第30話 未知との遭遇


 再び乗った宇宙船、その船室にて、僕はやはりため息をついていた。


 先日、巫女様と口論になってしまい、それから一度も会話ができていない。


 一応用心棒のような立ち位置にいるわけなので、遠く離れていると言うわけにも行かないし、必然的に話しかけなくてはならないタイミングというものは多々ある。

 が、その悉くが完全無視で帰ってくるのだ。


 それは公務に関わる連絡でも同様で、仕方ないのでほとんど全ての要件をツルギさんに伝えてもらっていると言う始末だ。

 その様を見て侍女三人組は呆れ返っていたが、何を言われようと仕方ない。


 なぜか巫女様は彼女たちに伝えていないようだが、至天民を叩いたサーレはきっと僕が初めてだ。

 冷静さを欠いていたとはいえ、やってしまったことは事実。

 特にお咎めもなく首がつながっていることを幸運に思うべきなのだ。


「本当になんていうか、子供だな。巫女様も、僕も」


 そういっているうちに移動が終了したのか、大きな揺れがきた。

 僕は船室を出て、オペレーションルームへ向かった。


「これで全員か」


 船長であるエリントン中佐は僕の来室を確認し、背筋を正した。

 室内にはすでに船内のほとんどのサーレが集まっているようで、全員がモニターに注目していた。

 その中には、当然巫女様とその侍女たちもいる。


「では、これよりこれからの行動予定の確認と、教会の皆さんへこの基地の意図などを解説するところから始めたいと思います」


 中佐は一つ咳払いし、手に持ったスイッチを押した。

 するとモニターには青白く光る砂の惑星が映し出された。その視界の奥には工事用の設備が忙しく働かされており、これが惑星ノートンの地表なのだと理解できる。


「我々の最重要移動拠点であるセイレーンと、故郷たるエルツの間にある惑星基地レイア。そして現在着陸したこの地が、新基地建設中の惑星ノートンです。位置としては、レイアとエルツのちょうど中間地点となっています。

 このノートン基地の目的は、戦時の補給と第二隊としての機能。レイアが現状軍事基地と植民地の両面を持っていることに対して、こちらは完全に軍事利用を想定した基地となっております。

 来るべき戦時には大規模な宇宙空間での決戦が予想されています。エルツに強襲をかけようにも、彼奴らの高性能レーダーをくぐり抜けていくことが不可能だからです」


 人類はエルツ周囲に無数のレーダーを張り、侵入を気取ればすぐさま第艦隊を送るようというシステムが構築されている。

 レーダーがうまく故障でもしてくれれば話は変わるが、そんなことを期待するほどサーレも楽観的ではない。


「セイレーンは多くの軍事力を持っていますが、宇宙船としての本質は居住に重きが置かれている。そのため、基本的には敵の手の届かない位置で待機。場合によっては逃げ回りながら戦うということも想定されます。純粋な軍事拠点として軍を整える役割はもちろんですが、緊急時の際にも、セイレーンに気を取られた敵の隙を突く、または燃料が不足したセイレーンに供給を行う、などの拠点として、この地を活用できるというわけです」


 位置的にも色々とちょうどいいのだろう。


 そこまで話し終えると宇宙船は浮遊し、工事現場へと近づいていった。

 宇宙服を着た作業員が器具や重機を操り、基地を建設しているのがわかる。

 規模としてはセイレーンの一区画分程度だろうか。かなり広大だ。


「作業員とは繋がったようです。巫女様、彼らに励ましのお言葉を」

「……わかりました」


 巫女様は前に出る。その前に一瞬だけ僕の方を見た気がしたが、すぐにモニターの向こうの作業員へ励ましの言葉を語り始めた。


 戦闘員ではないにしても、この仕事だって非常に危険だ。

 宇宙に事故は付き物な上に、つい最近安全だと信じられていたセイレーンが襲撃を受けたのだ。

 建設中に人類の襲撃を受ければ一溜まりもない。


 そんな彼らは、涙ながらに巫女様の話を聞いていた。

 レイアでもそうだったが、彼女は不思議と他者を安心させる声音なのだろう。

 本当は世間知らずで、与えられたというだけの巫女としての使命に悩み、その中で少しでも自分という痕跡を残したいともがく、普通の少女なのに。


「……そうか」


 優しく語りかけるような巫女様を見ていて、僕が彼女になぜ嫌な態度を取ってしまうのか、理解した。


 僕は、彼女が置かれた環境が、そしてそう在ることしかできない理不尽が、もどかしくて許せなくて、仕方ないんだ。

 そして実際に与えられた使命をこなせてしまう姿を、見たくないんだ。


 それを肯定するように、言われるがまま教会側のサーレとして立つ自分も、嫌いなんだ。


 なんて分不相応な八つ当たりなんだろう。

 なんて醜いエゴイズムなのだろう。


 子供とはかくあって欲しいという自らの願望を、図々しくも押し付けようとしていたのだ。


 価値観が違う相手は必ずいることだって、知っていたはずなのに。

 彼女やその周りにとっては、それが当然なんだ。


 そうして浮かんだ感情は、諦めに似ていたのかもしれない。

 こんな事態で何が正しいかなんて、教えてくれなかった。


 けれどきっと、僕の干渉も、感傷も、望まれてはいない。

 彼女は"普通"であってはいけないのだから。




 ***




 宇宙船は、再びレイアに向かった。

 一泊ののち、セイレーンに帰還する。その後は新設される教会の軍を編成するなど、仕事がたくさんある。僕も今までのようにフラフラしているわけにもいかなくなるんだろう。


 今のうちに、叩いてしまったことを謝らないと。

 あれは、僕がやっていいことではなかった。


 今は侍女と巫女様で話があるという話なので、相部屋のサガミさんはいない。

 彼女が帰ってきた時に、巫女様の船室にお願いして通してもらおうと決め、ベットにの転がり目を閉じる。

 さて、どう切り出していこうか。


 と、悩み始めた時だった。

 船内に非常警報が鳴り響いた。


「これは、敵襲!?」


 まさかとは思うが、国防軍か?

 急ぎ、オペレーションルームへ走ると、教会も国防軍も一緒になって慌ただしく働いていた。

 どうやら懸念は外れたようだが、だとすると人類か?

 こんなところまで偵察を出していたとは予想外だった。


「敵影、補足!その他反応なし!一体のみです!」


 オペレーターが声を上げ、モニターに一つの宇宙船が映し出された。


「デカイな……」


 エリントン中佐は小さく呟く。

 眼前の宇宙船は、直径一〇〇メートル程度あった。

 その上、無数に取り付けられた砲台を見るに、戦艦だ。

 単独で戦艦が動くなどということは基本的にどこの軍であろうと滅多にないはずだが、周囲に何もないというのだ。つまり。


「相当自信があるのか、または逸れた間抜けか」


 そう呟くと同時に、巫女様たちが入室してきた。


「何事です!?」

「巫女様方、少々お待ちを。軍備としては圧倒的に不利です。まずは通信から入りましょう」


 流石のツルギさんたちも、敵戦艦を見て顔色を青くした。

 正面から戦えば轢き殺される。


「通信、繋がりました!」

「わかった」


 中佐は通信機を手に取る。


「モニター、繋がります!」


 そして、相手の人類の顔が、モニターに映される――――


 ――――と、思っていた。


「ひっ!?」


 巫女様が小さく声をあげるのが聞こえた。

 だが、それも無理もない。




 画面に映し出されたのは、異形の獣であったのだから。




「●●●●!●●●!!●●●●●●●!●●!!!!」




 ベースとしては人型であるものの、左右三つずつの瞳と全身をおおう茶色の体毛はそれとは大きく乖離している。

 そして、それが理解不能な音か言語かを発する様は、あまりにも不気味であった。




 そう。この時、この瞬間。

 我々サーレは、歴史上二回目の、他惑星由来生物との遭遇を経験したのだ。

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