第21話 至天の巫女
――――居住層郊外、日輪教教会本部、メイア大聖堂。
広大な敷地に建てられた、非常に大きく、美しい、均整の取れた白銀の大聖堂。
その眼下に広がる噴水庭園。もはやその姿は宮殿と言って差し支えない。
その最上階にある、おそらく教会内でも最上級の者しか滞在することができないであろう部屋に、僕は連れられていた。
「申し訳ありませんでした、巫女様!」
「アズサ、そんなに気に病まなくても良いのです。貴方は指示に従った。その結果あのような結果になっただけのこと。妾が下層に下る承認を得られたのもほんの数刻前のこと。貴方一人に負担をかけすぎました」
「そんなことはありません。すべては私の失態で……」
「これから忙しくなるのです。いつまでも気にしていないで、次のことに備えなさい」
「は、はい……」
至天民最高位、"巫女"であるカグラ・イスルギは、拘束された状態のままの僕を連れ、居住層を少し外れた場所にある教会総本部に向かった。
部屋には至天民と三人の侍女と僕。
跪かされ、眼前に置かれた椅子に座る至天民に見下される形となる。
「それでは本題……貴方について話していきましょうか」
そう言い、至天民は市女笠を取った。
先ほどよりも顔がよく見える。
確かに美しく整った絶世の美女ではあるのだが、どこか子供らしさを残した顔立ちであるとわかった。
まだ幼い。中等学校くらいの年齢だろう。
とはいえ、相手は至天民の中でもさらに選ばれた存在。
自分が罪人としてこの場にいることを考えると、何が起きても大丈夫なよう心構えをしておこう。
「そう警戒しないでください。教会は貴方に危害を加える気はありません。それどころか、今後は親しくしていかねばならないのです」
「親しく……ですか」
相手は至天民。自分とはあまりにも立場が違う。
そんな存在が自分にそんなことを言ってくる理由とすれば、一つしかない。
「はぁ……大変不本意ながら、貴方には今後新設される予定の教会軍、『太陽騎士団』の一員になって貰います」
「教会が軍、ですか……?」
僕自身、武力として使われる予想はしていた。
しかし、それは精々用心棒程度のものかと思っていた。
武器はこれまで議会が敷いた方に則って、教会であろうと無断の所持は禁止されてきた。
そンな状況で教会が軍を作り出すなど言語道断だ。
そんなことをすれば議会との対立は決定的となってしまう。
それを理解しているのかしていないのか、そのまま至天民は続けた。
「妾もあの日……天を衝く雷を見たのです。紫電が憎き人類を灰すら残さず消し去る様は、心の晴れるものを感じました。
しかし、同時に憤りを感じました。貴方たちはただの機械獣と考えているようですが、あの機械獣は神の御使い、『夜叉』と伝えられていた神造兵器なのです。
その所有権は当然教会にあります。それに、今封印を解かれ、サーレにお力を貸してくれるのは教会にこそ軍事力を与えるべきという天の意思に違いありません」
「神の、意思……?」
確かに、あのタイミングで意思を持った機械獣が僕を救う、なんて話は神様が起こしたとしか言いようがないほどの奇跡だ。
「夜叉とは、一体どのような機械獣なのですか?」
「貴方に質問の権利は与えていませんけど……まぁいいです。
機械獣は七年前に開発成功し、初めて戦略的に使用されたことは知っていますね?
ですが、機械獣の構造自体は、サーレがエルツにいたその時から完成されていたのです」
「機械獣の理論を?一体なぜ戦前から……戦闘はなかったはずですが」
「それは妾にはわからぬことです。ですが、機械獣が公的に開発決定される以前に、二機は確実に製造されていたことは確定的。一機はあの日、サーレがエルツの地を敗走した時、見た者も多いでしょう」
僕はサーレを乗せたセイレーンを守った化物の伝説を思い出した。
「あれが、最初の機械獣だったというのですか?」
「そうです。そしてもう一機存在する原初の機械獣、それがあの夜叉なのです。
機械獣の原案は、元来至天民が保有していたもの。教会の持っていた技術を総結集し、夜叉は生み出されます。
しかし、調和レベルは測定不能なほどに高い一〇オーバーになってしまった。故に、あの機械獣は教会に安置され、担い手が現れるのを待っていたのです。
……まさか、至天民ではなくサーレの一般兵が担い手になるとは思いませんでしたが」
至天民は浮かない顔だ。
そんなにも高い調和レベルを、どうやって僕が出すことができたのか、という疑問は結局解消できなかった。
「夜叉は至天民の中から現れる担い手が操るものとされてきました。妾も当然そのように教育を受けてきた。
故に妾は初め、其方の処刑を推しました。救世主が、教会関係者でもない一般の、しかも議会の息がかかった一兵から生まれるなど、許しがたい冒涜です。
しかし……他の至天民はあなたを利用する方針に決定しました」
「……そうですか」
わかっていたとはいえ、こうも正面から否定的な感情をぶつけられると傷ついてしまう。
「いくら妾が最高位、巫女であるとはいえ、総意には敵いません。それに、至天民が言うことも一理あります。この場で貴方の首を刎ねようなどとは考えていないので安心してください」
「それは……ありがとうございます?」
ここまで来るとどのように反応すればいいのやら。
至天民は立ち上がり、窓から街を見下ろした。
僕もつられて外を見る。戦いの疵痕が、強く居住層には残されていた。
「もっと、綺麗なものだと思っていたのですけれどね」
そしてその横顔には、一瞬だけ悲しそうな色が刺した。
しかしそれもつかの間、僕に向き直った彼女の目は変わらず、威圧的だった。
「セイレーンは、このままでは沈む。民の心も折れてしまう。
今必要なのは、力。いつ現れるかわからぬ救世主を待ってなどいられない。
時にはメンツよりも、プライドよりも、そして信仰でさえも裏切らねばならない。
その赦しを神に乞うことが、妾に課せられた使命の一つでもあるのです」
自分の使命を、受け入れているのか。
彼女は若い。まだ一八の僕から見ても子供だと言える。
だが、自分の役割を理解し、本当に自分の意思でそれを成そうとしているのだろうか。
そのことが、僕には疑問だった。
「故に妾が……至天民の代表である、この巫女が命じましょう。
これから貴方は、教会の人間として生きなさい。そして、太陽騎士団の戦士として、サーレの為に戦いなさい」
何か答えねばと口を開くが、何も言葉が出てこない。
神職者になることは、サーレにとって非常に栄誉あることだ。それは軍人であっても同様で、退職後はその道を目指すものが多いくらいだ。
しかし、僕は軍で、あの戦友たちと肩を並べて戦いたい。叔父さんの力になりたいという一心でここまで努力してきたんだ。
なんの奇跡でもいい。僕は奏士としての適性まで手に入れられた。だというのに、教会の新設軍で何をしろというのか。
心ではそう強く抵抗するものの、逆らえる立場ではない。
無言になる僕を見かねたか、至天民はため息をついた。
「今すぐに何かをしろというわけではありません。ですが、この命に背くというのなら、其方の命の保障はできません。話は以上です。
アズサ、彼の拘束を解きなさい」
「かしこまりました」
ツルギさんは僕を拘束していた手錠と足枷を外した。
「貴方の部屋は、ヒバナに案内を頼んであります。妾は少し疲れました。退室なさい」
「……拘束を外されても、よろしかったのですか?」
僕はこれまでサーレの国防軍であった身。ここで暴れれば、三人の女中と一人の少女など簡単に制圧できる。
巫女の命が危険とは考えないのだろうか。
「これは、妾から其方にできる最大限の誠意、と捉えてください。それに……ふふ、貴方が何をしようとどうすることもできませんよ」
根拠はわからないが、その言葉には絶対の自信が感じられた。
教会には、まだ僕が知らない何かがある。
それを知るまでは、下手に動くべきではないか。
「……わかりました」
ここで暴れたところで先はない。僕はすでに教会に身柄を引き取られている。退路は断たれているのだ。
「今は体を休めることです。これからは長い旅となりますから」
「長い旅……?」
不穏な発言に思わず聞き返すと、至天民は笑って見せた。
「ひと月後、妾たち教会勢力は新プラント建設計画の視察のため、長期宇宙航行を行い、惑星『レイス』へ向かいます。当然、貴方もね」
驚愕する僕を置いて、運命は光のような速さで回り始めていたのだった。
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