第29話 本音


「ツルギさん」

「ベルーゼさん、こちらです」


 後を追いかけると、ツルギさんがベランダの柱近くで僕を手招いていた。


「巫女様は一緒ではないのですか?」

「先ほどまで一緒にいたのですが、見逃してしまいました。一生の不覚です」

「ま、まじですか……」


 見逃してしまいましたで済む問題なのだろうか。


「私はこれから戻って会場に巫女様退席の事情を説明しなくてはなりません。巫女様を探すこと、任せて良いですね?」

「わかりました」


 断る理由もない。僕は庭園に出て、巫女様創作を始めた。

 しかし、権力者の邸宅だけあって建物の規模だけでなく庭園も中々広い。

 この植民エリアでこれだけの敷地を使い平屋建てという贅沢さも、また彼の力の強さを表しているのかもしれない。


 すると、塀の裏で何やら複数の子供の声がした。

 その中の一つは間違いない、巫女様だ。外に出ていたのか。

 声のトーンから、何やら揉めていそうだ。早く向かわねば。


 扉から出る時間も惜しく、塀を飛び越えた。


「よっと」

「うわあっ!?」

「なんだ!?」


 無事着地。

 塀の外に植えられた木の側で怯えている巫女様と、四体の子がそれを囲っている様が目に入った。

 突然現れた僕に驚いたのだろう。子供たちは目を見開いて驚いていた。


「べ、ベルーゼさん!ああ、やっと来てくれましたか」


 僕を見た巫女様は嬉しさと安堵を滲ませた笑顔を見せた。

 泣きべそをかいていたためか、少し目が赤い。


「何があったのです?」

「無礼にもこの者たちが妾を囲い、尋問をかけてきたのです!妾が許可します!ここで即刻全員銃殺なさい!」

「いやいや銃殺って……」


 どうやら怪我はしていないようだ。

 僕は怯えて固まった子供たちの先頭に立つ少年に声をかけた。


「何があったんだい?」


 出来るだけ優しい声音で話しかけると、向こう側も警戒を緩めたか、表情が柔らかくなった。


「見ない子供で、綺麗な服を着ていたから話しかけたんだ。友達いないのかなと思って」

「そっか」


 この子たちは、きっと巫女様のことを知らないんだな。


「ありがとう。けどごめんね、この子は今忙しくて、大事な仕事の途中なんだ。もう消灯時間だよね?今日はお帰り」

「ちょっと!何勝手に話を終わらせているのですか!!」

「ほら、怒ってるから、早く」

「う、うん」


 子供たちは背を向けて帰っていった。


「待ちなさい!あぁ……もう!」


 巫女様は苛立ちを木にぶつけた。

 蹴りの反動が痛かったのか、足を抑えて座り込んでしまったが。


「なぜ、言うことを聞かないのです」

「言うことって、銃殺しろってやつですか?」

「そうです!妾に敬語を使わないどころか、あまつさえ体に触れ、囲い、恫喝したのですよ?到底許せることではありません」

「違いますって。みんな、巫女様と歳が近いから仲良くなろうと思って……」

「そんなことはありません!妾を見るあの目は、そんな生易しい者ではありませんでした!」

「そりゃそんな綺麗な服装していたら注目はされますよ。一般的でもありませんし」

「ああ言えばこう言う……っ!」


 そして、怒りの矛先は想像通り僕に向いたらしい。


「嫌いです、何もかも!気持ちの悪い大人たちはすり寄ってきて、愚かな民衆は虫のようにたかる!」

「皆、巫女様を待っていたのです」

「待っていた?今は戦時中だと言うのに暢気な顔をして……私は愚民の騒ぐ口実などではありません!」

「っ……流石に口が過ぎます、巫女様。誰が聞いているかわかりません」

「うるさい!近づかないで!」


 差し出した手を荒く払われる。


「そんなことだから、負けるんです」


 巫女様は、僕を睨みつけた。

 その目は、決して同じ屋根の下で暮らした同胞に向けるものではない。


「国防軍の飢えた犬のような目に、権力に溺れた下衆たち、無能な民……こんなものの上に立たなくてはならないなんて、最低です!

 みんな……みんな死ねばいいのです!」


 いけない、と思った時にはもう遅かった。

 怒り狂ったというわけではない。

 ただ、純粋にこんなことを言う彼女を、叱らなくてはならないと思っただけだ。


「い、たい……」


 巫女様は信じられないといった様子で自分の左頬を撫でた。

 そこそこ強く叩いてしまったからだろう。赤くなってしまった。


 あまりのことに放心状態になったのか、わずかな沈黙が流れる。


 そして、今起こった現実を認識すると、目に思い切り涙を溜め始めた。


「すみません巫女様。けど、巫女様は巫女様なんです。みんながあなたのことを頼りにしていて、大事だと思っている存在なんです。だから、そんなこと言っちゃいけません」

「何が……ですか」

「え?」


 ついにぽろぽろと涙を流しながら、巫女様は叫んだ。


「私の!何が巫女なの!?」


 それはきっと、至天民の居住区を出てから……いや、出る前からきっとずっと感じてきた、彼女の本心だった。


「ずっと巫女になるんだって言って育てられて!言われるがままに巫女になって!けど自分は何にも決められない!言われるがままのお人形と何が違うっていうの!?」


 巫女様は泣きながら塀の中へ戻っていった。

 きっと、ツルギさんももう戻っているだろう。僕が焦って連れ戻す必要は、もうないわけだ。


「うまくいかないね」


 誰に向けるでもなく、こんな独り言が漏れてしまった。


 明後日にはレイアを出て、一緒に新基地建設の視察へ行かねばならないと言うのに、こんな調子で大丈夫だろうか。


 とりあえずは、銃殺刑と言われないことを祈ろう。

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