第3話 未来の英雄


「モモ、左だ!」

「了解!」


 カナタの声に反応し、モモは機体を急速旋回させる。

 機関銃の弾が空気を切り、真横を通り過ぎていった。


「ぐっ……流石に重量が」


 作戦開始から二分。既に僕らサガラ班は会敵し、先頭にもつれ込んでいた。

 人類の使う戦闘機は、形こそ梟と似ているものの、エンジン出力やスペックが大きく異なる。

 加えて相手は数も多い。僕らは三機に背後を取られていた。


「くっ!」


 モモは錐揉みになることで被弾を抑え、煙幕を放ち、背後を撹乱する。

 だが、これも時間稼ぎにしかならない。状況は圧倒的不利だ。


『どいてろ』


 そこで通信機から声が聞こえる。

 同時に背後へ迫る敵機へ銃弾が撃ち込まれ、爆砕された。

 上空を見上げると、赤い星の紋章が刻まれた戦闘機『隼』の姿があった。


「国防軍だ!」


 思わず歓喜の声を上げてしまう。よかった。援軍だ。


『ガキども、ここは俺たちが食い止める。お前たちは先に行け』

「はっ!ご助力、ありがとうございました!」


 モモは短く礼を言い、目的地へと舵を取った。


「タケウチ技士!報告を!」

「動力部は無事!しかし損壊箇所多数!このままでは長く保ちません!」


 タケウチが戦闘機の状況を確認し伝えると、モモは下唇を噛んだ。


「だが、目的地はもう目前だ!低空飛行で行く!パラシュートの準備を!」

「はっ!」


 モモの指示に従う。これからは地上戦だ。

 自分の剣を握りしめ、"調和"の調子を確認する。剣は呼応し、小さく鉄の音を奏でた。落ちこぼれの僕でも、今日は何とか動かせそうだ。

 コックピットの先を見ると、ようやく見慣れた景色が目に入った。


「見えた、孤児院だ!」

「総員!落下用意!」


 僕はパラシュートを背負い、落下の準備を整えるが、カナタは不審そうにモモを見た。


「モモ?パラシュートを早く背負えよ」

「……私は、まだ背負わない」

「え?」


 班員全員がモモを見る。


「私はこいつで空を警戒する」

「何を言ってるんだモモ!この戦闘機は損傷が大きい!長くは飛べないってタケウチ技士も」

「ランデ、そう熱くならないで。危なくなったらすぐに離脱する」

「けど……」

「私はこの班の班長よ。それに、これが最適解よ」


 モモの覚悟は固いようだ。

 カナタは僕の肩に手を置き、モモを真っ直ぐに見据えた。


「死ぬなよ」

「そっちもね」


 その言葉を最後に、開いたハッチから僕らは飛び降りた。


 パラシュートを展開し、地上へ。

 爆撃で街は壊れていたが、逃げ遅れた人は見当たらない。どうやらこの地区はスムーズに避難ができていたらしい。


 剣を抜き、避難所へ走る。

 空を見上げると、敵機が一機、モモに向かって正面から向かっていた。


「っ!!」


 だが、今の僕にできることは、地上で一般人を守ること。剣を握りしめ、再び駆けた。




 ***




「これでいい」


 モモは一人つぶやいた。

 彼女が両親とともに住む家もまた孤児院の近く。ランデの予想通り、班は全てそれぞれの住居が近くなるように編成されていた。

 当然不安はあるが、彼女は自身の仲間を信じている。


 その要因として大きいのが、ランデ・タチバナの存在だった。

 目立った生徒ではなかったが、コーサカ中佐に目を掛けられていただけあり、一対一の格闘能力が非常に高い。

 座学は平均的だが、兵法だけは好成績だ。指揮能力が高く、自分の代わりに活躍してくれると踏んでいた。


 同班のカナタ・アラキと親友であり、物腰も柔らかいため、後輩であるタケウチ技士との連携も取りやすい。

 自分は最優などと持て囃されてはいるが、それゆえに近寄り難さを感じさせることも多い。

 それならば、航空戦力として自身を残し、他に地上を任せる、という形式が適切だと考えたのだ。


「っ!?」


 その思考の刹那、直感がわずかに機体を動かした。


「やはり来たか!」


 操縦桿を握りしめ、正面から飛来する敵機を睨みつける。

 先ほどは国防軍の助けがあったとはいえ、こちらの向かった方角は報告されていただろう。

 ならば、敵機がここに訪れるのもまた必然であった。


 エンジンが轟音を鳴らし、梟は速度をドンドンと上げていく。


 互いの銃撃を紙一重で躱し、二つの機体は交差した。


 黒塗りの双翼が鈍く光る、小型ジェット機。そこには羽ばたく鳥をモチーフにしているのであろう紋章が刻まれている。人類の――――"ユーステヒア帝国"機だ。


 背後を取られるわけにはいかない。

 大きく旋回するが、それは相手も同様。空中をぐるぐると回る。

 しかし、スピードは圧倒的に人類側が上だ。いずれ追いつかれてしまう。なら、こちらは小回りで勝つしかない。


 機首を一気に上へ向け、上昇させる。強烈なGが身体にかかり、ギシギシと身が軋んだ。

 予想外の動きではあった。しかし、ここに攻め入る人類とて、訓練を積んだ航空兵。そう簡単に背後を譲りはしない。

 永遠にも思われる旋回戦に突入し、互いの銃弾が何度も翼を掠めていく。


 このままでは消耗戦だ。

 活路はどこにある。見出せ。ここで落とされれば、仲間の、家族の身が危険に晒されるのだ。


 モモは操縦桿をさらに強く握り、急ブレーキを駆けた。


「おおおおおおおおおおっっっ!!」


 帝国機に乗る軍人は、眼前のサーレ機が速度を落とした様子を確認した。


 諦めたか。

 帝国軍人は無慈悲にも機関銃を放つ。勝利は確定したかに思われた。


「何っ!?」


 だが、不思議と弾は一発も当たらない。

 焦りつつも、自分はまだ有利だと言い聞かせ、攻撃を続ける。

 しかし、やはり一発たりとも命中しない。


「何だ、あの動きは!?」


 モモは六つのエルロンを自在に操り、急降下、ゆるりとした上昇、かと思えば一気に機体を左右に振る、などして銃弾を舞うようにしてかわしていた。



 ジェット機には不可能であるはずの挙動が繰り返され、低速であるにも関わらず、標準がまるで定まらない。それは揺れ落ちる木の葉を連想させた。


 そうしてかわしていれば、いつの間にか二機の距離は目前に迫っていた。

 そこで帝国軍人はようやく敵の意図を察する。

 体当たりによる相打ちである。だが、サーレのパイロットに大した力量はない。

 そのような相手に相打ちを取る気など、到底なりようもなかった。


 上昇か下降の二択。思考できる時間は一瞬だったが、帝国軍人はしっかりと梟のエルロンが上昇の予備動作をしていることを確認していた。

 日和ったな、と、帝国軍人は思った。ならばこちらは下から腹部に機関銃の雨を叩き込んでやろうと下降を選択。


 ――――そしてその選択に、モモの唇がわずかに歪んだ。


 モモは自機を下降した帝国機に覆いかぶさるようにぶつけた。

 衝撃が両機の機体、そしてパイロットを襲う。


「馬鹿な!ありえない!上昇の兆しは見えていた!あそこから下降を選択できるはずがな」


 そこで帝国軍人は出撃前、話半分に聞いていた、サーレに関する"噂話"を思い出す。


『サーレには、物質を生物のように操る力がある』、という噂を。


「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 人間は断末魔の叫びを上げる。

 モモの機体に圧迫された帝国機はとうとう道路に激突。

 振動で帝国軍人が気を失ったことは、きっと幸いだった。


 削りに削れ、帝国機が動力部を晒すその瞬間。モモは操縦桿を引き上げ急上昇。同時に帝国機は爆発した。


「はぁ……はぁ……勝ったっ!!」


 モモは勝利の咆哮を上げた。



 ***




「すごい!」


 タケウチは興奮気味に空中のモモを称えた。初めての戦闘とは思えないほどの機体制動。加えて冷静な判断力には感嘆せずにいられない。


 未来の英雄。


 彼女を表す言葉に、最もふさわしい言葉だと感じた。

 しかし、梟は限界のようで、体勢を維持するのがやっとという様子。早くパラシュートで脱出しなくては、いつ墜落してもおかしくない。


「……なんで、降りてこないんだ?」

「違う、降りられないんだ」

「え?」


 隣のカナタは顔を青くして、肩を震わせていた。

 再び空を見上げる。モモの機体の、そのさらに上に広がる影。

 帝国機三体が、モモを捕捉していたのだ。


 その一瞬後、全てを燃やし尽くすかのように煙を吐き、モモの梟はあらぬ方向に向けて加速した。

 しかし、無慈悲にも機銃に向けられた梟は……


「モモォォォォォォ!!!!」


 煙を吐きながら、落ちていった。


「くっ……ランデ、タケウチ!避難所に戻れ!」

「ああ」


 握りしめた拳からは血が流れ出た。

 彼女は、自分がここを守っていたわけではなく、移動中だったと見せかけるために、自機を加速させたのだ。

 下手に外に出て、避難所の位置を知らせるわけにはいかない。彼女の死が無駄になる。


「そんな……サガラ先輩が、そんな……」


 タケウチは放心状態になってしまった。

 そうか、これが戦争なのか。


 だが、何か違和感がある。何かが引っかかる。


 ――――そうだ、あの機体は、なぜ爆発していない!?


「ごめんカナタ。ここは頼む!」

「おい!ランデ!?」


 思わず駆け出した。

 モモは無意味なことをする兵士ではない。ならば、あの機体はきっと、まだ動く。

 上空の敵機がこの避難所を発見する前に、梟に辿り着かなければ!

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