第5話 望まぬ再会


「どう、して……?」


 クレア・ヴェール。


 身長はまるで初等学校の子供のように小さく、癖の掛かった栗色の髪をセミロングにしている少女だ。

 そして、僕の幼馴染でもある。

 

「泣いてる……の?」

「っ、泣いてない」


 普段は無表情の彼女が涙を見せるのは珍しい。僕を心配して泣いてくれたのだとしたら、嬉しいと思ってしまった。


「僕は生きてるのか」


 軋む身体を無理やり立ち上がらせる。

 崩れた建物の中らしい。住宅街の中に放り出されたんだ。

 真横には家に突き刺さる帝国軍の戦闘機があった。この戦闘機が下になり、自分を弾いてくれたから生き延びることができた、というわけか。


「どうしてここに?」

「ここ、第一三地区。私の家の近くだよ」

「そうなのか……」


 滑空しながら墜落したため、それなりの距離移動してしまったらしい。

 元の第九地区までは戦闘機なら一瞬だが、徒歩では時間がかかる。


「じゃなくて、避難指示があっただろう!?なんで避難所にいないんだ!?」

「それは……」


 彼女は口ごもる。

 何か隠しているのは間違いない。しかし、今はそれを問いただしている場合じゃない。


「すぐに避難所へ向かうんだ」

「ランデはどうするの?」

「一緒に行くよ」

「じゃあ、避難所についた後は?」


 痛いところを突いてくる。


「ねぇランデ。やっぱり軍なんてやめよう?ランデには似合わないよ」

「今日は、いつもよりたくさん喋るね」

「ランデ!」


 クレアは僕に怒声を浴びせる。

 士官学校への進学を決めた時も、同じように怒られた。


「まだ、お父さんとお母さんの復讐がしたいの?」

「違うよ」

「じゃあ!」

「けど、僕は友達を守りたいんだ。まだ、カナタ達だって戦ってる」

「っ!」


 やるせなさを堪えるように唇を噛み、クレアは俯いた。


 空を見上げる。

 人口太陽はその動きを止めており、非常灯が無機質に居住区を照らしていた。

 その中に、太い緋色の光線を見た。あれは"機械獣"の光だ。この地区での戦闘は、終わっていない。

 調和を用い、折れた骨を無理やりつなぎ合わせ、立ち上がった。


「待って」

「僕は、戦わなきゃ」

「もう止めない。でも、ランデには行かなきゃいけないところがあるでしょ?」


 気づけばクレアは涙を拭い、真剣な眼差しで僕を見据えていた。


「ついてきて。シエルのところに案内してあげる」

「え……?」


 そう言うとクレアは立ち上がり、走り出した。

 彼女は意味のない嘘を吐くような者ではない。だが、コーサカ中佐の嫌疑はまだ軍関係者しか知らないことのはず。


「くそ……」


 悩んでいる時間などない。そばに落ちていたライフルを手に取り、クレアの後を追った。

 

 走る中、燃える家や、焼死体が目に入った。この地区は避難が遅れたのだ。

 しかしここも郊外であり、攻撃も早かったため、現在空爆はない。今のうちに、移動は済ませなくては。


 焦りが冷や汗となって背筋を伝う。すると、クレアは立ち止まった。


「クレア?」

「ここ」

「……ここって、いつもの教会じゃないか」


 クレアの指の先には、彼女の家でもある教会があった。


 僕らサーレには、唯一にして絶対の宗教――――『日輪教』と呼ばれる太陽信仰がある。

 恒星を持たない惑星である僕らの故郷、"エルツ"。

 そこで暮らすサーレが空に祈りを捧げ続けることで、いつかエルツに太陽が生まれ、恵みをもたらすと信じ始めたことで生まれた宗教だ。


 その教主集団にして、サーレの指導者たる存在のことを、『至天民』と呼ぶ。

 上位存在であり神、つまり太陽からの使いである彼らは居住層に降りることはなく、セイレーン最深部にいる、という噂がある程度しか情報はない。

 その姿を見たものはおらず、どんな存在なのか、数は何人なのか、何もかも明らかになっていないのだ。

 しかし、その神秘性が、かえって戦争による不安を抱えた民衆からの信仰を強くした。


 それでも、祈りには偶像が必要だ。

 その結果、今ランデの目の前にあるような石造りの立派な建造物、『教会』が居住層にいくつか作られたのだ。


「って、クレア?」


 いつの間にか、クレアは姿を消していた。

 とはいえ行き先は一つしかない。警戒しながらも教会の重い扉を開けた。


 聖堂内は長椅子が並べられており、壁に散りばめられたステンドグラスが美しく、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 何よりも目を引くのは、この空間の最奥に佇む、六枚羽の女神と太陽の像だ。

 白い大理石で彫られた像は、布を被せただけとも言えるシンプルな装いにも関わらず気品に満ち溢れ、その瞳は教会全体を慈愛に満ちた眼差しで見つめているように見えた。


 その傍らに寄り添うように、クレアは佇んでいた。僕がここに来ると、彼女はいつもそこにいるのだ。

 彼女の元へ歩みを進めると、カーペットに染みを発見した。


「血痕……?」


 よく見れば入り口からクレアのいる台座までその染みは点々と続いていた。


「ここ」


 クレアは台座の裏を指差す。血痕はそこで途絶えていた。


 緊張を押し殺し、そっと台座を拳で軽く叩いた。コンコン、という軽い音が聞こえる。

 中は空洞?台座を調べると、大理石は外れ、道が開けた。その先には、どこまで続くのか先の見えない隠し階段があった。


「こんなものが、この教会に?」

「うん。ずっとあった。私はここに人を入れないように言われてきたの」


 クレアは微笑み、僕の胸に手を当てる。


「シエルはね、きっと悪い人じゃないと思うの。だから、できれば話を聞いてあげて」

「クレア?君は、何か知っているのか?」


 彼女は首をゆっくりと横に振った。


「何も知らない。けど、彼女はきっと……泣いてたから」

「この先に、コーサカ中佐が?」

「うん。でも時間がない。急いで」

「……わかった。ここで待っていてくれ」

「うん。ランデ、頑張って」


 クレアは僕の頭をそっと撫でる。この先にどんな苦しみがあっても、戦う覚悟が決まった。


「行かなきゃ」


 ライフルを強く握りしめ、備えの懐中電灯を手に階段を下った。


 足音が反響する。

 居住区で地下を作ることは禁じられている。

 さらに先ほど、クレアはここを守っていると言っていた。とすれば、何か教会がらみの秘密が、ここに眠っているということか。


 一歩、また一歩と進んでいく。


 何段下ったか。わずかながらその先に光を感じた。

 心音が跳ね上がる。

 慎重に。

 慎重に進み、ついに階段は終わりを迎えた。


「っ!」


 ――――殺気!?


 反射で跳びのき、階段に戻される。

 一段下からは煙が上がっていた。銃を打ち込まれたのだ。


「誰だっ!?」

「っ!?」


 誰か、いる。


 ……そうじゃなければいいのにと、どれだけ願ったか。


 しかし、そのよく通る、高貴さを感じさせるような凜とした声を、僕が聞き違えるはずがない。


 ライフルを構え、階段をゆっくりと降りた。




 ――――それは四年前。第一次エルツ戦役が終わった日。


 ハゼルの衛星、『プリマ』を巡って争われた最大規模の戦い、『プリマ決戦』で、サーレは敗れた。


 侵攻を諦め、撤退したのだ。


 だが、民衆は多大なるコストを支払い、なんの成果ももたらさなかった国防軍に怒ることはなかった。

 なぜなら、その原因の方に、民は震え上がったからだ。


 ――――"使徒"。


 それは、サーレのお伽話に出て来る怪物を指す。

 エルツの森を焼き、大地を喰らい、穢れを振りまく災厄の存在。


 だがその形状、性質などについて記された書物は一つもなく、また目撃したという前例もない。

 故に、お伽話。

 しかし、プリマ決戦にて、その怪物は姿を現したのだ。


 使徒は、前触れもなく決戦の場に現れた。

 激戦を繰り広げるサーレと人類の戦場に生まれ落ちた"それ"は、敵も味方もなく殺戮を開始。

 戦場は大パニックとなる。

 そしてそのあまりにも強力な使徒の前にサーレ軍は壊滅に追い込まれ、撤退を強いられたのだ。


 従軍していた、当時中佐であるシドウ・タチバナ曰く、

『巨大な肉食獣に近い。六枚の翼を持ち、足は四本。全身を紅蓮の脈動する体毛に覆われ、その爪は紙のように戦闘機を引き裂き、その牙は飴のように星を砕く。神話に相違ない、まさに怪物であった』。


 その後使徒がどうなったのか知る者はいない。

 だが、プリマに残された人類はどうにか使徒を撃滅したのだろう。撤退したサーレ国防軍を、艦隊三隻が追撃してきた。


 しかし、既に使徒によって壊滅に追い込まれていた国防軍に彼らを迎撃する術はない。

 そこで、ある一人の機械獣奏士大尉が、たった一機で足止めを提案。

 セイレーンが遠く逃げ切るまで時間を稼ぐ、と進言したのだ。


 無謀と思われた作戦であったが、シドウは彼女を信じ、残った兵を率いて撤退した。

 そして必死にセイレーンを目指し、その果てについに逃げ果せたのだ。


 これも、全てはあの艦隊を食い止めた勇敢な奏士のおかげ。

 誰しもが勇敢な大尉の死を讃え、黙祷を捧げた。


 しかし、そんな兵士達の黙祷など無視して、二日後、なんと大尉を乗せた機械獣は帰還した。


 圧倒的無勢の中、殿を勤め、生還したのだ。


 その女性大尉は、軍部でこう呼ばれることとなる。


 "撤退戦の英雄"――――――――




「――――シエル・コーサカ中佐」


 彼女は、愛機である白銀の機械獣の傍に立っていた。


 青みがかった黒髪を後ろで束ね、強い芯を感じさせる青い瞳。

 町娘であれば蝶よ花よと愛でられたであろうその美貌。


 しかし今は、無残にも血と土で汚れていた。


「"元"中佐でしょう?ランデ・ベスマン訓練兵……ああ、もう准尉か?」


 けれど、声音だけは前と変わらず。

 恩師は僕にいつもと同じ笑顔を向けていた。

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