第4話 怒りの空戦
パラシュートで脱出を試みようとして、モモは空中から飛来する敵機を見て、絶望した。
機体の損傷に加え、先ほどの戦闘の負担もある。三機を相手にして勝つことはまず不可能だ。
脱出、はできそうにない。パラシュート落下などすれば格好の的だ。とすれば、生き残るには一つ。
「応答求む!こちらモモ・サガラ少尉!救援を求む!頼む!応答せよ!」
通信機に呼びかけるが、応答する気配はない。この区域はセイレーンでも端に位置している。中心部防衛に主力である国防軍は割かれているのだろう。
――――ここまで、か。
モモは自身の死期を察した。
天才だ、未来の英雄だ、などと言われても、このような状況になれば呆気ないものだ、などとどこか他人事のように思えていた。
家族を守るために、自分で志した兵士の道だ。悔いはない。
ただ……
『兵士の中で一番だなんてすごいわ!ねぇお父さん!』
『ああ、お前は俺たちの誇りだ!』
『それに比べてお父さんは万年客の少ないアクセサリー屋だなんてねぇ』
『ああ!?母さんそりゃないだろう!』
「っ!!」
ここを守っていたと悟らせるわけにはいかない。
避難所があることがバレてしまう。だから、移動中だと思わせなくては。
しかし、とはいえこの辺境にまで敵の手が及ぶのはなぜか。
攻撃に来ているのであれば、敵の本陣、つまり中枢部を叩けばいい。そうしない理由は、何がある。
例えば、"捕虜の確保"や調査。
セイレーンの攻撃と同じくらい、人類はサーレを、もしくはこのセイレーンの在り方を調査したがっているのではないか。
ならば、あの敵機を放置すれば、避難所を捜索し始めてしまう――――!!
それを思った時、モモの脳裏には両親の笑顔が浮かんだ。
父の作ってくれたネックレスを握りしめ、覚悟を決める。
避難所の存在を悟らせず、かつ未来に繋ぐ行動をとる。それは並大抵の難易度ではない。
だが、自分にならできる。自分にしかできない。
「は、はは……」
乾いた笑い。恐怖は、不思議と忘れられた。
「ああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
全力で舵を切った。方角は思い出の学び舎。無意識だったが、日常に戻りたいという願望の反映でもあった。
加速に加速を重ねる。しかし帝国機の機関銃が容赦無く機体を襲った。
――――この機体は、傷つけさせない!
モモは自身の"調和能力"を全開にした。
感覚が梟と同化する。銃撃をギリギリのところでなんとか躱し、進む。
「ぐああああっ!!」
機体の損傷を抑えることを重視していたためか、コクピットに被弾した。
見れば、左半身は無残に吹き飛ばされている。あまりの衝撃と痛みで、モモは気を失った。
担い手を失った梟はそのまま真下へ落下していく。
『敵機、撃墜』
『了解。周囲に敵なし。降下し、調査を開始する』
帝国機パイロットは追撃せず、自身の任務に復帰する。
もはや落下は必然。見届けるまでもない。
「まだ、死ねないのよ……」
だが、モモの目は死んでいなかった。
気力で目を覚まし、調和で機体を制御。
「止まれえええええええええええ!!!!」
戦闘機梟は、ゆっくりと地面に着陸した。
「ごふっ……」
血が、止まらない。内臓の損傷も激しく、吐血が鬱陶しい。
だが、残る生命を振り絞って、調和を機体に注いだ。
動かせる部分を動かし、機体の損傷部に応急処置を施していく。
暇だからって、技士の教本も読んでおいてよかった。それに、動力部はなんとか守りきれた。
ただ、この機体であの三機を屠ることなどできるのだろうか。
そもそも自分の意図に気づき、梟を回収しに来てくれるのだろうか。
「モモ!!」
その不安は、ランデの声によって取り除かれた。
距離が近いわけではなく、ただ同級生の仲でしかない男の声が最期とは、なんともロマンがない。
「うっ……うぅっ……」
モモ・サガラは、その鼓動が止まる瞬間まで、少し、泣いた。
***
モモの亡骸は、悲惨なものだった。
左半身は機銃で吹き飛ばされており、顔は苦痛に歪んでいた。
頬の涙をそっと拭う。近い仲ではなかったものの、同期の死を眼前にすると、冷静ではいられなかった。
吐き気を抑え、彼女を梟から下ろす。右手は固く、胸に下げたネックレスを握っていた。大切なものだったのだろう。
「ありがとう、モモ。あとは、僕がやるよ」
梟に乗り込むと、驚かされた。
損傷箇所がある程度処置されている。あれほどの戦闘や攻撃を受けてもこの少々具合はあり得ない。
「すごいよ、君は」
小さく賞賛を送り、操縦桿を引いた。
***
『降下を開始する』
『ん?いや待て。敵機発見。一機、しかもさっきと同機体だ』
『愚かだな。たった一機で何ができる』
『油断するな。冷静に対処するんだ』
***
発見されたか。だが、頭はやけにクリアだ。
機関銃の掃射を急上昇によって躱す。
三機の新手。モモを殺した敵だ。数の差と機体スペック。まともに戦えば、勝機は皆無と言っていい。
目を閉じ、調和を開始する。こと調和に関して、僕は最底辺のレベル一。だが、エルロンの制御のみに集中すれば、三次元的に起動させることくらいはできる。
機体を捻らせ、敵を睨む。
一対多の状況では離脱こそが最適解だが、下には友と、守るべき孤児院の……こんな僕を慕ってくれる子供達がいる。
ならば、答えは一つ。
この戦闘機に乗った瞬間から、覚悟はできていた。
「この……クソ人類どもがぁッッッ!!!!」
速度を上げ、敵機三体の合間を縫うように動き回る。露骨な時間稼ぎだった。
通常の戦闘機であればとっくに蜂の巣だっただろう。穴に糸を通すように、弾幕をかいくぐっていく。
「おお……おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
咆哮し、自らを鼓舞した。
死んでも、必ず眼前の三機だけは道連れにしてやる、という強い意志の籠った叫び。
致命傷を避け、一撃離脱を繰り返す。
割れたコクピットから受ける風圧で視界が定まらない中、一つ一つ、丁寧に狙いを定める。
――――まず、一機!
機関銃が啼く。
命中した弾丸はエンジン部に刺さり、帝国機の一気は空中で爆散した。
「うがああっ!」
その隙を逃さず、他の二機からの銃撃が右翼部に命中。警報が鳴り響いた。
「くそっ!くそっ!!」
機体は限界だ。墜落は避けられない。これが最新式の戦闘機であれば、などという空論を捨て、自分のライフルを手に取る。
この状態からライフルを放っても当たる確率は低い。
それでも、このまま落ちることだけは認められなかった。
スコープを覗き、回転しながら落下していく自機から、帝国機の一つに狙いを定める。
「らああああああっ!!」
命中したかどうか、僕には確認できなかった。
だが、接近し、確実にトドメを刺しに来た戦闘機の存在を確認し、血を滾らせる。
身体能力の高さは、叔父譲りだ。梟を蹴り飛ばし、全力で跳躍する。
そして腰から蛇腹剣を引き抜き、調和する。
同化した剣はワイヤーのように敵機に突き刺さり、確認と同時に自分の体を引き上げた。
コクピットに張り付くと、パイロットは驚愕に身を震わせていた。
窓ガラスを叩き割り、蛇腹剣を振り上げた。
「待ってくれ!やめろ!」
「死ね」
首を跳ね飛ばす。
これで、直近の敵は撃墜しただろう。
あとは国防軍がこちらに援軍を寄越すのを待つしかない。
「あとは……頼む」
担い手を失った機体が地面に激突する数瞬の間、僕はカナタに願いを託した。
***
「――――デ!」
「ぅ……ぁ……?」
「――――――ランデ!!起きてランデ!」
自分は死んで、今目の前にいる少女は天使なのだろう。
鈴の音のような、美しい声音。柔らかな手のひらは、そっと僕の頬に当てられていた。
しかし、この煙の匂いは、間違いようもない。
起き上がろうとすれば全身を迸る、この激痛は本物。
「生きてる……?」
「ランデ……よかった……」
泣きべそをかきながら、僕を抱きしめるその少女を、僕は知っている。
「クレア……?」
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