第2話 戦闘準備

 冷静に、深刻に告げられた大佐からの命令は、その場の全員を凍らせた。


「嘘だ……」


 シエル・コーサカ中佐。

 士官学校で教官を務めていたということももちろんあるが、国防軍の最強部隊、"奏士"のエースが叛逆者となった、などという事実は、あまりに衝撃的だった。


 当然、僕もそれを信じられない。だってあのコーサカ中佐が。

 そんな理由も、素振りも全くなかった。

 つい先日、僕に激励の言葉をかけてくれたんだ。何かの間違いに決まっている。


『これからの指揮は奏士新兵をカイト・アラキ!兵士部隊をモモ・サガラ、技士をケンタ・サトウが指揮せよ!直ちに行動開始!すでに戦争は始まっている!』

「「はっ!!」」


 上がる心拍数。

 隠しきれない動揺。

 だが、聞こえ始める戦場の音は、無理にでも僕を冷静にさせていく。

 コーサカ中佐のことは一度考えないようにするしかない。


「技士も前線に出るのか。全くとんでもないな」


 ケーコもなんとか笑って見せているが、目が笑えていない。

 そう、動揺しているのは僕だけじゃない。この不足の事態に加え、教官の中に裏切り者が出たという衝撃をなんとか堪え、戦場に赴く覚悟を決めようとしているのだ。


 これも、コーサカ中佐の厳しい教育の賜物かと考えると、皮肉が過ぎるようにも思える。


 カラムから指揮を執るよう命じられた三人は、集まって話し合いをしている様子。彼らは主要三兵科でトップの成績を残した者だ。

 この場での指揮は彼らに任せるほかない。


 短い作戦会議は終わったようで、サガラさんが先頭に立って今後の指示を始めた。


「命令にあった通り、これより兵士と技士は四人一組となり、非戦闘員の保護に当たる!各々直ちに武器庫に向かい武装せよ!では、班員と担当地区を発表する。まずは一班――――」


 次々と班が発表されていく。僕は兵士からサガラさん、カナタ、技士からは一つ下の少女、ナオ・タケウチが同じ班となった。


 担当地区は、馴染みの深い孤児院の側、つまり僕の家の近くでもある。

 孤児院で暮らすカナタと同じ班な点を見るに、どうやら住所で班を分けているようだ。

 そのほかの班も、基本は数の多い兵士を三人、サポートとして技士を一人つけるといった形態を取っていた。

 一方、奏士は奏士同士で二人一組のバディを組み、各方面にバラけ兵士と技士の班を補助する方針だ。


「ランデ」

「カナタか」


 声に振り向くと、背後にはカナタが立っていた。

 彼は僕が幼い頃からの付き合いで、親友とも呼べる存在だ。

 金の単発は彼の溌剌さを表しているが、翠玉のような瞳にいつもの覇気はない。


「チビたち、大丈夫かな」

「ああ。けど避難所は遠くない。早く向かって、僕らで守らなきゃ」

「それもそうだが、お前、大丈夫か?ひどい顔してるぞ」

「……ごめん。今はしっかりしなきゃいけないのに」

「いや、無理もないさ。お前は特に中佐と仲が良かったからな」

「今でも、信じられないよ。何かの間違いのはずだ」

「だけど、至天民の勅命とまできてる。相当確信的なものを、上層部は持っているんだろうな」

「それでも、僕は中佐と話がしたい」

「……ああ。そのためにはまず」

「今のこの状況を乗り切らないと、だね」


 班分けを行うモモを見る。

 彼女は兵士訓練生の中でトップの成績を誇る上に、その美貌と誰とでも分け隔てなく接する態度から、同期全体に信頼されている才女だ。

 そんな彼女と同じ班なのは幸運だ。それだけ生き残る確率が上がるということだからだ。


「あ、あのっ!」

「ん?君は……」

「ナオ・タケウチです!今回先輩方と同じ班となりました!ど、どうぞよろしくお願いします!」


 こちらに敬礼する三つ編み眼鏡の気弱そうな少女。

 僕は話したことがないけれど、彼女が僕らの技士、ということになるのだろう。


「よろしくな、タケウチ」

「よろしく」


 カナタが手を差し伸べ、握手する。僕も同じように手を差し伸べた。


「その、先輩は……コーサカ中佐と親しかったんですよね」

「え?ああ、そうだね」

「私も機械獣の整備について何度かお話しさせていただいたんですけど、すごく優しくて、とても裏切るような人に思えなくて……私……」

「今は、あまり考えないようにしよう。これからは戦争なんだ。まずは自分の命のことを考えよう」

「は、はい……」


 だが、心中穏やかでない様子はありありと見て取れる。

 コーサカ中佐はそれだけ訓練兵にとって大きな存在だったのだ。


「お役に立てるよう、頑張ります!」

「うん、気負わず、いつも通り行こう」


 技士は基本兵器などの整備や修理を担当する兵だ。前線に立つことは滅多にない。

 そんな技士でも前に出なければならないほど、今、事態は追い込まれている。


「ランデ、励ましながらそんな顔をしない」

「モモ?」


 班分けが終わったらしい。気づくとモモは僕の肩に手を置いていた。


「心配しないで。私たちがやるのは避難民の防衛と指示だから。そうしている間に、きっと国防軍が敵を駆逐してくれるはず」

「……うん、そうだね」


 だが、国防軍の主力は宇宙で戦っている。こちらからの救難信号が届いていたとしても、戻ってくるには最速で数時間はかかるだろう。

 駐在兵の戦力がどれほどかはわからないが、決して楽観視はできない。


 僕に笑いかけた後、モモは周囲を見渡し、顔合わせが終わったことを確認した。


「総員、行動開始!!」


 モモの声に合わせ、兵士と技士の皆はそれぞれの担当地区に向かうべく、ドッグへ向かった。

 当然軍の設備など学校にはない。よって、訓練用戦闘機を使用する。

 しかしこちらは数が限られているため、遠方へ向かう一五の班以外使うことはできない。

 当然、台数がないため、四人で一台に乗る事になる。かなり狭い。

 サガラ班が真っ先に訓練用旧式戦闘機一八番、通称『梟』に乗り込んだ。

 この機体は八年前、人類の持っていた技術を流用して作られた最初のサーレ専用戦闘機だ。

 見た目はただの枯葉色のジェット機だが、取り付けられているエルロンが通常の位置の他、翼の前と胴体部の上と下、計六枚取り付けられている。


「発進!」


 激しいGに耐え、機体は浮かび上がった。

 背後を見ると、続々と梟が飛び立っているのが見えた。


「いくよ!」


 モモがハンドルを押し倒すと、機体は加速し、一直線に僕らの居住区画へと向かっていった。




 ***




 夜空のように深く澄んだ黒髪をたなびかせ、女は走っていた。


 こんな予定はなかった。平和交渉を行うように、と彼女は念押ししていたはずなのに、この大惨事だ。

 泣き叫ぶ子供に、震える老人。焼死体の、不快な臭いが突き刺さる。


「ごめんなさい……っ」


 この光景を生み出した張本人が自分であるという自覚はある。だが、足を止めることはできない。

 自分が、止めなくては。この無意味な殺戮をやめさせなければならない。それが、自分の行動に対する責任だからだ。


「はぁ……はぁ……着いた」


 事前に調べていた成果もあり、彼女は誰も知らない、このセイレーンからの出口を知っていた。

 血が滴る。かなりの失血だ。気を抜けば、今にも気を失いかねない。

 目的地である建物の扉を開く。そこには、大聖堂の奥には、恒星とそれに向けて祈る女神の像がある。

 その台座の裏に、隠し扉があるのだ。




「――――あなたは、それでいいの?」




「なっ!!?」


 彼女は振り返る。背後から、声が聞こえた。

 しかし、そこには誰もいない。隠れる場所もないだろう。


「急がなきゃ」


 透き通った、少女のような声に不気味さを覚えながらも、彼女は隠し扉を開き、階段を下っていった。

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