこと。その後敵兵に遭遇し、漆黒の機械獣に救われたこと。何故か操縦が可能でそのまま戦闘したこと……クレアのことは敢えて黙っておいたが、その他は全て正確に伝えた。
二人は終始黙って聞き入り、時折メモを書いていた。
「以上です」
「なるほど。しかしランデくん。話してもらってすまないのだが、君の拘束は続けさせてもらう。君にはシエル・コーサカの協力者である容疑もかけられているからだ。また、先程タチバナ……ああ、シドウ君が言っていたように、軍規違反も重なっている。君の裁判は後日行われるから、それまでは大人しくしているように」
ヒムラはそれだけ告げ、襟を正してから去っていった。
そんな彼を一瞥してから、教会の女は僕を見つめた。
黒い瞳は、内なる本性を探ろうとしているようだった。
「私、アズサ・ツルギも至天の巫女に代わり、翌日の裁判には立ち会います。では、失礼」
ツルギ、と名乗る教会関係者は牢獄を出ていった。
牢獄は静寂に包まれる。
仲間の安否もわかりはしないが、まずは自分の進退について考えなければなるまい。
自分は間違ったことをしていないという確信だけはあった。
誠意を持って、応えるのみだ。
裁判は明日。
地下であるためか、窓はない。今が昼なのか夜なのかもわかりはしないが、体が動かせない今、できることは何もない。
ただ、ツルギさんが言っていた、至天の巫女という言葉に、何かただならない嫌な予感を感じた。
***
「では、被告人、前へ」
後頭部に銃を突きつけられたまま、牢獄を出る。
長時間の拘束によって身体はうまく動かないが、当然そんなことには御構い無しだ。
法廷では、僕を囲うように半月状の長机が置かれていた。
そこに一五名、正装をした者が座っていた。
「では、裁判を開始する。裁判長は私が務めよう」
中央、ランデの正面に立つ男はヨシナリ・ヒムラ。サーレ国民議会議長を務める、実質僕らサーレのトップである。
それだけではない。周りには名だたる軍の名将、議会議員などセイレーン最上位層の者たちが集っている。
ヒムラ議長の隣には、昨日出会ったツルギさんもいた。
この裁判は普通ではない。
今更ながら、僕はそれを再確認させられていた。
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