第20話 想定外の乱入

 

「まず、罪状を」


 ヒムラ議長の声を聞き、一人の男が席を立った。

 彼の名はヘイロ・カジ。

 サーレ兵士軍最高位であり、三人の大将の内一人だ。

 隻眼であり、黒い短髪と眼帯が印象的な、痩せぎすな男であった。


 彼は低く掠れた声で僕の罪状を告げていく。

 基本は先日聞いた内容と同じであり、主に機械獣に関する軍規違反が語られていった。


「軍法三四、六七、六九に則り、ランデ・タチバナには銃殺刑が妥当であると言える」

「っ……」


 当然、といった表情をするツルギさん。教会にはかなり嫌われてしまったらしい。

 そこに、一人の男が手を挙げた。


「ホンゴー大将。発言をどうぞ」


 議長の許しで立ち上がった大男は、ジョー・ホンゴー。奏士三〇〇を束ねる大将だ。

 右腕と右足が義肢となっているが、真紅の眼光が放つ覇気は尋常ではない。

 癖のある赤髪を背中まで伸ばしており、体格もいい。その場でもトップクラスの存在感を誇っていた。


「だが、今回タチバナ准尉が建てた功績は大きい。彼の戦闘と紫電砲がなければ、被害はもっと大きくなっていただろう」

 

 どうやら奏士としては擁護側に立ってくれるようだ。これは叔父が頼み込んだのかもしれない。


「それは結果論にすぎません。教会の代表として、神の御使いであるあの機械獣を無断で使用した者を許すことはできません」


 反論し、立ち上がったツルギさんは臆することなくを睨んだ。ホンゴー大将も引きはしない。


「そもそも、あの機械獣は教会が議会の承認もなく独自開発したものとのこと。そんなものを隠し持っていたこと自体が、教会の議会に対する裏切りではありませんか?

 加え調査した結果あの機械獣は機能の過剰搭載でそもそも誰にも扱えないような代物になっていたそうではありませんか。そんな置物にしても趣味が悪い機械獣を、いざ動かせばお怒りになるとは。それでは至天民の器が知れてしまうと言うものでしょう」

「なっ……なんという侮辱!至天の御方々に向かい、神をも恐れぬ発言です!いくら大英雄などと呼ばれていようとも、撤回なさい!!」


 驚いた。至天民に対してその発言はあまりにも無礼だ。ツルギさんの怒りも尤もである。

 しかし、怒り心頭な彼女を黙らせるように、彼は大声で告げた。


「私はベルーゼ准尉には利用価値があると踏んでいる!」


 その威圧感に、流石のツルギさんも冷や汗を流したようだ。

 そこに、ホンゴー大将は続ける。


「あの超大型機械獣の調和レベルは計器の限界、一〇を超えている!だが、それだけに確かに強力だ!ベルーゼ准尉の調和レベルは確かに低いが、何故かあの機械獣を操れることができる!そして、それができる者は現状彼以外いない!

 ならば殺すのはあまりにも惜しい!調査し、他に転用できるかを調べなくてはならない!そして、彼にも戦場に出て戦ってもらわなければならない!

 人類との戦いを勝利で終わらせるには、使えるものは全て使わねばならないのだ!」


 それはツルギさんに言っているというよりは、その場の全員に言っているように思えた。

 

「軍用物として扱えるようになった以上、教会に預けておくわけにもいかない。議長、奏士軍は彼の身柄と超大型機械獣の引き渡しを要求する。但し、彼の軍規違反は重大である。よって、彼には今後懲罰任務を与えていく。それでいかがでしょうか?」


 凄い。

 気づけば誰もが彼の放つ空気と言葉に呑み込まれていた。


 そして、完成した空気はそう変わるようなものではない。ツルギさんは唇を噛み、僕を睨みつけた。


「……反対の者」


 ヒムラ議長の言葉で手を挙げたものは、ツルギさんのみであった。


「まさか貴様ら、初めから……!?」


 彼女の悔しそうな表情を一瞥し、ヒムラ議長は僅かに口角を挙げたように見えた。

 軍の面々も不満そうな顔一つない。

 それどころか、安心したようにも見えた。


 そうか。

 僕は軍に引き入れられ、恐らく英雄に祭り上げられるのだ。

 今回の事件では、軍部の中から裏切り者を出し、大損害が出た。故に教会はそれを糾弾し、軍、その上にある議会の立場を奪うことで再び政治の主導権を奪おうと使者を出したんだ。


 議会と軍は当然それに気づき、結託して僕を擁護した、と言うわけだ。


 完全な出来レース。

 しかし、状況も状況だ。不利なのは軍であることに違いない。

 ツルギさんがより高レベルな交渉人であれば、あるいは僕は本当に殺されていたかも知れない。


「判決を下す!ランデ・タチバナの身柄は奏士軍に一任!機械獣は奏士軍の保有物と……」


 ヒムラ議長が判決を下すその直前、裁判所の扉が開いた。

 言葉は中断され、全員が扉を見る。


 裁判所に入ってきたのは、ツルギさんと同じ格好をした女性が二人。


 そしてその奥に、服の構造自体は似ているが、あしらわれた何色もの花の意匠が明らかに他と違う、市女笠をかぶった女性が一人立っていた。


「教会関係者でこの場に参加して良いのは、アズサ・ツルギ女史のみのはずですが?」


 ヒムラ議長が現れた女性を睨みつける。

 が、派手な服を着た当の本人は意に介さず……と言うよりは、意味がわからないという様子で首を傾げた。


「これ、。あの不躾な視線を送ってくる者は誰ですか?」


 よく通る透き通った声。

 彼女はゆったりと、しかし格式のある立ち振る舞いで裁判所の中央、僕の横にまで歩いてきた

 。

 誰もが突然現れた彼女らに困惑する中、ツルギさんだけが慌てて彼女に向けて頭を垂れた。

 そして、次に放たれる言葉に、一同は目を見開かされる。


「至天の巫女様!何故このような穢れた地へ!?」


 至天民の中でも、神……即ち太陽に対話する能力を持つとされる巫女。

 その位は、至天民の中でも至高。

 このセイレーンにいるサーレの頂点が彼女だと、ツルギさんは言ったのだ。


「巫女の地位に据えられたものの、こうして下層の者の前に身を晒すのは初めての事。妾を知らぬ無礼も許しましょう」


 薄い垂れ布を少し退けると、雪のように白い肌、よく映える艶やかな黒い長髪が覗いた。

 格好こそツルギさんたちに似てはいるが、精緻に彫られた彫刻かと見違えるほどの美貌、夜を思わせる黒い瞳の高貴さは、彼女らとは格が違う。


「妾の名は、カグラ・イスルギ。其方達が至天民と呼ぶ者たちの、頂点に立つ者です」


 その場の全員が驚愕に身を凍らせた。

 至天民がサーレの前に姿を現したことは記録上ただの一度もなかったこと。

 加えて、その言葉が真実であるのならば、その巫女はまだ一五に届くかという程度の子供であった、ということだからだ。


「先の話は聞いていました。神の御使を無断で使用したにも関わらず、実質無罪の上に御使まで自らの手に収めようとするとは、なんと浅ましきこと」


 するとホンゴー大将は立ち上がり、カグラ・イスルギと名乗る至天民を見据えた。


「裁決は成された。いくら至天民であろうとも、譲ることはできません」


 誰もが押し黙る中、言葉を発する胆力は流石のもの。しかし、至天民はそれを鼻で笑って見せた。


「黙りなさい。あなたに拒否権などないのです。妾がこんな下賎な地に降り立った意味を、其方らは理解できぬのですか?」

「何?」


 絶対に姿を見せてこなかった至天民の中でも、その象徴たる存在がここにきて姿を現したその意味。

 考えれば、すぐに分かることだった。


「妾は至天民の内より神に選ばれ、全サーレに再び神の加護を与える為に下層に舞い降りました。これからは、妾が全サーレの長となるのです」


 さも当然のことのように言い放った。ヒムラ議長は立ち上がり、声を荒らげる。


「至天民よ!それは議会の仕事です!今更教会などに……」

「其方らは大戦に敗北し、今回も内部から裏切り者を出したことにより、甚大な被害を与えました。そんな者達と至天の民達、民衆はどちらを信じるでしょうか?それに、何か勘違いをしているようですね」

「勘違い……?」


 至天民は手を広げ、高らかに宣言する。


「セイレーンの舵を握っているのは至天民です!そして、妾が今ここで其方らに破門を言い渡した瞬間、このセイレーンに其方らの居場所をなくすことも容易!これまでは民の意を汲んで勝手を許してきましたが、それももう限界です!」


 日輪教の破門とは、サーレの世界において死に等しい。政治力という点では劣っていても、民衆の心にある太陽信仰は根強いのだ。


「とは言え、政治はとりあえず議会に預けたままとしましょう。妾はその政治を監督する立場に留まります。ですが、わかりますね?」


 それは、下手な動きをすればいつでも議会を全員追放できるというカグラ・イスルギからの……延いては、至天民から告げられたメッセージであった。


「あなた方は……至天民は、ランデ・タチバナをどう処分するつもりなのですか」


 叔父さんは、それでも声を上げてくれた。

 至天民は薄く笑い、冷酷に告げる。


「当然、極刑に処しますとも。ふふ、それはもう残酷に、ね」

「っ!!」


 その瞬間、凄まじい殺気が場を包んだ。


「シドウ、抑えろ。至天民の前だ」

「……すみません」


 ホンゴー大将が叔父さんの肩に手を置いた。

 流石の至天民も、その殺気には怖気付いたようで、驚愕したように叔父さんを見てたじろいでいた。


「あ、貴方……なんですの?」

「巫女様、あれはシドウ・タチバナです。奏士の中でも最強という噂も立つほどの戦士とのこと」

「くっ……まぁいいでしょう。この場は許します」

「は。誠に申し訳ございません」


 叔父さんは深く頭を下げた。

 しかし、獣のような闘気は消えていない。

 破門のリスクがありながらも、僕のためにと動こうとしてくれたのだ。そのことに、場違いながら涙が出るほどの喜びを感じた。


「話は最後まで聞きなさい。妾が知るところではありませんが、確かに機械獣を製造すれば、貴方たち軍に報告するよう規定されていたのもまた事実。

 故に、その者の罪ばかりを責め立てるのも至天民の器が知れてしまう」


 皮肉げにホンゴー大将を見てから、至天民は告げた。


「よって、ランデ・タチバナと機械獣『夜叉』は、至天民の預かりとする。これは命令です」


 あまりにも横暴な言い分だ。

 しかし、もう誰も彼女に向け、何かを言うこともできなかった。

 この場は年端もいかぬ至天民の少女によって、完全に支配されていたのだ。

 こうして僕の身は銃殺刑でもなんでもなく、教会に預けられることとなったのだ。

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