第6話 認められぬ正義


 シエル・コーサカ。


 彼女は一四の頃に両親を亡くし、それから一五歳で士官学校に入学した。

 コーサカ家は重工業を営んでおり、セイレーン内でもかなりの富豪だった。

 機械獣や戦闘機、兵器の構造を把握しており、期待のルーキーとして入学。適正を認められ、奏士科に進んだ。


 才能の上乗せもあってか、彼女は瞬く間に奏士科始まって以来の天才として讃えられた。

 それに加え、その他の分野にも非常に熱心な取り組みを見せた。やがて、座学、格闘、射撃、航空など、あらゆる分野で才覚を見せ始めた。


 一八歳。

 当然の如くトップの成績で士官学校を卒業し、彼女は機械獣と共に奏士となった。


 そうして迎えたデビュー戦。

 拠点防衛任務だった。その拠点は今後予定されているプリマ奪還戦において非常に重要な役割を持っている。

 この防衛任務に新兵ながら参加させる、と言うのは国防軍上層部の機体の表れであった。


 しかし、その戦いでコーサカ大尉は撃墜数零。

 陽動や支援以外は射撃すらしないという戦績を残し、軍上層部は期待を大きく裏切られることになる。

 天才と呼ばれようが、まだただの子供。

 彼女は軍全体にそう思われるようになった。


 そうして迎えたプリマ決戦。

 現場で指揮官を務めたシドウ・タチバナ大佐の命により、後方支援を勤めていた彼女は撤退時、一人で殿を引き受け、生還した。


 撤退戦の英雄。そんな呼ばれ方を、彼女は一度も喜ばしく受け取ったことはなかった。そこに、自分の求める理想はないのだと、笑って教えてくれたことがある。


 その彼女は今、日輪教教会、大聖堂地下にて、僕に銃口を向けている。


「あなたには、裏切りの容疑が掛かっている」

「そう」


 彼女は表情一つ変えない。

 こうして対峙してなお、僕は中佐が裏切った、などと言う話を信じ切れていなかった。

 それは今まで彼女と積み上げてきた時間と、叔父からの伝令では、一体何を以って裏切り者と断定されたのか、理解できなかったからでもある。


「答えてください。あなたは、僕らを……サーレを裏切ったんですか?」

「……裏切った、か」


 中佐は一度目を伏せ、再び顔をあげた。その目は凍てつくような冷たさを以って、僕を睨みつけている。


「私はこの機械獣を持ち出し、これから軍が行う『ハゼル本土襲撃計画』の情報を、人類に引き渡そうとしている」

「なっ!?」


 嘘だと。

 間違いだと。

 私は何もしていない。虚偽の罪を着せられ、仕方なく逃亡しているに過ぎない。

 だからランデ、私に手を貸してはくれないか。


 そう、言ってほしかった。


 だが、彼女の言葉通りならば、どう解釈しようとそれは明らかにサーレへの裏切り行為だ。


「この地下からは、セイレーンの外に出ることができる。だから、ここで私を止めないと、サーレ国防軍の持つ情報は人類の手に渡るといっていいわ」

「そんなこと……許すことはできない!!」

「なら、戦う?」


 空気が変わった。敵対するもの同士が、互いの隙を探し合う、張り詰めた空気だ。


 目を閉じる。

 思い出せ。一〇年前に感じた絶望を、恨みを。

 故郷の星を奪われた悔しさを。

 躊躇いなく友を殺された怒りを。


 その炎で、中佐――――否、コーサカとの思い出を。

 それ故の甘えを、塗りつぶせ!!


「ハッ!!」


 ライフルを構え、撃ち放つ。

 しかしコーサカは既にその軌道を読んでいた。事前に身体をずらして銃弾を躱すと、一気に距離を詰めてきた。


 機械獣を使ってこないとは、舐められたものだ。だが、有難い。


 四年前の傷は癒えている、といったものの、コーサカは左からの攻撃に対し怯む癖がついている。そして、彼女はそれに自分で気づいていない。

 ならばそこを突かない手はない。

 ライフルを投げ捨て、腰に差した蛇腹剣を引き抜こうとする。


 ――――速い!?


 しかし、読んでいた間合いはコーサカの急加速によって崩される。

 蛇腹剣は小回りが利かない。このままでは間に合わない。


 バックステップで突き出された正拳突きを回避。

 咄嗟に右腰部へ仕込んでおいたナイフを握り、コーサカへ投げた。


「フッ!」

「なっ!?」


 コーサカはそのナイフを凄まじい反射速度で回避し、その時の回転を活かした回し蹴りを飛ばしてきた。

 左半身に容赦なく踵が突き刺さる。


「がはっ!?」


 口から圧迫された空気が漏れた。

 明確に現れた隙を逃してはくれず、左手で強烈な裏拳を顔面に叩きつけられた。

 身体が吹き飛び、地面を転がった。

 体勢をすぐに立て直さなくては、殺される!


 しかし、よろめきながらも立ち上がろうとした僕は、腹部を容赦無く蹴り上げられた。

 内臓が悲鳴を上げ、吐血しながら再び地面を転がり、壁に激突した。

 立たなくては。壁を利用して、どうにか上体を起こす。


「ぐっ……ふ……」

「何をしているの、ランデ・タチバナ。これは、今までのお遊戯とは違う。もう卒業した兵士なのでしょう?覚悟を決めなさい」


 そんな、いつもの説教のような口調で、彼女は僕に向かって歩みを進める。


「どうして……あなたは裏切りを……?」

「……私は、私の正義に従って動いている。その為になら、軍も国も、あなたでさえ、邪魔であれば排除するわ」

「正、義?」

「そう。戦い、血に塗れたこの時代を終わらせる。どちらかが消える必要もない、真の共存。それが私の正義よ」


 揺らぎのないその言葉に、僕は絶句した。

 怒りを通り越して、呆れの感情すら抱いた。


「ふざけ……るな……!」

「なに?」

「共存のため?その結果がこの惨状なんですか!?こんなふざけた言い分で、大勢のサーレが殺されたんですか!?そのせいで、モモは死んだって!?何が共存だ!」


 今まで無表情を徹底していた彼女だったが、モモの死を伝えると、僅かに眉を顰めた。


「……言い訳はしない。けれど、だからと言ってあなたに何ができる?立ち上がることすらままならないあなたは、私を止めることすらできない」


 冷徹さの中に、どこか哀愁を湛え、コーサカは僕の胸ぐらを掴み、持ち上げる。


「ここで寝ていなさい。……さようなら」


 不意に、涙が零れた。コーサカは一瞬だけ躊躇うような素振りを見せたが、意を決し、意識を刈り取る拳を腹部に放つ。


「しまった!?」


 直撃の寸前、彼女は腕を引いて身を捻った。

 その視線の先には、僕が左腕に隠していた拳銃が鈍く光っていた。


「喰らえ!」


 銃声が地下空間に響き渡った。

 コーサカは辛うじて致命傷を回避したものの、撃ち抜かれた右腕はもう戦闘に使えまい。


 教えてやる。この甘ったれた理想論者に。

 僕は地面に転げ、痛みに呻くシエル・コーサカを見下ろした。


「帰ってこないんだ……!母さんも、父さんも、誰も彼も、もう二度と!!血の痛みは、血を以ってしか、償えないんだ!!」


 豪風が立つ。


「――――調和シンクロッッッ!!!!」

「っ!?」


 コーサカは足を二度地面に叩いた。すると彼女の隣に機械獣がやってきた。六メートル級の巨体、その前足にそっと触れてから、背部にあるコクピットへ飛び乗った。


「僕は……エルツに帰る……!」


 腰から引き抜いた剣は幾重にも折れ、蛇のように揺らめく。

 サーレの基本装備にして、調和能力を最も活かせる近〜中距離武器、蛇腹剣。

 その刀身は、敵を凪ぎ払わんと鈍く光る。


「――――その故郷には!人間も!そしてシエル・コーサカ!あなたもいない!」


 僕は一直線に駆け出した。

 機械獣とはいえ、その体は巨大。故に小さく素早い僕を捉えることは容易ではない。


 この一太刀が最後になることは、お互いにきっと気づいている。


 僕の調和レベルでは、全力で動けて数分。ならば、初撃に全力を込めるしかない。

 コーサカもまた、出血が酷い。加え、時間も差し迫っている。このままでは逃走も、目的を果たすことも難しいだろう。

 僕の仕掛けた決闘を受け入れ、正面からの一騎打ち。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」


 剣と機械獣の爪が交差する刹那。

 僕は、コーサカと過ごした三年間を思い出していた。

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