第25話 死んでいる剣


 僕は何をやっているのだろう。


 竹刀をブンブン振り回しているお姫様を眺め、ため息をつく。


「巫女様、また軸足がブレてますよ」

「は、はい!」

「握りが浅いです」

「……はい」

「動きが鈍いです」

「うるっさいなぁ……」

「え?」

「無礼でしょう!言い方ってもんを考えなさい!」

「これ以上どう優しく言えばいいというのか……」


 ここでの生活も四週間が経ち、いい加減慣れてきた。

 そろそろ小型移動船で惑星レイスに向かう頃でもある。


「貴方はなんか嫌味なのです!」

「そんな気は少しもありません」


 ついでにあの日、噴水前で巫女様が剣技の練習をしているのを見てから、彼女の剣技指導を続けていたりもする。

 もっとついでに言えば、腕前は全然上がっていない。ぶっちゃけ絶望的にセンスがない。


「貴方なんて嫌いです!」

「そういうこと言うなら、そろそろ寝ちゃおうかな」

「あっ……」

「はぁ……為政者になるならもう少し顔に感情が出ないようにした方がいいですよ」

「なっ……あ、貴方なんて大嫌いですっ!!」


 顔を真っ赤にして竹刀をこっちに振り下ろす巫女様。

 しかし剣筋があまりにも読みやすいし勢いもない。片手で簡単に受け止められてしまう。


「あ、貴方のような無礼者はクビです!二度と顔を見せないでください!」

「元々僕は待ち合わせで来てるだけですよ?」

「〜〜〜〜っ!!わかりました。貴方は今後夜間外出禁止です!」

「そうですか」

「あ……」


 僕は立ち上がり、聖堂内に戻ることにした。


 この三週間、僕は巫女様に剣技を教えながら会話を重ねたが、至天民に関する情報は全く引き出せなかった。

 わかったことと言えば、巫女様自身の性格だけか。


 カグラ・イスルギはこれまでずっと至天民のいる空間で、侍女に囲まれて過ごしてきたらしい。

 身の回りの世話は全てしてくれる上、外に出ることは許されていない。運動能力が著しく低いことにも納得がいった。


 そして、そんな育ち故か、とにかくわがままだ。

 敬語ではあるが口も悪い。

 初めのうちは良かったが、彼女も僕になれると、やれ喉が渇いただの足が痛いだのと文句ばかり垂れる。


 要望に応えられないと、「これだから下界の者は」などと言って呆れ顔。

 あの裁判所で見せたカリスマ性は幻覚だったのだろうか。


 と、一人脳内で文句を垂れてきたものの、一度は始めた指導。形になるまでは付き合おうと思っていたが、それも今日までだ。


 あんまりな言い分に腹が立ったということを置いておいても、僕は後数日でセイレーンを発つことになる。

 その前に、どうにかして自分の近況とこれからを、自分を心配しているであろう身内に伝えたいと考えていたのだ。

 それも簡単なことではない。どうにかして監視の目をくぐらなくてはならないし、そのためには夜間が一番だ。

 巫女様の剣術指導に費やしていられる時間はない。


 大聖堂の別口から内部に入る。

 正面入り口から入ると非常に広大な礼拝堂になっており、そこから上部に向かうこともできるが、少し遠回りになる。これも生活が長くなって知ったことだ。


 そうして扉を開くと、正面にはツルギさんが立っていた。


「随分と早いですね」

「待ち合わせには随分と前に着いていたはずなんですけれど」

「あら、そうだったでしょうか」


 いたずらっぽく笑うツルギさん。

 全部彼女の思惑どおりだったことは流石に読めているが、こうも無邪気に返されると純情を弄ばれたようで少し悔しい。

 あの日の僕は割りと気合入っていたと言うのに。


「あの、この後まだ寝ないのでしたら、お部屋に入れていただいてもよろしいですか?」

「はぁ……え?」


 今……なんて?

 ツルギさんは顔を赤らめ、僕を上目遣いで見つめた。


「ですから、貴方のお部屋に、行きたいのです……」

「よ、喜んで!?」


 なんだなんだなんだこの事態!?僕はもしかして夢を見ているのか!?


 ごめんキース、エドガー。僕、一足先に行くよ。

 その先の"未来"へ、ね。




 ***




「とまぁそんなわけで、貴方にお話があっただけで別になんの気もありませんので三メートルは離れてくださいね」

「入室早々そんな早口かつ冷たい目を向けられるとは思いませんでしたよ」


 知ってた。

 どのみち話があるなら聞いておいた方がいいことは確かだからね!仕方ないね!


 ……はぁ。


「で、僕に話とは……まぁ、想像はつきますが」

「はい。巫女様のことです」


 この侍女たちは気配を消すのがとても上手い。

 生物特有の"気"が、彼女達は薄いのだ。

 盗み聞きや監視も容易。まさか、巫女様との会話も聞かれていたり……


「巫女様に向かって、随分無礼な口を叩いたものです。貴方に信仰心と至天民への敬意はないのですか?」

「やっぱり!!」


 聞いていたらしい。まさかここで首を跳ね飛ばしたりはしないだろうが……しないよな?


「そんな猛獣と出くわしたような怯えた目をしないでください。怒っているわけではありません」

「は、はぁ……」


 ツルギさんは椅子に座り、頬杖をついた。薄めな明かりが相まってなんだか色っぽい。

 僕は目を逸らすために、お茶を入れ始める。


「率直に言うと、貴方には巫女様の剣術指導を続けて欲しいのです」

「指導を続ける、と言われましても。あと数日で出発ですよ?」

「いいえ。基地から帰還しても、巫女様は鍛錬を続けるでしょう。これからも、巫女様が満足なさるまで、お付き合いいただきたいのです」

「……わかりませんね」


 僕はこれまで思ってきた疑問をぶつけてみることにした。


「なぜ、僕なのですか?自分で言うのもなんですが、僕は巫女様のそばにおいておくには危険なサーレです。イクモさんに至っては敵意全開で向かってきたこともありました。

 そして、侍女の皆さんは全員ある程度武の心得があると見ています」

「……そうですね。貴方は確かに得体の知れないところがあります。そして、私たち侍女は確かに高度な戦闘訓練を積んでいる。たとえ相手が軍人であっても、簡単に負けるつもりはありません」

「ならば、ツルギさんが教えれば良いのでは?」

「それはできません」


 自虐的に笑い、彼女は言った。


「私の剣は、死んだ剣ですから」


 死んだ剣。それがどれほどの意味を持つ言葉なのか、僕には推察しようもない。


「けれど、僕は夜間の外出を禁じられてしまいました」

「巫女様の説得ならお任せください」

「そうは言いましても……」

「貴方にとっても、私に恩を売っておくのは悪いことではありませんよ」

「どう言う意味ですか?」


 お茶を入れ終わった僕は、ツルギさんにカップを手渡した。


「私は至天民の代理として、この大聖堂の外に出ることも多いです」

「……それは」

「意外と察しが良い貴方のことです。この意味は、もうわかるでしょう?」

「なぜですか?」

「下手に動かれて、国防軍に貴方を取り返す口実を与えたくない。加えて、私を通してもらえれば要らぬ情報が漏れる可能性もないでしょう?」

「……なるほど」


 僕は引き出しを開け、一枚の封筒を取り出した。


「準備がいいですね。誰かに届けてもらうつもりだったのですか?」

「もちろんです。明日にでもサガミさんへ頼みこもうと思っていました」

「サガミは貴方のことを気に入っているようですからね」


 この数週間、僕は昼間をトレーニングに費やしていたが、そのほとんどを実はサガミさんと共にしていた。

 柔らかな雰囲気だが毒舌な彼女は、やはり戦闘面でも強く、模擬戦を何度も重ねさせてもらっている。勝率は五分と言うところだ。


 そんなことを考えているうちに、手紙の内容を確認したらしい。

 ツルギさんは手紙を封筒に戻した。


「これを、貴方の叔父上に届けます。その代わりに、巫女様に剣を教えてあげてください」

「……わかりました」


 交渉成立というわけだ。

 だが、彼女は危ない橋を渡ることに違いはないし、僕はリスクを犯さずに済む。明らかにリターンが勝っている。


「どうして、巫女様はそんなに戦うすべを欲しているのですか?」

「……やはり、聞いていませんか」


 ツルギさんは立ち上がり、残りのお茶を啜った。


「今度、ご自身で聞いてみてください」

「なるほど。わかりました」


 話は以上らしい。ツルギさんは部屋を出る。


「ああ、そうだ」


 廊下まで見送ると、去り際に彼女は振り返った。


「お茶、美味しかったです。上手ですね」

「またいつでもいらしてください」

「ええ、いつか」


 こうして、ツルギさんは部屋に帰っていった。

 さて、僕もベッドに入って巫女様にどう謝るか考えないとな。

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