鉄同盟 -Iron Alliance-

むとう

第1章 国防軍反乱編

第1話 開戦


「総員、敬礼ッ!」

「「はっ!!」」


 教官の一声で、今年度卒業生、計二〇〇名が一斉に敬礼する。

 この日は僕ら、サーレ第三士官学校の卒業式が執り行われる日だ。

 ある者は期待に胸を高鳴らせ、ある者はこの後待ち受ける過酷な戦いの日々に足を竦ませた。


「なぁ、ランデ。何かおかしくないか?」


 そう声をかけてくるのは、隣に立つ友人、ケーコ・シーナ訓練兵……否、少尉だ。

 いつも活発で男勝りな姉御肌の女だが、その瞳は疑念に揺れていた。


「今、教官のお話中だよ」

「そんなこと言って、お前も気づいてるだろ?」

「……確かに、教官の数はいつもより少ないな」

「あんたのコーサカ中佐もいないしな」

「中佐は僕のなんかじゃない」

「怒るなよ。けど、やっぱりおかしいだろ」


 確かに、ケーコの言うことは外れていない。

 例年、この卒業式は全ての教官が参加し、その門出を祝うものだった。それなのに、今は教官全体の三割程度しか参加していないように思える。

 その参加していない人の中に、恩師であるコーサカ中佐がいないのもまた事実だ。


「気にしても仕方ない。今は式に集中しよう」

「そうか?あたしゃ嫌な胸騒ぎが止まらないけど……」

「珍しい。ケーコがそんな態度なんて」

「余計だ」

「ごめん」


 日頃からこのくらい大人しいと助かるんだけどな、という言葉は飲み込んだ。

 それに、元気がないのはケーコらしくない。

 僕は一人の、無口な小さい修道女を思い出し、少し笑った。彼女ほどおとなしくなられても困る。

 けど、後で卒業した挨拶でもしに行こう。もしかしたら祝いの品でももらえるかも知れない。


「そこ!何を話している!?」

「やっべ」

「シーナ。それにタチバナ……お前たちはいつもいつも」

「申し訳ありませんクドウ教官。全てシーナのせいであります」

「そうそ……ってランデ!てめぇ!」

「うるさい!卒業式でも黙ってられんのか!」

「卒業式で大声で説教する教官も教官だろ……」

「聞こえているぞシーナ!後で指導室へ来い!」

「い゛い゛っ!?」

「ばーか」


 間抜けなやつだ。


「タチバナ!貴様もだ!」

「なんで!?」


 僕たちはいつもこのように、ある程度馬鹿やって、ある程度真面目に日々を過ごしてきた。


「ははっ、何やってんだあいつら」

「まーたやってるよ」


 今日で、この学び舎も卒業だ。けれど、この先もこんな風に日々が続いていく。続いていけばいい。

 そして、いつか。

 いつか僕らの故郷、その雄大な大地を再び踏みしめることができれば、最高だ。


 そんな風に。




 ――――あまりにも、僕は戦いを甘く見ていたんだ。




 ***




『――――目標、ロックオン。情報に相違なし。惑星間移動要塞、セイレーンを捕捉』

『了解。全隊突入準備。……発射用意』

『準備完了。いつでも』

『了解。発射五秒前』

『…………』


『四……』


『三……』


『二……』


『一……』




『……零。これより作戦を開始する』




 ***




 激震。

 一瞬遅れて爆音が、セイレーン全体を包んだ。


「どわああああああっ!!」

「なんだっ!?」


 これほどの揺れは、経験したことがない。

 きっと、セイレーンそのものが大きく傾いたレベルの衝撃だ。だが、これまで稀に傾くことはあっても、これほど唐突で、これほど激しく揺れたことは今までになかった。

 なんとか体制を整えた後、少し時間をおいて警報が鳴り始めた。

 だが、この音は聞いたことがない。

 ……いや、正確には訓練以外では聞いたことがないその警報は、外敵の襲来を知らせている。


 そして、この広大な宇宙空間で、いきなりこちらを狙い撃ちする動機、それが可能な技術を持っているのは――――!




「ニン……ゲン……っ!!?」




 空を見上げる。人口大気の揺らぎ。雲の移動が、ある一点に向かい急速に早まっていく。その中心点を注意して見ると、そこから無数の黒点が飛散していく光景を確認できた。


『全サーレに告ぐ!指定の避難所に退避せよ!繰り返す、避難所に退避せよ!』


 アナウンスが居住区全域に広がる。僕らは士官候補生ではあるが、新兵な上に丸腰だ。敵の機関銃に掃射されればすぐに全滅する。


「急ぎ校舎に入れ!」

「くっそぉ!!どうなってんだ!!」


 教官の指示のもと、リーシャと共に校舎へ向かって駆ける。異常事態であった。

 現在は戦時中。とはいえ、戦線は遥か遠くで展開されているはずだった。

 この状況と教官の不足という要素が、最悪の想定を組み上げていく。


「軍が、負けたのか……?」

「馬鹿なっ!?」


 混乱に騒めく校舎の中でも、リーシャのその言葉はやけにはっきりとランデの耳に届いた。我らが国軍が負けるなどあり得ない。

 だが、無抵抗で侵入を許す、などということはさらにあり得ない。

 僕らのいるセイレーンという要塞の周囲には満遍なく衛星が配置されているはず。敵の接近に気づけないはずがない。

 つまり、この事態は軍が戦い、敗北した結果なのではないか。だとすれば、教官がいないのにも納得できる。撤退戦の英雄、ベスマン中佐がいないのも当然だ。


『士官候補生の諸君に告げる』


 不安が汗となって背筋を伝う中、学校に低い男の声がアナウンスで響いた。


「タチバナ大佐だ!」

「叔父さん……」


 一安心した。叔父は無事らしい。

 その叔父――――シドウ・タチバナ大佐は、軍の上層部、その一人として、ゆっくりと、事態を伝え始めた。


『現在、我々は人類によって襲撃を受けている。しかし、軍は敗れてなどいない。これは、内部からの裏切り者が、セイレーンのレーダーを破壊したことによる、奇襲攻撃である』


 騒めきはさらに大きく広がった。

 内部からの裏切り者など、今まで出たことがない。調和さえしてしまえば嘘は全て見抜かれてしまう。

 スパイ活動など不可能と誰しもが思い込んでいたのだ。


『サーレ防衛軍大佐、シドウ・タチバナが命じる。諸君は現時刻をもって士官学校を卒業。学校に備えてある武器を取り、非戦闘員を防衛せよ!』


「っ、まじかよ……戦えってのか?」


 リーシャの声が震える。彼女を含め、この場の全員が戦慄した。

 ランデたちはまだいい。だが、この場には卒業を来年に控えているはずの後輩もいるのだ。

 それを一斉に卒業させ、正規兵として動かさなければならないほどの事態が今、眼前に迫っているのだと、大佐は言ったのだ。


『なお……』


 だが、叔父さんの言葉はそこでは終わらなかった。


『叛逆者シエル・コーサカは現時点を持って階級を剥奪。発見し次第、確実に始末せよ!これは、至天民よりの勅命である!!!!』

「なっ!!?」


 突然の窮地。そして、我らサーレの最高権力者、至天民から下された、恩師の殺害命令。


 この時、この瞬間。

 サーレと人類の、小競り合いなどではない、正真正銘の戦争。


『第二次エルツ戦役』が、開戦されたのだ。


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