第28話 惑星基地レイア


 惑星基地レイア。


 プリマ決戦以前から、エルツ奪還の要所として建造された大規模基地だ。

 周囲にはガスや小惑星群が広がっており、資源調達も容易かつ敵から発見されにくいという非常に好立地だ。

 おかげで敗戦後も人類から発見されることをなんとか避けることができた。


 現在では来たる人類への反撃に備え、一大拠点としてさらなる軍備拡張を進めている。

 また、増えすぎたサーレをセイレーン外に住まわせる場としても使われており、軍人を含め一万体のサーレが移住している。

 惑星に沿って作られた広大な敷地と、セイレーン並みに安定した生活を実現させたレイアは、要塞都市とも呼ばれるようになった。


 そのレイアが今最も重要な使命としていることが、惑星『ノートン』に新基地を建設する計画だ。


 巫女様の使命は大きく二つ。


 第一に、レイアで働く者を励まし、不安を取り除くこと。

 セイレーンへの人類襲来はすでに伝わっている。

 心の拠り所となる日輪教、その巫女の来訪であれば、彼らの傷ついた心や不安を取り除くことができる、というわけだ。


 第二に、ノートン基地建設の進行を視察すること。

 セイレーン帰還後、彼女の口から基地建設は順調だと伝えることで、民の心を少しでも前向きにする目論見だ。


 その一連の護衛として、教会から侍女と僕を含め、一五名ほど。国防軍からは一〇名ほどの将校が付いて回ることとなっているのだ。


 とまぁ、そんなわけで僕らは宇宙船に乗り、ついにレイアへたどり着いたわけなんだが。


「ど、どうしよう……帰りたい……」

「巫女様、しゃんとなさってください。この前の裁判所での立ち振る舞いなら大丈夫です」

「あの時は数名しかいませんでした!今はなんですか。数千は超えていますよ……」


 巫女様は、おビビりになっていた。


 到着前から巫女様の来訪はすでに民衆へ流されていたらしく、民衆の心は期待でいっぱいだったのだろう。

 広大な居住区から、一目巫女様を仰がんと、非常に多くのサーレが基地レイアの管制塔前に集っていた。

 僕は露台へ続く一二階の一室でそれを見て、思わず息を飲んだ。


 そんな彼らを前に、これから演説を決めなくてはいけないのだ。緊張する気持ちはわかる。しかしかといってしないわけにもいかないのが現実だ。

 ツルギさんが必死になだめているが、今にも泣き出しそうな勢い。イクモさんはオロオロしているし、サガミさんはそんな様子を笑顔で見つめているだけ。


「巫女様、そろそろ」

「わ、わかっています!行きます!行きますから待っていなさい!」


 呼びに来たのはレイア管制室長、ドビー・コード。称号としては技士中将を務める男だ。

 彼がこの一万のサーレの頂点に立っているといっても過言ではない。

 そんな大物が巫女様には頭を下げているのだ。僕も少しは日頃の態度を改めなくてはならないなと認識させられた。


 しかし、先日サガミさんとした会話も思い出される。

 巫女様には、歳の近い友人がいない。

 僕とは大体四、五年の差があるわけだが、それでも侍女以外のほとんどと関わりを持つことがない彼女にとっては一番近い年齢だ。

 かといって友達になろうというわけではないが、気軽に接するのが一番なような気もする。


 関係って難しいな。キースやユイと気楽に絡んでいた頃が懐かしい。


 過去を懐かしむように天井を見上げていたら、ついに覚悟を決めたらしく、巫女様は露台へ立った。

 同時に、割れんばかりの大歓声。

 太陽神へと捧げる祈り、その象徴が現れたのだ。僕もあのような出会いでなければ同じようになっていたのかもしれない。


『元気そうで何よりです、空の子達よ。この辺境の地で貴方たちと出会えて奇跡にまずは感謝しましょう……』


 巫女様は拡声器を手に取り、演説を始めた。

 どうやらスイッチの切り替わりは早いようで、滞りなく巫女様のたみへ向けた応援は終わった。


 感動で涙を流す者も多くいた。

 それほどまでに、教会の力は強く、そしてそれほどまでに民衆の心は追い詰められつつあったのだと、痛いほど感じさせられた。




 ***




 その日の夜は他の予定もなく、夕食となった。

 とはいっても、夕食というよりもそれは社交パーティーに近いものだった。


 大広間に丸テーブルが何個も置かれ、華やかな料理が並べられている。

 そして、その奥には巫女様が座り、多くの大人たちに囲まれて談笑している。

 軍や基地の上層部、また民衆の中でも富裕層に当たる者などが、巫女様に繋がりを求めた結果がこの会なのだろう。


 おかげで僕は今まで洋服の方が気軽で良いと拒否してきた礼服を強要された。

 着方にコツがあるようで、腹部に巻く帯の加減が難しい。

 足も動かしにくいし、なぜこんなものが礼服なのかと愚痴をこぼしそうになる。


「ランデくん、何してるの?」

「相変わらず暇そうな面をしてるな……ですね」

「サガミさんにイクモさん。見ての通り、やることがないのでご飯を食べているだけですよ。それよりお二人は巫女様のそばにいなくていいのですか?」

「ああ、こういう時はいつもツルギが対応すると決まっているんだ。私たちは一応怪しい輩がいないか巡回、もとい食事というわけ」

「ヒバナちゃーん、敬語忘れちゃってるよ?」

「あっ……もういい。貴様に払う敬意などないのだからな」

「巫女様の侍女がそれだと格好がつかないって直してたのに……」

「言うなサガミ!」

「は、はは……」


 なんだかんだで仲良しな二人だ。


「しかしこんな宴会場まで用意して……今は戦時中だと言うのに」

「ヒバナちゃん、あんまり大きい声でそう言うこと言わない」

「わかっている……ます。けれど、巫女様に悪い虫が近づかないかと気が気ではない」


 このパーティーは管制塔のそばにあるコード室長邸で行われている。始めから用意されていたと言うわけだ。


「気持ちはわかるけどね〜。私たち教会側にはこんな社交パーティーみたいなものを開くって聞かされていなかったし、ちょっと面白くないかも。まぁそれはあっちも同じみたいだけどね」


 サガミさんが目線を向けると、共に来た国防軍人たちが巫女様に群がるサーレを睨みつけていた。


 なるほど、教会も一枚岩とは言わないが、国防軍も国防軍、というわけか。


「ん?巫女様?」


 イクモさんの声で思案をやめ、巫女様のいた室内奥部を見る。

 すると、ツルギさんに手を引かれた巫女様が人の群れから出て来る姿が目に入った。


「何かあったのでしょうか。行きますか?」

「いいや、私たちはここの巡回を続けろとツルギからの指示だ。だがベルーゼ、貴様は追いかけろ」

「ツルギさんからの?」


 一応サガミさんを見るが、笑顔で頷いた。

 この一瞬でどのように伝令を出したのだろう。まぁ細かいことはいいか。


 ツルギさんが僕を呼んでいる。

 そして巫女様の退席。

 なんだかロクでもないことになりそうな予感しかしないが、今の僕は教会の人間だ。上司には従わなくてはならない。


「いってらっしゃーい」

「……行ってきます」


 サガミさんのゆるい後押しで、僕は巫女様たちを追いかけた。


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